出陣〈前編〉
項志「そろそろ行くか。」
亜輝「いや、まだだ。」
項志「そうだろうな、知られ過ぎたからなー」
亜輝「この一年間の、俺達の痕跡を抹消しなければならない。」
項志「しかし亜輝、書類関係はなんとかなるが、人間の記憶はどうする。」
亜輝「わかっている。」
項志「何か考えがあるのか。」
亜輝「全校生徒、そして職員を集団催眠にかける、そして俺の存在そのものを消す。」
項志「お前、催眠術できるのか。」
亜輝「ああ、出来る。」
そう言って一冊の本を取り出した。タイトルは“誰でも出来る簡単催眠術”
項志「お前なあ……」
亜輝「冗談だ、だが集団催眠の原理はマスターした。まかせておけ。」
項志「お前の事だ、うまくやるだろうぜ。しかし、おやっさんはどうする。俺たちの事を全て知っている人間だ。」
亜輝「それもわかっている……おやっさんは俺達の良き理解者だ、口外はしないだろう。それにおやっさんには最後の火消しをやってもらわなければならない。それに今までお世話になった礼がしたい。」
項志「俺も賛成だ。恩義に報いることも人としての道だからなあ。」
亜輝「明日で、この地ともお別れだ。」
項志「お前の高校生活も明日で最後か……よし、俺も最後の一日、高校に行くぞ。」
亜輝「わかった、二人で行こう。これが俺達の出陣だ。」
翌日、亜輝は項志を校長に引き合わせる事にした。項志も頭の髪を切り、学生服を着用していた。
それにしても驚いたのは、項志の容姿である。今までは五御神島でサバイバル生活をしていたので、よくわからなかったが、亜輝と同様超イケ面なのだ。だから登校して来た時も、女生徒の黄色い歓声で学校中が騒然とするのである。そして女生徒の一人が亜輝に聞くのだ。
女生徒「ネエ、ネエ、亜輝君、その子だあれ?」
その人の輪は、数分で黒山の人だかりになった。それもそうである。超イケ面の男子が二人並んで登校して来たのだ。女生徒が黙って通してくれるはずがない。
その時である。その人の輪を割って入って来た男子生徒がいた。顔のゴツイ西山である。
西山「チョットイイ面しているからって、いい気になるんじゃねえ。神龍だけでもハラが立つのに、二人まとめてブチのめしてやる。」
いつも亜輝に嫌がらせをしているのが、この西山だ。
亜輝「西山、やめておけ。怪我だけではすまんぞ。」
項志「だいぶ不満がたまっていそうなツラだな。いいだろう、かかって来な。」
亜輝「項志、やめておけ。お前の拳を受けたら、どうなるかわからんぞ。」
項志「亜輝、大丈夫だ、手は出さん。」
その二人の間に、西山が突っ込んで来た。
しかし、二人ともひらりとかわした。
西山「くそー」
そう言いながらパンチを繰り出すのだが、いっこうにあたらないのである。
項志「お前の動きなど止って見えるぜ。」
西山がゼェゼェ言いながら、その場に座り込んでしまった。
項志「俺の動体視力は常人の百倍以上あるんだぜぇ。」
そして続けて西山に言った。
項志「いいものを見せてやろう。」
そう言うと、近くに立っていた木めがけて、パンチを繰り出したのだ。近くといっても十数メートルは離れていたのだが、なんとパンチの風圧だけで、その木の葉を落としたのだ。そしてその木には、人の拳の跡がくっきりと残っていた。それを見た西山はブルブルと震えだし、その場から一目散に逃げ出した。
亜輝「項志、やりすぎだろう。」
項志「亜輝、お前の分も入っているからな。奴もこれで少しは悪さをしなくなるだろう。」
亜輝「それもそうだな。」
女生徒が嫌がっていた西山がいなくなった事で、女生徒の二人に対する思いがヒートアップする。二人に女生徒が群がるのだ。
項志「亜輝、これはたまらんなー」
亜輝「だったら、何とかしろ。」
項志「仕方ない、あ、あれは何だ。」
と指差し、その反対の方向にジャンプした。ジャンプ力は、八メートルぐらいだったろうか。そして着地した。
