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 意識が緩慢に覚醒していくと共に瞼を持ち上げるも穴を塞いだ草木の隙間から差し込む朝日が眩しく不快な目覚めとなった。

 腹から鳴る目覚ましが生きている実感を与えてくれる。何事もなく朝を迎えれたことに感謝だな。


 一晩お世話になった木に別れを告げる前に少しばかり頭に乗らせてもらうことにする。

 昨日までいた場所の木々は高すぎて登れる気がしなかったが、川下へと移動するごとに小さくなっていった為、身体能力が上がった今なら登れそうだ。



 足をかける場所目がけ手を駆使しつつも飛び移る。自分でも驚くほどにスルスルと登っていける。


「すんごい神秘的なこった」


 頂上にたどり着くと頭上にようやく眩しいお日様が顔を出す。しかし、後方に顔を向けると見えるのは頂上にいてなお先端が見えることのない大量の木々。

 高所から見ても全く見渡すことの出来ない深い森からこんな浅い所までよくたどり着けたな。本当に川さまさまだ。


 感慨に耽っていても仕方がない。空腹も疲労の溜まっている臭い肉体もボロボロの服もこのままでは満たされない。


 昨日から足を運んでいた前方に視界を移す。

 まだまだ森を抜けるには時間がかかりそうだが遠い先に草原が目に入った。思わず喜びの声をあげそうになるがまだ早い。

 人が住んでいそうな集落を見つけたい。


 

 その後も草原の方に向かいつつ木に登ってみたが見える範囲でそのような場所はなさそうだ。

 辿ってきた川の方を眺めても川幅が狭くなり小川に変化していること以外の発見はなかった。



 当面の目標を食糧確保と日暮れ前までに森を脱出することにおき、行動することにした。



「このくらい浅くなると色々な草木が増えて結構食べれそうなものが出てくるな」


 まぁ茸にしろ山菜っぽいものにしろ、本当に毒がないか分からないから食べないけど。

 とりあえず鳥とかが食べている安全そうな実等を中心に収穫していく。

 日本で食べたようなひたすらに甘い果実はないにしろ味覚に刺激が欲しい。とりあえず赤いさくらんぼの様な実を口にしてみる。


「酸っぺぇ。よくこんなん突いてんなあいつら」


 口いっぱいに広がる酸味とほんの僅かな甘味。お世辞にも美味しくはないけれどそれでもしっかりと噛みしめておく。




「うん、まぁこんなもんかな。今までに比べればかなりの成果だな」


 小動物が食べていたものを中心に木の実や果実などを数種類。それにうさぎと鈍くさくも投石で撃ち落とされた鳥が一羽ずつ。

 お昼過ぎでこれは出来過ぎだな。木の実や果実はポケットに、動物は木の枝にぶっさして運んでいく。俺がどんどんワイルドになっている。



「とりあえず衣食住を整えて、3大欲求を解消したい」


 衣、臭くて汚いスポーツウェア。食、ワイルドとれたて素材。住、木の穴。

 性欲、強制禁欲中。食欲、食欲に比例しない食事量。睡眠欲、熟睡できない。

 いや、凄いわ。逆に清々しいね。数日前までヒモしてた時と比べると天と地の差なわけだが、不思議と嫌ではない自分もいる。


 好んでいるわけでもない。もちろん味のある料理が食べたければふかふかのベッドで寝たいしそのベッドで女性と睦み合いをしたい。だが、絶望を味わい、命のやり取りをして、ゲームの様なステータスに翻弄されている今が少しばかり楽しいのだ。感覚が麻痺しているのだろうと言われればそれまでだが、日本にいる時にはなかった生きているという充足感にみたされていた。


 

 森を抜ける。前方に遂に草原を捉え、そう感じた瞬間、後方から木々をなぎ倒しながら凄まじい勢いでこちらに迫る音を聴いた。


「ずっと俺を探し回ってようやく見つけたってところか?馬鹿みたいにでかい森だから大丈夫と踏んでいたんだけどなぁ」


 目を向けながら呟くうちにスプレーの影響か目を真っ赤に血走らせた双頭のライオンが現れた。号砲とも言えるような明確な威嚇を受けるものの、最初の時ほどの脅えはない。精神耐性スキルの影響だろう。武器を手に入れ、ステータスが上がった今でも勝ち筋は見えない。


