14.異質な少女
勉強を教えてもらう、そう約束した俺はハルバールの案内でクラスメイトに見つかることのない喫茶店へと訪れていていた。
正直、今日は魔術組織など忘れて、もう帰って鍛錬をしたい気分だったのだが、だがまずハルバールがどこに属した人間かを特定しなければならない。
俺はそう判断して今日からいきなり勉強を見てもらうことをハルバールに頼んだ。
「ええ!そうしましょう!」
そして何処か興奮した様子で了承された時、俺はハルバールは決して理事長を超えるような人間でないことを確信した。
彼女の興奮は多分俺が上手く騙せたことに対する喜びだろう。
だが、あまりにもそれを表に出しすぎている。
この調子でいけば彼女が何者なのか、それを判断することは決して難しくはない。
「えっと、ここは」
「お、おお」
ーーーだが現在、俺は自分の予想を裏切る事態に動揺していた。
目をあげると、俺の目の前を窓から入ってきた夕日に照らされ、輝く金髪が横切り、胸を高鳴らせる甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
そしてハルバールは長い髪を手で耳にかけると、無防備にも俺の顔のすぐ近くに身体を寄せてくる。
流石にそれには俺も驚いて、後ろに下がるがハルバールは全く気づくことなく解説を始める。
俺は不自然に胸が高鳴るのを感じながらも、それでも俺が1番気にしているのはそこではなかった。
普通に考えて、この近すぎる接近だけならば唯の色仕掛けにしか思えない。
ーーーだが、それだけではなかった。
「分かった?」
「おう、ありがとう……」
そう、心から真剣にハルバールは俺に教科書の内容を教えているのだ。
「どういたしまし……え、なんでこんなに近くに!きゃっ!」
それも俺の接近に近づかないほど熱中して。
「だ、大丈夫か?」
俺はいつの間にか俺のすぐ近くに顔を寄せていたことに気づいて顔を赤くし、のけぞろうとして椅子から滑り落ちたハルバールに手を差し伸べる。
ハルバールは本当に熱心に俺に勉強を教えてくれていた。
彼女が俺に接近したのは本当に集中していたから、だと断言出来るくらい。
ーーーハルバールは本当に俺のことを考えてくれるのではないか。
俺の頭に一瞬そんな考えが浮かぶ。
だが、勉強をしても俺が授業で嘲笑される未来は変わらない。
無条件で馬鹿にされる、それが俺の立場なのだから。
だがそれでもハルバールは俺をはめようとしているとは断言出来ない。
「本当にごめん……つ、次は」
俺は明日に座り直したハルバールの開けた教科書を見つめる。
そこには沢山の付箋が、それも真新しいおそらく最近付けられただろうと思われるが、付いている。
それは今、俺に教えるためだけにハルバールがどれだけ努力をしたのかを示して、俺は戸惑う。
だが、一番俺を戸惑わせたのはそこではなかった。
今話してくれている教科書の内容、それは全て俺を騙すためのものなのかもしれない。
確かにその内容は俺に聞かせるためだろうが、酷くわかりやすいのだ。
ーーーそう、あれだけ宗教の授業が受け入れられない、そうボヤいていた俺がそう感じるのだ。
その理由はハルバールの俺に教えるやり方にあった。
ハルバールは俺に宗教教えそのものだけでなく、何故そんな宗教が起きたのか、その背景、そしてその内容に関する自分なりの意見を含めて俺に話す。
そしてその話し方は知的好奇心の激しい俺でなくとも、楽しめるのではないか、そう思えるくらいの興味を引くもので、
ーーーだからこそ、異質だった。
魔術学院で宗教を教える理由。
それは決してただ知識頭に入れるためだとか、魔術組織が特定の宗教に組みしているというものではない。
俺は実習室で感じた何かを思い出す。
それは強大で、神秘的で、
ーーーさらに俺でさえ慄いてしまうような威圧を放っていた。
それは決して普通の人間が好んで関わろうとしない類の。
だが、魔術を使っていたクラスメイト達はまるで恐れることなく寧ろ悦ぶかのようにその何かから力を引き出していた。
「つまり、その恐怖はおそらく魔術を使う上で邪魔になるってことだろう」
俺はあの時の光景を思い出しながら、ハルバールに聞かれないよう本当に小さく呟く。
そしてそこまで考えるとあの狂信的な宗教の授業の理由など一つしか思い浮かばない。
そう、つまりあの何かからの恐怖心を取り除く為にまるで洗脳と言えるような授業があるのだ。
だが、淡々とまるで知識を伝えるように教科書の内容を俺に教えるハルバールに狂信的なところは無かった。
それは普通の社会では極めて普通の少女のようで、
ーーーだからこそ、この歪んだ組織では異質だった。
もはや彼女がどこの組織に属しているのか分からない、そんな話だけでなく、本当に魔術組織の名家で天才なのかさえも疑わしい。
「ん?どうしたの?」
そして、そんなことを考えていたせいで授業の内容を全く聞いていない俺に気づいたのか、そうハルバールはそう俺に尋ねる。
「えっと、」
俺は一瞬、聞いていいことなのか迷う。
だが、少し迷った後俺は躊躇いつつも口を開いた。
「いや、ハルバールさんは他の人と違うな、て」
「うん、でもこれが普通なんだよ。やっぱりいじめなんて……」
「いや、そうじゃなくて!」
「え?」
ハルバールはそこで真剣な顔で話を始めるが、俺は彼女が勘違いしていることを悟る。
もちろん彼女がいじめについて考えていたということは、俺に対してどう思っているかということを探るための有益な情報ではあったが、
「ハルバールさんは、他の人と違う」
ーーー今知りたいのはそこではなかった。
「っ!」
そして俺はハルバールの反応を見て、俺の言いたいことが伝わったことを悟る。
「東くん、貴方かなり鋭いのね」
ハルバールは酷く悲しげな、いや、恐怖の顔で笑う。
まるで何かを諦めたかのような、投げやりな表情。
「私は魔術師になんかなりたくなかった」
そして、彼女がポツリとまるで独り言のように漏らした表情と言葉は、魔術の名家の天才にはあまりにも相応しくないものだった……
すいません……さらに更新が遅くなりました……
おかしい、今回は二十四時間で投稿できると思っていたのに……
次回はなんとか早めに(願望)




