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白の少女の場合1

 閉鎖的なエルフの里で人間とエルフの間に生まれた混ざりもの、それが私。

 行商人のお手伝いとして里を訪れた父に族長の娘である母が一目惚れをしたのが始まりだった。


 季節ごとに訪れる父と母の関係は着々と進んでいき、五年目の雪が積もった夜更けに私は生まれたそうだ。


 エルフは身ごもりにくいこともあり、懐妊自体には口うるさく言わなかった祖父だったがお腹が大きくなっても誰の子か口を割らない母に疑念を持っていた。

 そして生まれた子供の私はエルフ特有の長い耳を持たない中途半端な紛い物。

 

 祖父は烈火の如く怒った。次の春に父らが行商として訪れると矢の雨で歓迎をおこなったらしい。そして父は殺された。


 殺されこそしなかった私だが、里の中においてかなり疎まれた。

 様々な種族の生きるこの世界で混じり者自体は珍しくはない。ただ、生まれた里が純潔を尊ぶ排他的な種族だったというだけの話。


 私が疎まれた理由はそれだけではない。私には【色】がなかったのだ。

 この世界では【色】の濃さで優劣があるのだ。髪の色と目の色と魔力の色、それら三点。普通は何れかが少し濃くて別のものが少し薄いものなのだ。

 ただ、私の髪は真っ白で色がなく、目の色も薄い青色。混じり者であるためか魔力の色も薄い。



 母だけはそんな私を愛してくれた。トーチという名前をくれた。父を亡くした母は私が迫害されないように祖父と縁を切り里を出た。

 色々な町を薬師として転々とし、私を育てた。

 母は先々で出会う大人たちから私の色を見ては同情された。それに怒った母はその都度住居を移していった。

 そして私は何処に行っても同世代の子供たちの心無い言葉に傷つけられた。


「色なしが来たぞ」

「エルフなのに変な耳」

「そんな汚い色でこっち見ないでよ」

「あんたの声聞いてたら耳が腐っちゃう」


 五歳くらいの頃からだろうか、私の表情に変化がなくなり母の前でもあまり喋らなくなったのは。

 そんな可愛げすらもなくなった私でも母は愛してくれた。

 私の分まで怒り、喜び、悲しみ、楽しんでくれた。

 私も母を愛していた。だからこそ許せなかった。母のくれたこの名前を馬鹿にされるのだけは。


 切っ掛けは些細なことだった。私が十二歳を迎えた冬のこと。当時住んでいた町は冬でも雪が積もることはなく、外を歩く人々の数に変化はない。

 母の誕生日が近かったこともありプレゼントに花飾りを作ろうと出かけると家の近くで待っていたかのようにいじめっ子たちが集まってきた。

 相手にしないように何を言われても無視をしていたせいか苛立ったいじめっ子たちの言葉に変化があったのだ。


「お前の母ちゃんいっつも薬の値段買い叩かれてるのにそれすら気付かないんだから馬鹿だよな」


「松明なんて名前つけてお前の親って本当馬鹿だよな。まぁ碌に使い道がない木ぎれって意味でつけたんなら間違っちゃいないか」


 どれだけ色のことや自身のことで馬鹿にされても我慢は出来た。

 でも母への悪口だけは看過できなかった。

 私はそのいじめっ子である町長の息子と取っ組み合いの喧嘩をした。

 そして数日後、私たちは周辺の町全てから追い出された。


「勝ったんだ、トーチは強いね!」


 母はそれでも私を叱らなかった。私を嫌いにならなかった。


「もう人がいない所で二人で自給自足でもしよっか」


 明るく笑いながらそう言った母は人が近寄らないシルヴァ大草原と魔の森の境界に今の家を建てた。

 最初は雨風もしのげないような環境だったけど二人でたくさん工夫をした。

 足りないものは母が遠出をして薬と交換してきた。

 苦労も多かったけれど私たち親子にとってやっと訪れた平穏だった。



 それから数年が経ち、家も畑もそれらしくなった。

 たくさんの町を巡った母の知識は豊富で私は母から多くのことを学んだ。

 一人前の太鼓判を押してもらってから数か月、丁度一年ほど前のこと。薬草摘みに行っていたはずの母が血塗れになって帰宅した。


「ごめんね、崖で足を滑らしちゃって」


 てへへっと母は困ったように笑顔をみせた。前日に雨が降って地面がぬかるんでいたことを知っていてなぜそんなところに向かったのか。そんな疑問すらも思い浮かぶことなく私はただ慌てることしか出来なかった。


