8.威圧
「すいません、急用で先に佐藤先生と話させてもらってよろしいでしょうか?」
念願の学校に通えるよう手続きするために来た時、まるで天使のように感じた理事長の美貌。
「へぇ、そんなこと言うんだ」
だが今はその美貌がまるで悪魔と相対しているような錯覚をもたらす。
「直ぐにすむので、誠に勝手なのですがどうかお願いできないでしょうか?」
俺の言葉を聞く理事長は上目遣いで唇を尖らし、まるで拗ねたような表情を見せる。
それは理事長の美貌も合わさって、酷く魅力的に見える。
「だったら、私も一緒に話を聞くわよ」
「っ!」
その言葉は普通のいや、男性であれば誰であれ喜ぶべき言葉かもしれない。
ーーーだが、俺には最悪の展開だった。
理事長の言葉、それはいま考えられるだけ最悪の事態だと俺はそう判断する。
「いえいえ、とても個人的な事情なので……でも流石にそこまで理事長が楽しみにしていた時間を奪うのも酷ですので、俺の話はまた後ででいいです」
そして、とにかくこの場を離れてようとそれだけを告げる。
「そんなに気を遣わないで良いのよ、
ーーー貴方の入学を最終的に許可したのは私なのだから、私にはあなたの要望を聞く責任があるのだし」
「なっ!」
その瞬間俺は言葉を失う。
ーーー理事長が俺を逃さない気であることを悟って。
こちらをにこやかな笑みで見つめる理事長の表情は全く変わっていない。
だが、明らかに眼光が鋭くなったことに俺は気づく。
「っ、分かりました……」
俺に残された選択肢は、
「相談に乗って欲しいことが」
「ええ、可愛い生徒の相談なら幾らでも乗るわよ」
そう、理事長に頼むことだけだった……
俺が望むこれからのシナリオ、それはまず始めに佐藤さんに自分が魔術を使えないことをカミングアウトすること。
ただ、佐藤さんは俺と悪魔との戦闘を見ている。
つまり、
「え、どういうことですか!貴方は何者なんですか!」
とかいう展開になり兼ねない。
だがそこを、魔術が使えないのにこの学院に連れてきたという相手の非を突いて追求させず、魔術が下手なのでこのエリートさん達についていけませんでしたという設定で退学させてもらう。
そして自分に非があるように思う佐藤さんはこのことを他の誰にも言えず、俺は無事元の生活に戻る。
それが俺の理想。
だが、
理事長の責任があるという一言によって、事態は変わった。
簡単なことだ。
責任を問う相手が、
ーーー 一教師から、この異常な学院へと変わったのだ。
つまり理事長がいる時に責任を問うことは、この異常な学院そのものを敵に回すこととなるのだ。
「何が狙いだ?」
俺は話せる部屋へと先導する為に目の前を歩く理事長を見つめて呟く。
これが意図的な一言なのか、それとも偶然なのか俺には分からない。
だが一つ、前者であった場合それは俺を取り巻く周囲が、最悪な状況になり兼ねない可能性を秘めていることだけは確かだろう。
そして俺が理事長の介入を嫌った理由はそれだけではない。
ーーーそれはこの組織特有の手段を選ばない人間に、理事長が見えたそんな漠然とした理由。
だが、それは決して遠く離れた推測ではないだろうと俺は確信していた……
「さぁ、ここで話しましょう」
「ありがとうございます」
そうこう考えている内に、俺たちはひっそりとした部屋の前に辿り着く。
俺はまるで何も考えていないかのように微笑んで、促されるまま部屋の中に入る。
だが、理事長とあってから、嫌な予感が絶えることは一度としてなかった……
そして理事長が連れてきてくれた部屋は本当に人が寄り付かない場所だった。
こんな広い学院でよくこんな場所を見つけれるな、そう俺も素直に感心してしまうぐらい。
「こんな場所がこの学院にあったんですね」
俺はそうにこやかに言いながら、首を回すふりをして隠しカメラ盗聴器の類を調べる。
そしてあくまで俺が見た限りでは見つからなかったが、だが、ここは魔術が支配する異郷。
ーーーつまり魔術による盗撮、盗聴がされている可能性がある。
