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「低い天井だなぁ」
え?天井?室内!?ベッド!?
驚きで目覚めがスッキリした所で冷静に室内を見渡す。
家というよりは丸太小屋といった所で八畳くらいの室内には小さめのキッチンと一組の机と椅子以外には俺が寝ていた堅いベッドくらいしか物がない。
家の主は留守のようだが、生活空間の安心感や人と話せるかもしれないという喜びから思わず涙腺が緩む。
「おわっ!びっくりしたぁ」
腕で目を擦って顔をあげるといつの間にか室内にいた少女の顔が目に入る。
自分で切っているのだろう、不揃いでギザギザだけれど雪のようで真っ白な美しい髪。パッチリとした二重瞼にライトブルーの瞳。小さく鼻筋の通っている小鼻。桜色のぽってりとした唇。透き通るという例えを用いてしまう程の白い肌。
まさに美と表現して差支えがない美少女が扉を開けっ放しにしたままこちらを見つめていた。
「えっと、お邪魔してます。キミが僕を助けてくれたのかな?」
暫しの見つめ合いに名残惜しさを感じながら会話を試みるも少女からの反応はない。
玄関の戸を閉めるとベッドに腰掛け再び間近で俺の顔を凝視してくる。
「なにかついてるかな?もしかして言葉が通じていない?」
共通言語能力じゃ意味がなかったのか?
そんな疑問を他所に少女はかぶりを振る。
「僕の話してる言葉、伝わってる?」
少女は首肯する。どうやら最低限の意志の疎通は出来そうだと安堵した。
「喋れない、もしくは声が出せない?」
今度は首を動かさない。感情の起伏が薄い子なのかあまり表情の変化がない。それでもその中に若干の困惑が見てとれた。
「喋りたくない、もしくは声を出したくない?」
少し驚いたのか先ほどよりも少しだけ目を見開いた後に頷く。少ない表情の変化を読み取るのが楽しくなってきた。
少女も飽きることなくこちらを見つめながら首を振ってくれた為その後も質問は続いた。
この小屋は森と草原に隣接するように建てられた、少女が一人で住んでいる家であること。
境界では滅多に起きない戦闘音に驚き、陰から覗いていたこと。
俺が倒れた後に引きずりながらも連れてきて看病してくれたこと。
年齢は十六で家族はいないということ。
近くに街や集落、人が住んでいる場所はないということ。
これらを聞き出すだけでもかなりの時間がかかってしまった。
次の質問に移ろうとした所で俺の腹から大きな音が響き渡る。
「もう夕方だね。ずっと聞いてばかりでキミもお腹が空いただろう?何か採ってくるよ」
そう告げて起き上がろうとするも少女はここにいなさいとばかりに両肩を抑えつける。
冷たい手だなと思った所で気づく。俺、裸じゃね?上半身だけではなく、おそらくは毛布に覆われている下半身も。
よくよく考えると全身血や泥に塗れていたはずなのに綺麗になっている。
そして少女が持って入ってきた籠の中には洗ってくれたのであろうスポーツウェア。
「えーっと、なんつーか、その、見た?」
無表情のまま両腕を前に出し肘を曲げて、頑張った!とアピールしてくれる少女。
羞恥という新たな性癖に目覚めるか否かという所で小さなキッチンへと足を運んでいった。
まぁ見られて恥ずかしい肉体はしていないので良しとしよう。
食事の支度をしてくれているであろう少女の手伝いをしないことに内心で詫びながらも手持無沙汰にステータスを見る。
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名前 :ヒデオ・サヤマ
種別 :人間:男
職業 :無
レベル:26
状態 :通常
生命力:82/175
魔力 :79/175
筋力 :56
敏捷 :56
頑丈 :56
器用 :67
知力 :45
幸運 :35
スキル
・詐術3
・筋力上昇(小)
・敏捷上昇(小)
・頑丈上昇(小)
・体術3
・ステータス表示
・脱兎1
