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16.仲間

ハルバールの一言から、教室の中で声を発するものはいなかった。

俺を嘲笑しようと口を半分開けていた者などは、そんな間抜けな状態で固まっている。


「あ、私は、」


ーーーそして中年の女性教諭は冷や汗をかきながら、震えていた。


それもそうだろう。

ハルバールは本当に魔術界でも一、二を争う名家だ。

そしてそんなご令嬢、しかも天才と言われ最もその名家に重宝されている娘に恥をかかせた、それはこの世界で生きる上で死活問題となる。


「も、申し訳有りません!決して貴女のことを侮辱したわけでは……」


教師の今まで俺を罵り、嘲笑に歪んでいた顔は恐怖に血の気を失い、身体はがたがたと震えている。

クラスメイト達はその火の粉が自分にかかるのを恐れたのか、今まで笑っていたことが嘘のように黙り込んでいた。


「侮辱?何のことでしょう?」


ーーーそしてその中でただ1人だけ、ハルバールは悲しい目で教師とクラスメイトの様子を見ながら、落ち着いていた。


ハルバールは気にしていない、そう言外に教師に告げ、さらに言葉を重ねる。


「私はただ、この問題は難しいのでこのような難易度の問題は控えてもらいたい、そう言いたかっただけです」


「そ、そうですか……」


そしてその瞬間、明らかに教師は安堵した顔付きになり、教室の中に流れていた緊迫した空気が消える。


「ええ、それだけです。ただ、他の誰にもこの難易度の問題は出すのはやめてください。


ーーー例え、東くんだったとしても」


「なっ!」


だが、ハルバールのその一言に教師は言葉を失い、先ほどよりさらに大きな動揺の波が教室に流れる。


ーーーハルバールが口にした言葉、それは名家の人間であるものが無能を気遣ったと同じことであるのだから。


そして数人の生徒が訝しげに、顔を合わせその中の1人が立ち上がった。

訳がわからない、そう見るからに不満げな顔で。


「ですが、東は魔術の使えない無能で、」


「でしたら、何故その無能に私でさえも分からない問題を出すのですか?


ーーー私よりもその無能の方が知識量が多いとでも?」


「っ!」


そのハルバールの発言に返す答えを少しでも間違えればハルバールを侮辱することになる、そう気づいたその生徒は言葉を失う。

それでも生徒は諦めず何かを言おうとするが、


「そういうことではなく……」


「でしたら、お座りください」


「ぐっ!」


ハルバールに容易く黙らされる。


「………」


そして、その光景を見て意見を言えるものなど1人もいなかった。

ハルバールはそのことを確認して、蕩けるような微笑みを浮かべる。


「そう、私が一番という認識でよろしいんですね」


そしてハルバールはまるで自尊心を満たされたことに満足したように頷いて座る。


ーーーだが、それが決して本心でないことをこの教室にいる全員が知っていた。


宗教に関する知識、それは決して魔術師には必要ないのだ。

実際、宗教の授業にはテストなど一切ない。

実習に関しては年に小さなもので、5回、大きなもので2回もあるのにもだ。

そしてハルバールが他の生徒達よりも、宗教に狂信的でないことを他の生徒もわかっている。


ーーーつまり、ハルバールが発言したのはどうみても無能を助けるためにしか見えないのだ。


しかし、そのことを誰も聞くことはできない。

私がその無能よりも劣るのですか、というその発言が他の者への抑制として働いているせいで。

だが、明らかに空気はおかしくなっていく。

名家の天才が無能に肩入れした、そのことは俺に注目を集めることとなる。


「ハルバール、お前も俺をはめようとしているのか……」


ーーーだが、俺はその奇妙な空気に気付くことなく震えていた。











ハルバールが俺を庇った行為。

それは明らかな異常だった。


ーーー何故ならそれはハルバールの教室、いや学校内の立場が下落する可能性のある行為なのだから。


もちろん、決して名家のハルバールがいじめられることになるというわけではない。

そんなことは血筋主義のこの学院では有りえない。

だが、明らかに変わり者としてハルバールの周囲の者に距離を取られる可能性があった。

それだけこの学院の中では魔術の能力が占めている。

結果的にはそういうことにはならなかったが、それだけの可能性がありながらなお、ハルバールは俺を庇った。


ーーーそしてそれは明らかな異常だった。


それは学院から周囲の取り巻きを作る魔術師の行動には明らかにそぐわない動きで、俺の頭にある可能性が浮かぶ。


「ハルバールは何者かの手先である」


つまり、ハルバールは俺を利用するために俺の懐に入ろうとしていることを。

だがそれだけでも納得できないほどハルバールの態度は俺に対して丁寧だった。

決して俺に悪印象を持たせないように、俺に疑われないように、まるでそう考えているかのように自然体で、


ーーーまるで俺の実力を知って、自陣に取り込もうとしているかのようだった。


「っ!」


しかも、彼女は多分理事長の手先ではない。

理事長が手を回すならば、生徒全員が俺に友好的でないとおかしいのだ。

態々、1人の生徒だけに執着するために他の生徒にいじめさせる、それは非効率で、理事長が打つ手だとは思えない。


ーーーそしてそれは、理事長以外にも俺の実力を知るものがいる可能性を示していた。


そのことに思い至った瞬間、俺の胸は酷く高鳴る。

俺はハルバールにかなりな好印象を抱いていた。

一瞬は、彼女が手先であるかもしれない可能性を排除するほど。

だが、これだけ証拠が揃えば無視なんかできるはずなくて、俺は意を決してハルバールの先を見るために、半身で振り返る。


「っ!」


ーーーそして、俺は涙目でガッツポーズをしているハルバールの姿に言葉を失った。


それはまるで、教師に意見を言っときにも、意見した生徒を返り討ちした時の凜とした雰囲気など存在しなくて、俺は戸惑う。

しかし、その時ハルバールは何事かを伝えようとして大きく唇を動かす。


ー これで、いじめはなくなるね!


「ぷっ、」


そしてその伝言に俺は思わず吹き出していた。

何で俺に笑われているかもわからず、ポカンとしているハルバールの顔は間抜けで、俺は益々笑いが止まらなくなる。


「何だよ、疑う必要も無いのかよ……」


そしてその時俺の呟いた言葉は誰の耳に入ることもなく霧散していく。


ーーーだが、その時こそがこの学院に入って初めて仲間が出来た瞬間だった。

今日は早めに更新できました!

もしかすればですが、明日の朝もう1話更新できるかもしれないです。

もしかしたら、ですが(念押し)

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