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怨讐の彼方へ

 竜は実在している。

 噂だったその話を事実とする証拠が公表されたのは、リル歴198年の春。

 新聞という情報伝達のシステムが整い、王国内で証拠写真が印刷されたエイル新聞第五号。

 その号のみ、エイル新聞で最大の売上を叩きだした伝説と化している。

 他国から買い求める人も現れるほどであった。



 そして、新聞の噂を聞きつけそれを購入した青年が一人。


「竜、竜か」


 青年の名はテラ。今年で20歳の王国騎士団に所属している。国王の護衛任務にも携わる事がある、いわゆるエリートである。

 テラは幼い頃は竜が登場する絵本を好み、それを倒し英雄となることを夢見ていた。

 しかしそれは子供の頃の話である。

 今のテラは王国騎士団という誉れ高き職業に就けている身であり、妻もいた。

 竜がいるからと、竜が何をしでかしたわけでもない。

 実際のところ竜が絵本の通りではないかもしれないのだ。

 討伐に向かう理由などないに等しかった。


 王国騎士団専用食堂でコーヒーを読みながら新聞を開いていたテラは、後ろから声を掛けられた。

 それは聞き慣れた声。騎士団の団長である。


「おはようテラ、お前もその新聞を読んだのか」

「団長。おはようございます。噂を聞いて興味が湧きまして」

「そりゃあ誰でも興味があるだろう。凄い売れ行きらしいぞ」

「当然ですね。こんなスクープ写真をどうやって撮ってきたのやら」


 新聞の表紙には、紙面の半分を占領する大きな写真が印刷されている。

 それはどう見ても岩肌の周囲を飛び回っている竜そのものだった。


「専門家が調べたそうだが、加工の跡は見られない。と」

「竜は実在したんですね」


 食い入るように写真の竜とにらめっこしているテラの様子を見かねてか、団長はこう質問した。


「……倒したいか?」

「まさか、まだ家族を置いて死ねませんよ」

「勝てば良いだろう」

「そんな無茶な」

「で、まだってことはいずれは…………か?」

「ご想像にお任せします」


 架空の、想像上の生物が実は本当にいたというこのビッグニュース。

 団長はテラの本心を理解していた。

 表情を見れば誰でもわかるだろう。それくらいに見入っているのだ。


「よし、じゃあ竜にも負けないようにまずは俺と模擬戦だ! 個々の実力を高めることはそのまま生存能力に繋がるからな」

「そりゃあないですよ団長。勘弁してください」

「固いことを言うな。強くなっておいて損はないぞ? 国の外は魔物ばかりだからな」

「わかりましたよ……」


 この日のテラの戦績は、10戦0勝10敗であった。



     """""



 それから数週間が経ち、竜の話題は殆ど聞こえなくなった。

 王国の騎士団は同盟国との定期演習に出向き、二日経ったある日のこと。

 急報。


「たっ! 大変だあ! 王国が――――」


 国が竜の大群に襲われた、との情報がもたらされた。

 その理由は、竜の縄張りに入ったいたずら者が逃げ足だけは早く竜から()()()()()()()()王国に帰ってきてしまったらしいとのこと。

 竜に追われていた理由は、竜の卵を盗み出してくるという信じられないものだった。


 急ぎ帰還した騎士団だが、全てが遅かった。

 国を守護していた宝玉による結界は穴だらけで、城や城下町はボロボロ。

 輝かしく、愛着のあったこの国は、もう二度とあのような姿には戻らない。

 あのような幸せな日々には戻れないと、テラは自分の家族の遺体を抱いて思い知った。



     """""



「行くのか」

「はい」

「もう少し手伝ってくれても良いんだぞ」

「団長。私はどうしても竜に復讐しなければならないのです。例えこの身が朽ちようとも、この怒りが薄れぬ内に」


 団長は、テラを見た。

 瞳は、憎しみの色に染まっていた。


「お前の覚悟はよく理解できた。だがな、俺に勝てないようでは竜には到底敵わんぞ? なんせ国一つを滅ぼすほどなんだからな」

「ええ、わかりました。貴方を倒してその剣を頂きます」


 団長が持っている剣の名は、『竜殺の魔剣(ドラゴンキラ)』。

 竜を打ち倒すほどまでに強い剣とされてきた王国の宝剣だが、今のテラにはよくわかる。

 これは対竜用の剣だと。


「俺も薄々感づいてはいたんだがな、やっぱり竜相手に強いっていう剣だったか。今まで気づかなかったのは、基本的に全ての剣より良く斬れたからだな。

 丁度良い。ここは瓦礫が多くて戦うには絶好の場所だろう」

「どういうことですか?」

「竜は山を越えた向こうの岩肌地帯に生息している。こんな街の残骸っていう場所は実戦向きだ」


 いつまでも平地で戦えると思うなよ?