・投擲2
・狂化3
・精神耐性2
・剣術2
・見切り3
・不屈1
・身体強化魔法
・魔力操作1
ユニーク
・器用貧乏
・大器晩成
・一を聞いて十を知る
称号
・女たらし
・時空の狭間を通り抜けた異世界人
・奇跡の体現者
・英雄の卵
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獲得経験値に大きな補正があったとしても必要経験値三倍で十八レベルも上がったのか。
新規スキル込みでスキルレベルも軒並み上がっているし流石にステージボスだけはあったな。
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・剣術―刀剣類を使用の際に補正。スキルレベル依存。
・見切り―攻撃回避の際に補正。スキルレベル依存。
・不屈―逆境時に補正。スキルレベル依存。
・身体強化魔法―魔力を消費し、自己のステータスを一部強化する。
・魔力操作―魔力使用時に補正。スキルレベル依存。
・英雄の卵―才知・武勇に優れ、偉業を成し遂げれるであろう者への称号。
【総合力】に大きな補正。
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相変わらず大雑把な説明だ。特に魔力操作の説明と英雄の卵の能力の説明が雑過ぎる。まぁあって困る能力ではなさそうだから今は気にしない方がいいのかもしれないな。
そういえばライオンの死体はどうしたんだろうか。あいつの牙とか武器に使えそうだから欲しいな。中鬼の剣はもう使い物にならなさそうだし。
呆けるように考え事をしているうちに料理が出来たようで少女が穀物と野菜のスープのようなものを木の器にいれ持ってきてくれた。
ちなみに少女の名前は未だに分かっていない。喋ってくれないし、当てることも出来なかった。
「大丈夫、一人で食べられるよ。それより一緒に食べよう」
煮立っているスープを木のスプーンに掬い冷まして食べさせようとしてくれる少女に断りをいれ、少女にも食事を促し、ベッドに並んで腰掛ける。
「色々本当にありがとう。いただきます」
少女に誠意を込めて礼を告げるもいただきますの意味が分からなかったのか軽く首を傾げられる。
穀物も野菜も柔らかく煮込まれていたそれはスープというよりも雑炊に近かった。野菜の甘みや久しぶりに感じる塩の味に感動しながら勢いよく食べ進めていく。
少女はゆっくりと食事をしながらも俺の器が空になると何も言わずともおかわりをよそいに行ってくれた。
「ごちそうさまでした。すんごい美味しかったよ」
おかわりも完食し、目を見てしっかりとお礼を言うと少女は表情を変えることなくコクリと頷いた。それでも心なしか嬉しそうにも見えた。
「そろそろキミの名前が知りたいな。教えてもらってばかりだけどダメかな?」
食事の後片付けを終えた少女が再び並ぶようにベッドに腰掛けた所で問いかける。
すると少女は立ち上がり、部屋の隅に置いてあった一本の松明を持ってきた。
ちなみに俺の自己紹介については食事前の質問をする前に済ましている。事情を理解してくれたのかは分からないが頷いていたから問題はないだろう。
「松明」
俺が声に出して首を傾げると少女は首を横にふる。
「松明。火。あかり。トーチ」
トーチと言った所で少女はこちらに指をさし頷いた。トーチという名前なのだろうか?当てた割に少女の表情は少しばかり暗くなったような気がする。
「トーチ、世界を照らす象徴か。良い名前だね」
トーチに笑いかけそう告げると、彼女は今まで崩すことの無かった表情をくしゃりと崩して涙を零しはじめた。
「ごめん、嫌なこと言っちゃったのかな?」
そう尋ねるとトーチは何度も首を振り続けた。
どうにも嫌で泣いているわけではないと悟った俺は毛布を体に巻きつけ、トーチを胸へと抱き寄せた。それから彼女が落ち着くまでの間しばし頭を撫でつづけるのであった。