そこまで俺は考えて、そして笑った。
「そんなこと気にしたって意味なんかないか……」
なんせ目の前にいるのは理事長なのだ。
それもこの異常な魔術学院の。
どちらにせよ迂闊なことは口走られない。
ーーー失言は絶対に避ける。
「実は、」
その決意を胸に、俺は意を決して口を開いた……
「え、えぇぇっ!ま、魔術が使えない!」
それから数分後、喋り始めて直ぐに俺はそう大声で叫ぶ佐藤さんに興を削がれていた。
いや、確かに驚くとは思っていたが、余りにもオーバーリアクションすぎる。
確かにあの戦闘の後では、魔術が本当に使えないと知られれば驚かれるとは思ったが、まるで知らなかったような反応だ。
まぁ、今学院中で噂になっている筈だからそれはないだろうが。
「あぁ、噂の生徒が貴方なのね」
「えっ!なんで理事長が知っているんですか!」
「だから、噂になっているのよ」
「えっ、」
……本当に知らなかったらしい。
俺は衝撃で口元が歪むのがわかる。
そしてその俺の様子を見て、理事長が呆れ顔で呟いた。
「あぁ、この子はいわゆるボッチっていう人でね、あんまり人付き合いが得意でなくて噂に疎いの」
「……はぁ、」
「り、理事長!なんてこと言ってるんですか!まず第一理事長がこまめに呼び出すから私の交友関係が狭まっていくんじゃないですか!そのせいで時間を取られただけですからね!」
「へぇ、それなら私には友達沢山いるのはどうして?」
「あ、えと、えぇと、それは……」
うん、今の一瞬で佐藤さんに持っていたクールビューティなイメージは壊れた。
修復不可能なくらい。
そしてその俺の視線に気付いたのか、
「あぅぅ、」
佐藤さんは涙目で俺の方を見つめてくる。
いや、本当に何なんだろうこの小動物感は……
「いや、佐藤さんは美人だから近づくのに勇気がいるんですよ」
そう俺は内心呆れつつも、一応フォロー入れる。
「ほら、理事長!東くんだってそう言ってくれているじゃないですか!私のせいじゃないんです!」
その瞬間、急に復活した。
「それなら私には沢山の友達が、」
そしてその佐藤さんに微笑みかけ、佐藤さんに劣らずな美貌を誇る理事長がまるで追い詰めるかのように禁断の一言を発しようとする。
「そうじゃなくて、俺の相談ですよ」
そこで流石に話が進まなくなりそうに感じて俺は口を挟む。
「あ、東くん、ごめんね。で、そう魔術のことで、」
そして佐藤さんは正気に戻り、脱線していた話が元に戻る。
「え、まって。魔術がないなんてありえない!だってあの時東くんは……」
ーーーだがその瞬間、動揺した佐藤さんの様子を見て、話を急速に戻すべきでなかったと俺は失策を悟る。
「悪魔を、す、」
後悔が胸をよぎる。
だが、そんなもの今はしている暇がない。
この場には理事長がいる。
そしてこの場所でそのことを漏らされるのだけは何としても避けなければならない。
ーーーそして俺は禁じ手を使った。
「っ!」
次の瞬間、何事かを言いかけていた佐藤さんの言葉が途絶える。
「ん、どうしました」
俺はまるで佐藤さんのその異変に驚いたように彼女の身体を支えるが、
ーーー彼女の身体に異変をもたらしたのは俺その人だった。
「あ、ぁ、」
佐藤さんがおびえた視線で俺の方を見てくるのがわかる。
その様子に俺は罪悪感が湧くのを感じる。
実際、今回の彼女の失言は俺の急激な話題変換が理由だ。
つまり俺のミスでこんな目に遭い、申し訳ないとしか言うことができない。
ーーーだが、それでも俺は彼女に向けた殺気を解くつもりはなかった。
「佐藤先生を放してあげてくれない。彼女は恥ずかしがり屋だから」
「いえ、もう僕の相談は良いですよ。佐藤先生が急に体調を崩した様子なので」
そしてそのことはいつもと変わらぬ微笑みで、静かな威圧感を放つ理事長との、ぶつかり合いを意味していた。
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