 それが団長の言いたいことだとテラは理解した。


「では」

「ああ、始めよう」


 双方は剣を抜き、構え――……

 …………――唐突に団長が動いた一動作で、決着はついた。


「ガフッ」


 団長の不意打ちにも等しい踏み込みに対して、テラは驚異的な集中力で団長の動きに合わせて剣を()()()

 団長の腹に突き刺さった刀身は、臓物と筋肉を貫いている。


「貴方は、良い人でした」


 剣を引き、血を振り払いながらテラが無情に言い放つ。


「ですがこのままでは竜に勝てない」


 その言葉に対して団長は、静かに告げた。


「約束だ。この剣を持ってゆけ」

「ありがとうございます」

「己を……見失うなよ…………」


 その言葉を最後に団長が倒れ、その場を静寂が支配する。

 数秒経過したあと、思い残すことはないとばかりに背を向ける。

 国の宝剣、竜殺の魔剣を手にしたテラは王国より北上し、竜の巣へと歩を進めた。



     """""



 王国跡地を出たテラは、大陸北部にきていた。

 大陸中央よりも北部は気候が荒い。

 なので国はなく、そこで住む人も少ないため、必然的に人は住んでいないはずだった。

 しかしテラは何者かに取り囲まれていた。

 竜の巣まであと少しだというのに、邪魔が入ったのだ。

 そいつらの姿はローブで覆われていて、肌の部分が見えない。

 唯一覗く目の部分だけが外気に触れていた。


「剣を捨てろ。さすれば命だけは助けてやろう」


 人数は多くない。一人で全滅させられるとテラは思った。


「私は先を急いでいる。竜を殺すのだ」

「竜だと? ハッハッハお前が竜を……笑わせる」


 それを聞いたリーダーらしき男の哄笑を聞き、テラの持つ剣が閃く。


「笑うな」


 妙だ。

 刃は男の腹部を横に切り開いたはずだというのに、刀身が剣より硬い物をひっかいた手応え。


「迷わず刃を突くか。

 気に入ったぞ、お前さん。竜を倒したいとな。俺は協力できるぞ、生かしてはくれんか?」


 男が纏っていたローブを脱ぎ捨てる。

 その姿は、人間ではなかった。


「竜人か」


 肌全体に鱗が張り付いていて、関節部のみ肌が丸出しだ。

 諸説に拠れば、竜と人の子であるそうだ。


「まあ話を聞け。お前の今の力ではどう足掻いても竜には届かん」

「私はどうしても竜を殺さなくてはならない」

「そう急かすな。まずは仲間を集めろと言っておるのだ」


 仲間。

 その言葉にテラの眉がピクリと僅かに動く。


「竜殺の魔剣では不可能か」

「ああ、その剣が届く前に口から吹き出る業火に灼かれるだけだ」

「仲間と言ったな、私に当てはないのだが」

「なぁに。俺は顔が広いんだ」


 テラは信じて良いのか考える。

 竜人のこいつは全面的に協力するというが、どうしたものか。

 数秒で考えを纏め、口を開く。


「その話、信じさせていただく。反故にすれば…………」

「おお、怖い顔をしなさんな。まずは仲間だが……強い奴を知っている。性格は最悪の一言に尽きるが、しかし竜に優るとも劣らぬ力を有する者よ」

「集めるまでにどれくらいかかる」

「全員で一月」

「良い。待とう」

「では我々と行動を共にするが良い。俺の名はヴァジュラという」

「テラだ。頼んだぞ」



     """""



 半月。

 それだけの間、竜人の集団に加わり生活した。

 竜人たちは盗賊兼商人らしい。世間的に表現するならば、悪だ。

 しかし、国の元を離れたテラには最早何であろうと関係なかった。


 竜人とともに行動する。

 その日々は悪いものではなかった。

 が、良いものでもなかった。

 何もない。

 別段代わり映えしない日常。

 その日常を狂わせたのは、竜だった。


「この音は…………」


 その日の朝は、騒音で起こされて始まった。

 テラは上空から聞こえる音の正体が気になり、竜人たちのアジトから飛び出し見上げた。


 ――声が出なかった。


 蜥蜴のような体に、翼を生やして巨大にしたような生物。

 空を旋回し、鳴き声を響かせていた。

 徐々に雲が集まり、轟く雷鳴。

 口からは灼熱の息が漏れ出ている。


 ――これが竜か。


 体に打ち付ける雨など気にならない。

 それほど竜という生物の強さを、存在感を思い知った。






続かない。

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