11.敗北
「っ!」
部屋の中にまたぴんと張り詰めた緊張感が戻る。
顔を痙攣らせた理事長が、後ろへと退がる。
俺の一言、それは決して妄言ではない。
「分かったろう?」
ーーーそしてそのことを理事長が理解したことを俺は悟る。
俺の声は決して大きくも、そして迫力に満ちていない。
だが、理事長の肩は恐怖で大きく揺れる。
俺はそれを何処か冷めた様子で見つめる。
そう、それが普通の反応だ。
「貴女に俺は扱えない」
ーーー誰もが強大すぎる力には恐怖する。
そしてそれは力を無制限に求めようとする組織に属する目の前の女性でも。
俺は殺気に当てられ、肩で息をする理事長の顔を覗き込む。
「はぁ、はっ、はっ、」
「なっ!」
ーーーそして、恐怖に顔を歪めながら、それでも笑っている理事長に言葉を失う。
その様子は何処か狂気じみた光景。
「っ!」
そして俺はその理事長の様子に、違和感を感じ殺気を止める。
「本当に強い。けど、本当に私達とやりあうことになったら、
ーーーあの男気のある社長にも協力して貰うわよ」
「なっ!」
俺はそこでやっと気づく。
今更どうやってももうこの状況は覆らないことに。
勝負は最初から決まっていたという、そのことに……
「社長達を、無関係な人たちを巻き込むつもりか!」
理事長の言葉、それはそういう意味だった。
それはあまりにも酷すぎる手段を選ぶことを放棄した手。
「いえ、ただ手伝ってもらう、それだけよ」
「っ!のうのうと!」
ーーーだがその禁じ手を、俺を自陣に組み入れるためにはあっさりと切るだろうことも俺には分かっていた。
理事長の顔に浮かぶ勝ち誇ったような笑み。
そしてその笑みに対して俺に取れる行動はなかった。
「くそ……」
おそらく理事長は前々から、具体的には俺が悪魔を殺したあの時から何かの計画に俺を取り込もうと決めていたのだろう。
そしてそのための準備を整え、俺を待っていたのだ。
「そして俺はそんなことに気づかずまんまと罠にはまった……」
理事長が何を望んでいるのかは知らない。
だが俺は最初理事長が待ち構えていた時に、時を改めるべきだった。
今理事長の狙いを調べるべきだと、今なら出来るというそんな判断を下すべきではなかった。
ーーーそしてその慢心が、今の取り返しのつかない事態を引き寄せたのだ。
現在、理事長に俺は人質を取られたも同然だ。
しかも理事長には俺の実力を見せている。
それは極めて最悪な事態で、
「殺そうか?」
ーーー俺はそう覚悟を決める。
正直、その選択は余りに軽率だろう。
理事長はかなり頭が回る。
つまり、俺が彼女を殺せばそこから色々と魔術などの俺が知らない技術で俺の実力が漏れる可能性がある。
そしてそうでなくとも、理事長を殺したことがバレれば俺はどういう目に合うか分からない。
だが、それでも最悪の事態だけは避けないとならない。
「と言うわけで、数ヶ月後退学の手続きが出来るまでは大人しくしておいて頂戴」
「なっ!」
そして俺は踏み出しかけて、その理事長の発言に言葉を失った。
「あぁ、でも貴方の身体能力は危険。だから学校では使わないでね」
呆然と立ち尽くす俺を無視して、理事長はそう条件を付け加えていく。
そして新たに付け加えられた条件は、今の現状でも力を見せるなということ。
つまり、いじめられたままで過ごせという意味だった。
正直それは酷い。
1日だけでもかなり堪えるのに、それの状態で過ごせという意味なのだから。
ーーーだが、それを加えても数ヶ月でこの場所から去れるというのは余りにも出来過ぎたものだった。
確かにその条件でも俺は数ヶ月いじめられた状態で学校生活を送らなければならない。
だがそれも、魔術師という異形の組織に関わったにしては余りにも軽すぎる罰則でしかない。
普通、この手の組織には内部争いが絶えないのだ。
たとえ中心になる何か組織があったしても、それでもその水面下では様々な組織が小競り合いを続けている。
そして俺は、その小競り合いでかなり有用な駒となれる人材だ。
魔術は使えなくとも、それでも十分に強い人間。
ーーーそして理事長はその駒をあっさり手放そうとしているのだ。
それは決して俺の望まないことではない。
いや、それを切望して今まで交渉していたのだ。
つまり俺は最終的にうまく自分の要望が通ったことになる。
「腑に落ちない……」
ーーーそしてだからこそ、納得できなかった。
正直俺は今回理事長にいいようにされていただけだ。
なのに、俺の要望が最終的に通っている。
理事長には何の利もないのにだ。
「何が狙いだ……」
そしてそんな状況で理事長が善意で俺に利になるように動いたなど思えるはずがなかった。
しかし、俺に理事長が何を狙っているのか、そんなことなど分かるはずもなく唇を噛みしめる。
「どうしたの?」
「あ、ありがとうございます……」
ーーーしかし、そのことに気付きながらも俺に出来たのは理事長に了承の印に礼を言うことだけだった。
「ふふ、どういたしまして」
俺のその一言に答えた理事長の笑みはとても美しく、俺の殺気でやつれた顔にはまるで相応しくないもので、
ーーーそしてその笑みこそが俺の敗北を何よりも物語っていた。
最終的に理事長の一人勝ちに……




