6.破綻
「ふああ……」
久しぶりにきつめの鍛錬を俺は夜遅くまで行っていた。
そしてそのせいでいつもならすっきりしている目覚めが酷く悪い。
「やり過ぎた……」
俺はまだ濃く残る疲労を感じ、そう気だるげに漏らす。
確かにこの頃は忙しく、基礎連ぐらいしかできておらず身体がかなり鈍っていたが、それを踏まえても、張り切り過ぎた。
そう俺は反省しながら起き上がり、
「なっ!」
ーーー完全に寝過ごしたことを悟る。
一瞬今日は休みだ、なんて言う現実逃避をしようとして、
「んなばかなことしている場合じゃねえ!」
俺は転校二日めして遅刻と言う不名誉な事態を避ける為、全力で用意を始めることとなった……
「はぁはぁ、」
俺が教室にたどり着いた時は既にクラスメイトは席についき、授業の始まるギリギリだった。
「おはよう……」
間に合った、俺はそのことに安堵してそう挨拶しながら教室の中に入る。
だが、クラスメイト達から返事は無かった。
「ん?」
俺はその沈黙に疑問を覚え、相楽に顔を向ける。
そして俺は言葉を失う。
「っ!」
ーーー何故なら、相楽の顔はまるで俺のことを蔑むかのように、歪んでいた。
相楽に俺は声をかけようとして、
「授業を始める」
「っ!」
その教師の声に阻まれる。
ー 教師の制止に逆らってでも、相良に詰め寄るか?
一瞬俺の頭にそんな考えが浮かぶ。
だが、その時俺は今からの授業がこのクラスの担任であることに気づく。
そして俺は昨日送られた理由のわからない嫉妬の眼差しを思い出し、俺は渋々その案を断念することを決めた。
「では、前回の続きから」
静かに始まった授業は昨日と同じく、退屈でよく分からない宗教の内容。
それは本当に今から何か起きそうなどとは思えないくらい、昨日と全く変わらなくて、
ーーーだがそれでも、俺の胸から不安が消えることは無かった………
不安を胸に植え付けられ、そしてそのまま授業を受けることとなって少し。
俺はクラスメイトの態度の急変に頭を悩ませつつも、
「ふぁぁ、」
ーーーいつの間にか俺はひどい眠気に襲われていた。
別に不安が薄くなった訳でない。
そして俺が別にクラスメイトからどう思われようとも気にしていないわけでもない。
ただ、昨日の疲労がまだ抜けきっていない、それが原因だった。
その他にも、今回も教科書が有っても分からない宗教の内容の授業。
そしてその授業で俺は教科書も持っていない。
極め付けは、今回の授業内容はただ担任の男性教師が宗教史を語るだけの酷く眠気を誘う内容なのだ。
当てられない、その事実ははかなり俺の心に安心をもたらしていたが、俺に眠気をもたらすには十分な働きをして、俺の瞼は常に互いを引き寄せようと働いている。
「やばい、眠気が……」
そして俺はいつの間にか、その眠気に自分が負けそうになっていることがわかる。
最早、両目は閉じかかっている。
昨日鍛錬を夜遅くまでするのではなかったと後悔が胸を走る。
「いや待てよ、」
俺は教科書を見て、朗読をしている教師を見た時、俺の頭にある考えが浮かんだ。
それは革新的な発想。
そして今までどうして思い浮かばなかったのか、信じられないほど簡単な解決方法。
「寝るか……」
ーーーそれは今この場で眠ることだった。
いや、確かに酷いことかもしれない。
だが仕方がないのだ。
正直、この宗教の授業に俺は興味がない。
ーーーまず第一に、宗教によって洗脳して魔術的素養を高める、そのことが俺は気に入らない。
それはやり過ぎだと、力を求めすぎていると俺は正直、この学院のやり方が受け入れられない。
それどころか例え仮に、魔術を使う上では必要であったとしても俺には関係ない。