「よし、お前がこのステージのラスボスだな。かかってこいや」


「グルゥアァアア」


 収穫物を地面に投げ捨て威勢よく剣を構えるも、勢いそのままに突っ込んでくるライオンに吹き飛ばされる。

 咄嗟に剣を間に挟んだものの百二十一あった生命力が六十一にまで減っていた。

 防御をしなければあと一撃で死ぬという事実。肌を刺すような殺気。以前の俺なら生きることを諦めていたかもしれない。

 でも、綱渡りのようなこのスリルと高揚感。


「堪らないね」


 どこかで切ったのだろう、側頭部から頬へとつたう血を舌で舐めとる。口に広がる鉄の味に自然と口角が上がっていく。


「命を賭けたギャンブルだよ猫ちゃん。準備はいいかい?」


 本当は使いたくないんだけどなぁ。


「狂化」


 スキルを発動すると同時に意識が薄れそうになるが気合で持ちこたえる。スキルの効果か自分の意志とは別に身体が動き出す。ライオンへと走り出し手にした剣で勢いよく首を斜斬りに狙うも横に躱される。大振りで体勢を崩れた所を強靭な爪が襲うも寸での所で身をよじり躱す。


 身体が勝手に動いている所為か自分の戦闘なのに闘技場での殺し合いを特等席で見ているような気分だ。それこそ大穴である自分に全財産を賭けたギャンブラーの如く。この賭けにルールはない。なら何をしてでも勝てばいい。


 自動操作の身体とは別の思考のみでステータスを確認すると、戦闘中にも関わらず、剣術のスキルと見切りのスキルが新しく加わっている。


 そのおかげかライオンへの攻撃の鋭さが僅かばかり増し、受ける攻撃もギリギリで躱し続けることができている。さながらそれは死の舞踏を舞っているように思えた。薄氷の上を走るような行為のそれは自分のことなのに恐怖心は微塵もなく、ただしく狂喜乱舞。


 ユニークスキルの効果と格上との綱渡りのような攻防が相まって新規スキルの獲得や既存スキルのレベルが向上していく。

 まさに狂戦士と化している俺の身体はそれらを上手く活用しているものの、体力の限界か、動きは少しずつ鈍くなりライオンの攻撃がその身を掠めはじめた。

 生命力の数値が徐々に下がり始める。五十。三十九。二十八。十七。

 このままでは死んでしまう。決めては欠けているがライオンの方も確実に消耗しているのが目に見えて分かる。

 あと少し、何か切っ掛けさえあれば。

 そこで生命力の下に表示されている魔力の数字が目に映る。未だ百二十と緑で示されている使いどころのないそれに苛立ちを感じた。

 なにが魔力だよ馬鹿野郎。こういう時に覚醒するのが漢ってもんだろうが。


 スキル欄に一つ表示が足されると同時に尻尾の蛇に左腕を噛まれ弾き飛ばされる。生命力が一桁になり限界を迎えたのか狂化が解けた。

 意識が浮上し取り戻した肉体が銅像のように重い。

 倒れ伏す俺に勝ち誇ったように悠然と近づくライオン。


「なに勝った気になってんだ。まだ俺は生きてるぞ」


 力を振り絞り起き上がる。これでも無理なら悔いはないな。頼んだよ。

 新しく追加されたスキル、身体強化魔法に残りの魔力を全てつぎ込む。


「俺の代わりに死んでくれ」


 身体が羽のように軽くなる。ライオンとの距離を一気に詰めて飛び上がり、刃こぼれだらけのボロボロの剣に溢れる力を注ぎ込む。突然の動きと疲れによって回避行動を取れないでいる奴の首目がけて剣を突き刺す。

 まだ刺さりが甘い。まだ。もっと。


 抵抗は一瞬で最後は虚しくも甲高い声で鳴き、崩れ落ちる。


「英雄の名前に偽りなしってね」


 地べたに這いつくばる。本当に死力を尽くして戦った。もう立てないな。

 そういやぁ賭けには勝ったな。大穴で当てたんだ、配当金もでかかろう。


「ははっ、博徒の才能ならありそうだな」


 森抜ける手前だけどもうここ安全なのかな。 

 もういいや、どうせ動けねぇしこのまま寝よう。

 

 大の字になり目を閉じる瞬間、天使のような女の子の顔と洒落っ気のない白の下着が映った。

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