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4.豹変

「やっと見つけた……」


この学校は中々大きい学校で、俺が保健室にたどり着いた時にはもう既に十数分程度が過ぎていた。


「いや、マジで大きすぎるだろう……」


俺はそううんざりとボヤく。

実際、何度途中で無許可で帰ろうと思ったことか。

だが、保健室に辿り着くまでの時間は、どうしようもできない迷いに対する苛立ちを納めていた。

そのことを俺はっきりと悟って拳を見下ろす。

決して迷いが消えたわけではない。

だが、あれだけ胸中で暴れまわっていた迷いが、取り敢えず家に帰りゆっくりと考えよう、そう思えるようになるだけの余裕を俺は取り戻していた。


「とにかく、早退の許可を得ないと……」


俺はそう判断して、保健室の扉をノックする。


「はい、どうぞ」


「失礼します」


そしてそう挨拶をして俺は保健室の中に入る。


「どうしましたか?」


保健室の中にいたのは若い女性の養護教諭だった。

かなりエロい格好をした。


「ぶはっ!」


俺は堪らず吹き出して、扉を閉める。


「間違いでした!」


「え、どうしました?」


そして、保健室と書いてあるのを確かめ、おずおずともう一度扉を開く。

すると養護教諭は不思議そうに俺のことを見ていて、


「す、すいません。早退したいのですが……」


俺は自分だけが取り乱してしまったことに今更ながら羞恥心が湧き上がるのを感じる。

だが、そのことを表に出すのはさらに恥ずかしいので、極めて平静を装いつつ中に入った。


「そうですか、ではこちらの書類に必要事項をお書き下さい」


擁護教諭は顔を少し赤らめた俺を不審げに見つめるが、直ぐに気を取り直したように一枚の紙を差し出す。

そして俺はその用紙に無言で記入する。

それは体調不良を書き込むもので、別に俺は体調不良ではないのだが、


「仕方がないよな……」


俺は思いっきり仮病を使う。


「え、?」


そしてその紙に書き込み、直ぐに渡そうとして、俺は目の前の光景に固まることとなった。


「ああ、書けましたか」


ーーー俺の為にお茶を淹れ、茶菓子を用意している養護教諭の姿に。


それは教師が生徒に行うには明らかに度がすぎた行為な気がして俺は戸惑う。


「いや、大丈夫ですから!」


だが、固まってる場合ではないと、俺は急いで差し出された茶菓子を養護教諭に突きかえす。

流石にただでさえ仮病で帰ろうとして心苦しいのに、こんなものまで頂ける訳がない。


「え、」


ーーーだが、何故か養護教諭は俺の一言に言葉を失った。


「あの、私何か失礼を……」


さらには涙さえも浮かべ始める。


「え?」


そしてその擁護教諭の姿に、俺も言葉を失った。

明らかにおかしい。

これは絶対に教師の取る態度ではない。

決して俺は学校経験が豊富というわけでないが、いや、皆無なのだが、それでもはっきりとそのことを悟る。

さらに、この違和感を前も感じたような気がして、


ーーーそして、食堂の職員も養護教諭と同じようにやけに生徒に恭しく接していたことを思い出した。


「っ!」


その瞬間、俺の背に怖気が走る。

それはクラスメイトが狂信的に俺を見つめてきた時と同じ、生理的嫌悪を催す感覚。


ーーーこんな組織特有の嫌悪感。


「逆に何で生徒をそんなに構うんですか!」


そしてその感覚に耐えきれず俺はいつの間にかそう口走っていた。


「え、なんでって、この学院に通っているエリートを敬わない人がいるわけ無いじゃないですか?」


だが、養護教諭は逆に不思議そうに俺に言葉を返す。


「なっ、」


ーーーそしてその瞳は真剣そのものだった。


そして俺は悟る。

全く疑問を覚えずに生徒に従う職員、それもこの学院の歪な歪みの一つであることを……


「それなら俺は別に魔術師でもなんでもないんで、敬語もいいし気も使わなくて良いですよ!」


「え、?」


そしてその瞬間、俺はそう口走っていた。

身体を蝕む、その嫌悪感から解放されようとさらに言葉を重ねる。


「いやぁ、なぜか間違えて入れられてしまったみたいで……」


ーーーそして、話すことに夢中になっていた俺は養護教諭の顔に失望が浮かんでいることに気づいていなかった。


「今まで魔術なんか信じていなかった……」


養護教諭はもはや俺の言葉など、一切聞いていなかった。

ただ、小さく呟く。


「主よ、神よ、愛よ、我に風を」


「どうしたっ、っ!」


俺は彼女が何を囁いたのかわからず、聞き返そうとして、


ーーー本能のあげた爆音の警告に逆らわず、全力で扉の外へと飛びでた。


その瞬間、魔術により発生した突風が吹き荒れる。


「くっ、」


俺は何とか、部屋の中の壁に激突することは避けたが、いきなりの攻撃で反応が遅れたせいか、扉の後ろに隠れるとは出来ず、突風を避けきれずそのまま廊下の柱へと激突した。

何とか部屋から出たお陰で、何とか衝撃は少し殺すことができたが、それでも完璧に殺しきることはできず、身体に痛みが走る。


「何だよ……」


そして、顔を上げた俺の目の前に立つ擁護教授は、


ーーー先ほどと違い侮蔑の色を浮かべ、俺を見下していた。


「っ、」


早退承認の印が押された紙切れを俺の側に投げ、そしてドアを閉める。


「は、」


養護教諭の姿が消えてから、俺が漏らした言葉。

それは誰の耳に入ることもなく霧散し、そして後には情けなく壁に倒れかかった俺の姿だけが残っていた……










「何なんだよ、あの女……」


家に戻った俺はそう漏らしながらベッドへと倒れ込んだ。

家に帰れば、学校をどうしようか考えるつもりだったのに、そんな余裕はない。

養護教諭の態度の急変、それが俺の頭を支配していた。

明らかに豹変した態度に、そして躊躇なく使用した魔法。

さらには最後に見た見下すような顔が頭によぎる。


ーーーそして、その力を持たないものを見下す視線、それを俺は知っていた。


「やっぱ、同じ穴のムジナか……」


俺が思い出すのは、祖父と関わりがあったもう一つの組織。

俺はその組織の記憶に唇を噛みしめる。

強大な力を得た癖に、それを扱う方法を知らず、際限なく力を求めるようになった組織。


「虚しい、か」


俺は祖父がその組織を見て告げた言葉を思い出す。

それは全くその通りで、 そしてその虚しさは俺の記憶のふたを開ける。

思い出すのは祖父が死んだあの日。


ーーーそして、その死体の脇に佇む老人。


俺は頭に血がのぼるのがいい分かる。

激情が心の中を支配する。

だが、俺はその激情に逆らわなかった。

何故なら、その激情こそが俺の決意なのだから。


「そうだ、組織に俺は属さない」


それはあの時、決めた俺の誓い。

そのことに気づいた時には全て遅くて、だからもう同じ轍は踏まないとそう誓った。

だから、俺はもう一度自身にそう言い聞かせて、未だクラスメイトとの別れを惜しむ部分を強引に抑え込む。

そして佐藤さんから貰った名刺を取り出し、そしてその番号に電話をかけ、自分が魔術を使えないことと、そして学校を止めようと思っていることを伝えようとして、


「ん?」


そしてその時、俺は留守電が入っていることに気づいた。


「社長……」


電話の画面に示されていたのは、俺の前の勤め先の社長だった。

俺は少し、迷った後先に社長からの伝言を聞こうと再生ボタンを押した……

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