20.報復
「そ、それじゃ、後で。アイラ」
「う、うん。颯斗くん」
何処か気恥ずかしさを感じながら、先ほど決めたように相手の名前を呼ぶ。
答えるアイラも顔を赤めていて、俺と同様に照れているのが分かる。
そしてそのギクシャクとした雰囲気のまま俺たちは別れた。
午後からは実習の為、実習服に着替えるためにそれぞれ更衣室へと向かう。
「ん、あれ?女子更衣室て方向が違うような……」
しかしその途中、俺は一度振り返って首を傾げる。
だが直ぐにトイレにでも行くのだろうと判断して男子更衣室へと向かうことに決めた。
「やっぱりかなりかっこいいな」
アイラと長話をしすぎたせいか、俺が更衣室に入った時にはもう誰もいなかった。
俺は自分が遅れているということに焦りを感じながら、
ーーー真新しい実習服を取り出した。
黒一色の軍服のような作り。
それは見た目のゴツさに反して軽くかなり着心地がいい。
しかもこの学院の学生服をも凌駕する丈夫さ。
俺は昨日、教科書から遅れて届いた実習服を見つめる。
そして急いで実習服を身に纏う。
「おお、」
実習服は初めて着るのにも関わらず酷く身体にフィットして、俺は思わず息を飲む。
そして、この実習服はただ上等な服というだけではなかった。
「本当、もう少し早めにこの服を手に入れておきたかったな……」
ーーーこの服には魔術から身を守る結界が埋め込まれているのだ。
だからこそ、俺はもうその結界がただの念のための防備になることに虚しさを感じる。
確かに普通はそれだけなのだが、もう少し早くに届けられていれば俺は常に傷だらけになることも、そして制服をボロボロにされることもなかったのだ。
アイラの睨みが効いていて、相楽が俺に手を出しづらくなった現状その結界は無用の長物にしか思えない。
「いや、他の生徒と同じように危険に怯える必要がなくなったことを喜ぶべきか……」
俺はそう複雑な表情でぼやきながら外に出て、
「遅いじゃ無いか、無能の分際で」
「なっ!」
ーーー殺意に満ちた相楽の声を耳にした。
俺の本能が急に最大音量の警報を鳴らし、俺は自分の丁度死角になっている右斜め後ろから魔術が飛んできたことを察知する。
だが俺は反射的に避けそうになる自分の身体を制御して、当てどころが悪くならないよう意識して魔術に当たる。
「なっ!」
ーーーだが、その魔術が俺の身体に傷をつけることはなかった。
俺の身体が青く輝き、半円状の何かに包まれその何かに相楽の魔術が当たった瞬間消滅したのだ。
痛みに身構えていた俺は思わず声を上げてしまう。
本気で無いとしても、相楽の魔法はなかなかの威力を誇っていてその威力全部を無効化した結界の強度に俺は驚く。
「へぇ、実習服か。その結界程度、俺に壊さないとでも思ったか?」
「っ!」
ーーーだが、そう呟いた相楽の顔には嘘を言っている雰囲気は皆無だった。
「ああ、くそ!実習服の使える場面なんて求めるんじゃなかった……」
俺はそう苦々しく呟き、逃げ始めた……
「はぁ、はぁ、」
俺は無様に肩で息をしながら、広い実習室を助けを求めるためアイラを探して走り回っていた。
何故、明らかにアイラにまたさらに嫌われる可能性があることを知りながら相楽が俺に報復をしようと試みたのかそれはわからない。
だが、今俺が実習服を着ていることを踏まえても、本気で俺に魔術を撃ってくる相楽から逃げるのは明らかにいつもより難易度が高いだろう。
「実習服の結界を破れる人は多分私を含めて、学年でも数十名もいないよ」
俺はそう言っていたアイラの言葉を思い出す。
アイラの言葉が本当だとすれば、このエリートクラスでもなおアイラについで二番手の実力を持つ相楽は結界を壊すことができるだろう。
「はは、おかしいだろ……」
俺はそう呟きながら、必死に逃げる。
「無能が!無能が!」
相楽はとうとう頭がプッチンとなったのか、さっきから同じ言葉を繰り返しながら俺へと魔術を放っている。
その魔術の威力は恐らく相楽が俺をじわじわと追い詰めようと思っているのか、大したことはない。
だが、このままでは前までのように少し切り傷が出来ただけ、なんていう結果では終わらない。
俺はそう思って必死にアイラを探す。
「何処に、いるんだよ!」
ーーーだが、彼女の姿を俺が見つけることはなかった。
確かにこの実習室はかなり広い。
それこそ、東京ドームと同じぐらいの広さがあるのでは無いだろうか?
………いや、東京ドームなんて行ったことないけど。
だが、それにしても俺はもう既に怯えて固まる生徒達の間をくぐり抜けながら数分間に渡り逃避行を続けている。
かなり全力で走っていたので、この実習室を一周はしたし、もし俺が見落としていたとしてもそろそろ騒ぎに気づいても良いからだろう。
「なんで何時もより走り回っていると思えば、お前あの女を探しているのか」
そう考え、そろそろ俺の頭が焦燥で支配されそうになった時、相楽が俺を嘲笑うように口を開く。
「そうだ!だからお前ももうやめろ!」
相楽のあの女がアイラのことを言っていることを俺は悟り、相楽を止められないかと俺は駄目元で叫ぶ。
「はっ!
ーーーあの女はこの実習に参加してねぇよ!」
「なっ!」
だが、相楽が口にしたのは俺が全く予想していなかったことだった……
「ぶえっ!」
走っている時に動揺してしまったせいで俺は体勢を崩して惨めにこける。
「っ!」
俺は直ぐに飛び起きてさらにまた走り出そうとするが、
「はは、もう終わりか?」
ーーーその時には最早、相楽は俺の目の前に立っていた。
「どういうことだよ……」
その俺の呆然と漏らした声に、相楽は酷く憎悪に塗れた顔で笑うだけだった……
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