「お母さん、お薬は?魔法は?」


 思えばあんなに大きな声を出したのは生まれて初めてだったかもしれない。


「んーん、効くお薬もないし、治癒魔法もお母さん使えないの。それよりこれ見て」


 母は腰に下げていた薬草入れから何かを取り出す。


「待って、私が町まで行ってお医者さん連れてくるから」


 けれど母は私の懇願を聞いてはくれない。


「これをトーチに見せたくてお母さん年甲斐もなく頑張っちゃった」


 母が出したのは仄かに光を放つ蕾のような花だった。


「これね、最近はどこにも咲いてないの。トーチの花って言ってね、昔はどこにでも咲いていた花で旅人が夜、迷子にならないように世界中を照らしてくれていたの」


 いつも通りの優しい眼差しで私に教え諭す母。

 渡された花を受け取りつつも握る母の手にいつもの力強さはない。


「お母さんね、仄かな光でも良いから誰かを照らしてあげれるような子になって欲しくてトーチって名前をつけたの。それにこの花白く輝いていて綺麗でしょ?まるで貴女みたい」

 

 そう言って母はまた優しく笑う。

 周りの皆が私を汚いと言っても、母だけはいつも貴女の髪はお花みたいに綺麗ねって褒めてくれた。

 でも私はそんな素敵なお花のようにはなれないよ。


「お父さんはどうだったかは分からないけど、お母さんはお父さんと会えて、貴女と会えて、本当に幸せだったのよ?だからお母さんはトーチにも誰かを愛してほしいな」

 

 私にはそんな人お母さんしかいない。お母さん以外いらない。


「私、お母さんのことが大好き。愛してるよ。だからお母さんが行くなら私も連れて行って」


 一人で生きていくなんて嫌。お母さんがいなくなるなんて絶対に嫌。


「だーめ、お母さんはこれからお父さんといちゃいちゃするんだから。それに貴女の成長を一緒に見るのも楽しみなんだから。トーチはお父さんに負けないような素敵な人を愛して、貴女みたいに可愛い子供を作ってくれなきゃ。私たちに孫を見せてよ」


 母は頬を膨らませた後にウィンクをする。額の汗も身体から滲み出る血も止まることはない。


「急がなくて大丈夫。お母さんたちは何百年経ってもトーチを待ってるから。その時また一緒に暮らしましょ?嫌なこと以上の楽しいことをたくさん経験してお母さんにお話してほしいな」


 もう感覚もなくなっているであろう。辛くて堪らないはずだ。それでも母は無理をして語り続けた。


「分かった。いつになるかはわからないけど、人を好きになって子供を作って、お母さんたちに孫を見せてあげる。楽しいお話もたくさん用意しておくから!だからもう無理しないで」


 こんなに喋ったのも生まれて初めてで上手く伝えられたかは分からない。


「約束よ?あぁ本当に愛おしいけど眠くなっちゃった。おやすみ、愛してるわよトーチ」 


 母はもう一度だけ安らかに笑うとそのまま目を閉じ息を引きとった。


「約束」




 それから私は母の好きだった木の側に母の墓標をたてた。

 動物に掘り起こされないように深く掘り、母が使っていたベッドと椅子も埋めた。墓標の周りも母が喜ぶように摘んできたトーチの花から種を採取して植えた。





 あれから一年。私は母の望みを叶えられないでいる。

 何度も人里の方へと向かおうと思ったのだが勇気が出なかった。

 母がいない今、あの視線を、あの言葉を耐えられる気がしなかった。


 

 今日も母のお墓にお供えものをして謝ってきた。明日こそは頑張るねって。

 その帰り道、今まで聴いたこともないような戦闘音が響いてきた。

 少し距離はあったが万が一にでも母の墓が荒らされたくはなかったから気配を消して覗きに行った。


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