1.登校初日
「すぅ、はぁ、」
登校初日。
俺は自分が通うことになる教室、一年E組の前で深い深呼吸をしていた。
「髪の毛も整えたし、服もおかしなことはないはずだ……何も心配することはない。だよな?」
俺は15歳、つまり一年前までずっと祖父に四六時中鍛えさせられていたのだが、決して勉強が出来ないわけではない。
祖父にきちんと大学レベルの勉強も教えて貰っている。
「変人だと思われたりしないよな……」
ーーーだが、小中学と全く学校には通ったことはない。
そしてその過去は俺に多大なプレッシャーを与える。
もしかしたら挨拶したあと、柄の悪い先輩に呼び出され、
「おいお前!実は今まで学校に通ったことないだろう!」
「どうしてそれを!」
「はっ!お前からは、学校通ってませんでした臭がぷんぷんしてるんだよ!」
「っ!」
「おい、このことを広められたくなければ俺に金を渡せ」
なんていう喝上げに合うかもしれない。
「いやそれはないか……」
流石にこれはない。
被害妄想が酷すぎる。
どんだけ追い詰められているんだよ、俺……
「すぅ、はぁ、」
俺は自分が冷静さを欠いていることを悟り、目を閉じて再度深呼吸をする。
そして俺は目を開く。
「でもやっぱり後2日ぐらい心の準備を整えるのに使ってから登校した方が……」
いや、全く落ち着いてなかった。
だが、しょうがないことなのだ。
こういうことは最初が1番重要なのだ。
つまり失敗したらもう取り返しがつかない。
「だったら、万全を期さないと」
その理論だと登校初日をすっぽかすそのことの方が明らかに不味いのだが、混乱した俺は気づけない。
とにかくその場を後にしようとして、
「東、入室しなさい!」
「……うん、何してるんだろ俺」
教室からの教師の声に正気を取り戻した。
「今行きます……」
そして緊張でガチガチに固まったまま、教室の扉を開いた。
「っ!」
ー外国人多っ!
俺が教室の中に入ってまず、生徒の外国人の割合に言葉を失う。
大体40名程の人数の三分のニは欧米系の外国人で、
「あ、少し外国籍の生徒が多いから」
そう簡単にしか説明しようとしなかった理事長に、愚痴りたくなる。
「東、自己紹介しなさい」
「あ、はい」
だが、教師は俺の動揺など全く気にすることもなくそう指示を出す。
俺も教師の言葉で、今は外国人が多いなどそんなことに気を割いている場合ではないと、そう思い出して、
「え、えと」
ーーー急激に蘇った緊張で今まで必死に考えてきたはずの自己紹介が全て頭から消えた。
俺の胸中を激しい焦燥の嵐が吹き荒れる。
だが、クラスメイト達は全員俺の方へと視線を向けていて、今から少し待って下さい、なんて言えるわけもなく、
「えっと、東颯斗です。よろしくお願いします……」
俺が何とか口に出来たのはそれだけだった……
ー 最初が肝心だ。
少し前に俺が自信満々にの賜っていた言葉を思い出す。
そして死んだ目をして、空虚な笑みを顔に浮かべる。
ー あ、もうこれは高校生活終わったな。
「なっ!」
ーーーだが、そう悟り俯いた俺の耳に入ってきたのは盛大な拍手だった。
「え、え?」
最初を失敗した、そう思っていた俺は呆然と辺りを見回す。
だが、クラスメイト達の一片の曇りない笑顔で俺を歓迎することを示すように一心不乱に手を叩いている姿は、幻では無くて、
「っ!」
ーーー俺は後ろに少し退いた。
その瞬間拍手が止まり、クラスメイト達は俺のことを心配そうに見つめてくる。
その眼差しはとても慈しみに満ちていて、俺に心の底からの安堵をもたらしてくれる。
「すいません。少し立ちくらみしただけで。えっと、質問があれば受け付けます!」
俺はそのクラスメイトの様子を見て、直ぐにぎこちない笑みを浮かべてその場をとりなした。
「あ、それじゃぁ」
「どうぞ」
そして直ぐに女子生徒が手を挙げ、教室は何事もなかったかのように待った活気付いていく。
だが、俺を拍手しているクラスメイト達から感じたどこか狂信的な視線。
ーーーそれが気のせいでなかったことを、冷や汗でじんわりと濡れた背中は示していた……
俺が質疑応答の時間を取ってから、それからは何も問題も起こることは無く、穏やかな時間が過ぎていっていた。
それは俺の感じた狂信的な視線など忘れてしまうほど、
「あ、あの、東さんに恋人はいますか!」
ーーーいや、どうでもよくなるほどの。
「ちょっと!抜け駆けはダメでしょ!」
「そうよ!」
「でもとりあえず恋人がいるかだけは……」
そうやって言い合う少女達は、誰も佐藤さんに及ぶほどでは無いが美少女と言えるほどの美形で、
「恋人になって欲しいです」
俺はそう言ってしまいそうになるのを必死に堪えながら、笑ってみせる。
「いえ、僕には今までそういうのと縁がなくて……」
その俺の返答に拳を握りしめた少女達に俺はやっとの春の訪れを確信する。
そして、情けない顔にならないよう緩みそうになる顔を必死に締める。
「あの、」
「あ、どうぞ」
「東さんは、どんな魔法を使うのですか?」
「へ?」
ーーーだが次の瞬間、俺の顔から笑顔は消え去った。
俺はその質問をしてきた少年。
自信に溢れた顔つきの美形の少年を呆然と見つめる。
そして少しして俺は悟った。
ーーー自分があっち系の人だと勘違いされていることを。
「お前、厨二病って知っているか?」
そう祖父が話してくれたことが頭によぎる。
俺は直ぐに頬を引きつらせながら必死に否定した。
「いやだなぁ!そんなもの使えるはず無いじゃないですか!」
「ですよね」
「ほんと、流石に酷いですよ」
そして笑いが起こる。
俺はクラスメイト達はそう反応するだろうと、そう思い、軽い感じで否定して、
「なっ!」
ーーー全く反応しない、クラスメイトの様子に言葉を失った。
俺は何処か失言したのかと、焦って何かを言おうとして、
「授業が始まる。質疑応答の時間は終わりだ。東あそこの席に座りなさい」
「は、はい」
教師の声に中断された。
俺は急に中断されたことに少し不満を抱きつつも、それでも教室の中に充満していた気まずい空気が霧散したことに気づく。
そして俺は感謝しようとして、男性の教師の方へと振り向き、その目を見て、そして言葉を失った。
「っ!」
「どうした?早く席につけ」
ーーー何故なら、俺を見る教師の目に浮かんでいたのは、苛烈なまでの嫉妬の念だったのだから。
「はい」
俺はその嫉妬の念に疑問を覚えつつも、教師の言葉に従い空いている先に腰を下ろす。
だが、それでもその教師の嫉妬の目線は俺から離れることはなかった。
「何なんだよ……」
俺はその教師の視線にそう、うんざりとぼやく。
だが教師の視線に意識を奪われていた俺は気づいていなかった。
決して教師の嫉妬の念など今はどうでも良かったことを。
その理由など分かりもしないのだから。
真に気にするべきだったのは、魔術を使えない、そう告げた時の生徒の反応であり、
ーーーそしてもうその時には、俺の思い描いていた高校生活の全てが、狂い始めていたというそのことを。
「魔術が使えない……」
さらにはたった1人、その教室の中で一線を画す美貌の少女が、俺のことを心配げに見つめていたことを。
今日あと数話投稿する予定です