項志「俺の名は我皇項志。亜輝とは、昔からの友人だ。」
皆、ポカンと口を開けたままだった。
亜輝はこの隙に校長室に駆け込んだ。
校長「待っていたよ。」
亜輝「項志もじきに来ます。」
そして項志もたどり着いた。
項志「こんにちは。我皇項志です。」
校長「君の事は、亜輝君から聞いているよ。君たちはこれからどうするつもりだ。君達の才能が有れば、何不自由なく生きていける。それを放棄すると言うのか。」
亜輝「そうです。人命を救う、それが我々の使命だと思っております。」
校長「そうか、それで生計を立てて行くのか。」
項志「はあ、生計を立てる、どういうこと?」
亜輝「俺達はこのレスキューで、報酬を受けることはありません。」
校長「な、なに、報酬を受けないだと、どういうことだ。」
亜輝「正体を明かさずレスキューする。」
校長「バ、バカな。ではどうやって生活するのだ。それに君たちは何も望まないのか。」
項志「望む、何を。」
校長「命を懸けて人命を守って、何も望まないのか。それで君たちは満足なのか。」
亜輝「俺たちは、地位、名声、お金を得るために、人々を守るのではありません。」
項志「地位、名声、金か。そんな物のためなら、とうの昔に挫折していたぜ。」
校長「何の話だ。」
項志「俺はこの一年の間、五御神島で修行して来た。それはいつも死と隣合わせの過酷なものだった。」
校長「なぜ、そこまでするのだ。」
項志「自身の命を賭けずして、人の命など守れるはずがないと思ったからだ。」
校長に衝撃が走った。
亜輝「俺達は人類の行く末に不安を感じています。自身の欲望の追及、自然破壊、戦争の拡大。正義が廃れ、様々な悪が蔓延している。全世界にネットワークを持つ悪の組織の存在を、俺達は知ってしまった。奴らの目的はわからないが、世界各国で起こっているテロ、戦争、金融不安など、あらゆる分野に暗躍している奴らは、死の商人とも呼ばれ、あらゆる兵器の開発、製造も手掛け、戦時下の国々へ売り込んでいるとも聞いている。」
ここまで聞いて、そんな犯罪組織や、世界の行く末など考えも及ばないし、そしてこういう展開には着いて行けないと思った。今の平穏な日々とはかけ離れ過ぎているからだ。
しかし、続けて亜輝はこう言った。
亜輝「全世界で起こっている内戦、混乱の原因は、奴らばかりに原因があるのではない。作る者がいれば買う者もいる。奴らがこれ程巨大になったのは、人間のエゴが生み出した産物なのかもしれない。」
その時である。ドアを開けて一人の女生徒が入って来た。
亜輝「君は、生徒会長の『小早川礼子』さん。」
頭脳明晰、超美人、行動力抜群、スポーツ万能、男勝り。亜輝とはいつもライバル関係にあった女生徒だが、優しい亜輝はいつも彼女に気を使っていた。
礼子「話は全て聞かせていただいたわ。あなた方を見ていると、私の中の正義の血潮が燃え上がって行くのがわかります。久しぶりに骨のある人間と出逢いましたわ。オホホホホホー」
礼子もまた、熱き正義の乙女であった。
礼子「亜輝君、あなたの行動は、この一年間見て来ました。そしてあなたの友人、項志君の修行も聞かせていただきました。そして私もまた、正義の為、生きる事をここに宣言します。」
そう言うと、部屋を出て行った。
項志「何なんだ、あの女。」
亜輝「お前には言ってなかったが、ちょっと天然でなー」
項志「小早川というより、白鳥の方がいいんじゃないのか。」
亜輝「まあ、いずれにせよ、彼女にも何か訳がありそうだな。」
校長「話を元に戻そう。私に何を望むのだ。君たちの内情はわかった。しかし私には何もしてやれない。」
それもそのはずである。一介の高校の校長にはどうしてよいのかわからない問題だ。
亜輝「全校生徒及び教員全てを、体育館に集めていただきたい。」