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大変お待たせいたしました。活動報告も書かせていただきました。
連れられるがままに辿り着いたのは、寂れた教会の上に鐘だけが設置されている吹きさらしになっている空間。
それにしても見よう見まねで壁に足をかけて着いては来たものの、階段がついている訳でもないこんな高い場所に登れる奴なんてそうはいないだろう。
縁に腰掛け顔を上げると、街並みを一望することが出来た。
夜更け過ぎという事もあり、酒場や娼館といった店のある区画以外では明かりはポツポツとしか見えず、どちらかと言えば暗闇の方が街を支配している。
そうだと言うのにこんなにも明るく感じてしまうのは、天辺を超えてもまだ燦然と輝いている月と満天の星空のせいだろうか。
周囲は静寂を保っていて、こんな夜更けに真面目に警邏をしているような兵士も見受けられない。
人を食ったような態度ばかりをしていたハティは黙ったまま横に腰掛けている。
神妙にしているこいつが話し始めるのを待つ間、街や空を眺める。
季節は徐々に冬に近づいてきているようで、気温は肌寒く、夏であれば心地よかったであろう風が肌を撫でる。
少しばかり眠くなってきたな。欠伸を一つして身体を軽く伸ばす。
しょぼしょぼし始めた目をもう一度隣にやるとハティもこちらに顔をもってきていた。
「狼人族はね、もうほとんど存在していないんだ」
「似たような耳している奴ならチラホラ見かけたけどな」
「あれは犬人族であって、ボクらとは全くの別物さ。やっぱりキミはあまり種族とかに関しての知識はないんだね」
独白するかのように呟き始めたハティだったが、俺の返しには思わず笑ってしまったようだ。しかしその笑みは人を馬鹿にするものではなく、困った子供を見るようなものだった。
確かにこっちの世界の人間やエルフの慣習を多少は覚えたが、それ以外の種族に関しては殆ど無知だという事に今更ながら気づく。
「まぁそうだな、かなり無知な方だ。でもよ、どんな手段を用いても伴侶を手に入れて子孫繁栄させてるんじゃねぇのか?」
「うん、番いを作る時はそうだよ。だけどね、ボクらって発情期でさえも繁殖能力自体はそんなに高くないし、皆濃い青色を持って生まれてくるからさ、欲深い人間に狙われやすくてね」
「そんで夕方みたいな感じの流れで取っ捕まって奴隷だのなんだのにされるってか」
「人間も皆が皆そうって訳でもないんだけどね。月の使徒だって崇めてくれる人間だっているし。それでも徐々に数は減っていったみたいで、ボクはボク以外の狼人族の生き残りを知らない」
うーむ、マーナガルムだのなんだのの血族はハティ以外全滅ってことか?
だがその言い方だと世界中を探せば狼人族自体はそれなりにいそうな気もするけどな。それこそ一部に崇められてるなら教祖のような存在もいるかもしれないし。
「じぃもばぁもトト様もカカ様もボクに期待をしてた。色も濃かったし、力も強かったからね。皆死んじゃったけどボクだけは生き抜いた。だからボクは絶対にこの血を弱めたり絶やしちゃいけないんだ」
「まぁお前が必死な理由は大まかには察したが、そもそも俺は種族からして違うわけだが」
「ん? じぃもトト様も普通の人間だったよ?あぁ、そうか。ボクらは繁殖しにくいからなのか、同族じゃなくても人族相手なら子孫を残せるし、生まれてくる子供も狼人族として生まれる」
「てことは祖母と母親が狼人族だったわけね。どうやってお前が生まれたのかが簡単に浮かんでくるな」
やっぱり家族は全員亡くなっているのか。
なんだか辛気臭い空気が漂いだしていた。軽く冗談を交えて笑いかけるとハティは目を閉じて照れ臭そうに笑っていた。なんだ、そんな笑い方も出来るのか。