何故なら、そもそも俺は魔術を使えないのだ。
魔術が使えないのに、そんな訓練などしても仕方がない。
ーーーつまり俺は今寝ても良いのだ。
「すぅ、」
そして俺はそんなことを言い訳しながら、夢の世界へと旅立っていった……
深い微睡みの中から俺を引きずり出したのは、急に熱を奪われた衝撃だった。
ー 息苦しい。
そして俺は急に息が出来なくなったことに気づく。
その途端、俺の胸中を焦燥と混乱が支配する。
「東、授業中だ」
そして俺はその声に、目を開いた……
目を覚まして、俺がまず感じたのは冷たさだった。
「は、?」
俺の制服、そして頭はびっしょりと濡れていて、その冷たさの原因はすぐに分かる。
だが、俺には何故自分が濡れていて、そして教師の手に水筒らしきものが握られているのか、分からず混乱する。
「寝ぼけているようだな」
しかし、次の瞬間頬に熱い感触が走り、俺はその衝撃でようやく事態を完璧に悟る。
ーーーつまり教師に水を掛けられ、そして頬を叩かれたことを。
「っ!」
そして教師の顔は、嗜虐的な愉悦に歪んでいた……
決して俺は教師に殴られたこと、そのことに関して衝撃を受けているわけではなかった。
そもそも寝ていた俺が悪いのだ。
だから俺は敢えて素人である教師の平手を避けなかった。
ーーーだが、明らかに水を掛けるのはやり過ぎだった。
制服から水が滴るほど、それだけ水をかけられれば風邪などの二次的な被害を出す可能性がある。
明らかに過剰な行為。
「な、」
だが、俺が最も衝撃を受けたのはそこでもなかった。
「さて、授業を再開する」
勿論、嗜虐的な愉悦を浮かべ明らかに私怨で俺に水をかけた教師のその態度でもない。
ーーー俺が最も衝撃を受けたのは、俺が水をかけられたのを見て心の底から見下すようにニヤニヤと笑う、クラスメイトの姿だった。
昨日までは俺に有効的に接してくれていたクラスメイト。
だが、今彼らから感じるのはただただ俺を見下すような、そんな視線。
ーーーそしてその中には相楽も入っていた。
「な、何が……」
そうポツリと俺は言葉を漏らす。
そしてもうその時、俺の眠気はかけらもなく飛んでいた。
チャイムがなり、授業はいつも通り終わる。
まるでびしょ濡れの俺などいないかのように。
クラスメイト達は昨日と同じように、五分という短い時間で次の授業の用意をするために忙しなく動き始める。
それはいつも通りの光景なのだろう。
ーーーそしてだからこそ、異常だった。
「取り敢えず、保健室でも、」
俺はそう周囲を気にしないように心がけながら、立ち上がりかけて、そして昨日の養護教諭の姿を思い出す。
「ないか……」
俺は着替えることを断念して、このまま次の授業を受けようとして、
「災難だったな」
「っ!」
そう、誰かから声を掛けられた。
俺は驚きつつも、振り返り相楽が俺の席の近くに立っていることに気づく。
そしてその瞬間、安堵が胸の中に広がるのを感じる。
「いや、流石に突然水をかけられ……」
俺は笑顔でその言葉に答えようとして、
「本当に、そうですよ」
「なっ!」
おれの後ろの席の男子が、俺の言葉を遮る。
「ああ、だよな。
ーーーこんな魔術の使えない無能の側の席になるなんて」
「っ!」
その時、やっと俺は悟る。
相楽は俺に話しかけに来たのではないことを。
ーーーそして、俺の望んでいた高校生活なんてものは最早妄想でしかなくなったことを。
「ああ、これからお前は俺達に許可なく話しかけるなよ」
そう相良は俺に嗜虐的な愉悦に満ちた顔で笑いかける。
その瞬間、俺の日常はまるで積み木が崩れ落ちるように、
ーーーガラガラと破綻した。