こいつなりの理由があるのは分かったが、関わり続けるだけの余裕は俺にはない。
それに色が濃くて強い奴も辛抱強く探し続ければ他にもいるだろう。
「分かった。分かりはしたが、俺はお前の伴侶とやらにはなれない。エミリアから聞いたように俺にはしなきゃいけない事もあれば、大事にしている女もいる。他をあたりな」
「うん、その辺の事情はちゃんと理解しているし、キミに大事な人がいることもなんとなくだけどそんな気はしてた。でももう月に誓っちゃったからね」
「宿で言ってたこれからは俺の為に動くって言ってたやつか? そもそも月に誓うってなんだよ」
「さっき月の使徒の話はしたね。ボクらが本当にそうなのか、起源はハッキリとはしてないんだけどね、ハッキリとしている事もあるんだよ。それが月への誓いだね」
そう告げ、こちらを見据える瞳は紫にも似ていてとても鮮やかな青色をしている。
その状態のまま説明された内容は俄かには信じがたいものではあったが、宿での二人の反応や今目の前にいるハティを見るからに真実のようだ。
狼人族は一様に皆身体能力が高い。種族的なものとは別に月の加護を得ているのだとか。
それ故に月へと誓った事柄を破ると加護は消え、天罰が下り、全ての色が抜け落ちた後に死に至るのだと言う。
だとしたらハティはなんて馬鹿な女なのだろうと思う。今日出会ったばかりで、しかも一時は敵対さえもした相手に今後を捧げたというのだから。
日本にいた頃に遭遇した、色々と拗らせていたストーカー女。それとは何かが違う。
本当の意味で狂気じみてさえいる。
「それ、取り消す方法とかねぇのか? 今日初めて会った相手に対してさすがに馬鹿が過ぎるだろ」
「むむっ、中々に失礼な物言いだね。ボクらの目や直感は人間のものとは違う、間違いようもないさ。それに取り消せないからこそ、ボクらが絶対的に信頼されるんじゃないか」
「ただの人間である俺から見たら正気の沙汰とは思えないんだがね」
「別にボクは一番じゃなくていい、その大事な女とやらを十分に愛すればいいさ。それでもボクはキミの為に動き続ける。発情期に子種さえ貰えればいいんだ」
「仮にだ、仮に俺がそれを許したとしよう。それをあの子が許すかどうか」
「キミみたいな男が愛するような女だ、キミが良しとすればきっと受け入れてくれるはずだ」
まるでトーチの事さえも見透かしているような口ぶりだな。
俺にそこまでするほどの価値をこいつは見出しているのか?
俺がハティ自身が死んでしまうようなお願いをするっていうのを考えないんだろうか。そう、例えばソルディオを殺せとか……まぁ盟約に抵触するから頼めても残り二人を始末してからだが。
話し込み過ぎてしまったのか、まだまだ薄暗くはあるが明かりが灯る家が増えて来た。こっちの人たちは本当に夜も朝も早いな。
近場ではないが外に出ている人も僅かにいる。
「とりあえずバレないように宿に戻るぞ、そろそろ目立ちそうだ。お前の事に関してはもう少し考えさせろ」
「りょーかい! それじゃ帰りますかー。あっ、でも子種以外にもたまにキミの血も欲しいかなぁー……なんてねっ」
器用に下に降りていくハティに俺も追従する。上る時と違って下りはちょっと怖いんだよな。
こっちに来てから流した血の量を考えると別にそれぐらい構わないような気にもなるが、良しとするのも何か違う気がする。
子種に関しても、別にこっちに来る前も来てからも知り合ったその日にワンナイトなんかいくらでもしてきた。
しかし内容が内容だけに中々その気にもなれない。
明け方前は本当に冷えてきたな。こいつはこんな薄着なのに寒くはないんだろうか。
あぁ、今日は考える事が多くて疲れたな。どうせ宿に帰ってもそんなに眠る時間はないだろう。
トーチと一緒に夕方まで惰眠を貪っていた日の事を思い返す。
彼女はあれからどんな日々を送っているんだろうか。




