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お日様はまだ昇っているようだが腕時計は現在午後十時を指している。どうやら一時間以上も走り続けていたようだ。モテるためのジム通いが功を奏したな。
双頭のライオンは今頃さっきの熊を食べるか俺の荷物を漁るかでもしているだろう。というかそうしていてくれ。探し回ってるとかはマジ勘弁。
まさに九死に一生であったが荷物は時刻が狂ったままの時計と手に握りしめていた制汗スプレーに着ているスポーツウェア。更にそのポケットに忍ばせておいたライターのみになってしまった。
「喉が渇いたースポドリ置いてきちまったよ、ちくしょう」
中身の少ないスポーツドリンク。なによりもその容器であるペットボトルという名の水筒を失ってしまったことは心に少なからぬダメージを与えた。
あてもなく彷徨っているうちに木々に阻まれていた日は沈みかけているらしく薄暗い森の中が更に不気味な様相に変わっていく。来てはいないであろう異形のライオンの姿が頭をチラつかせる。
「とりあえず最低でも飲み物の確保と安全な場所の確保はせねば。湧き水、川、なんでもいいから出てきてくれ」
次点で食糧か。やはり心細い気持ちが強いのか、独り言もかなり増えてきたように思う。
結局、日が落ちても水場が見つかることはなく、安全な場所も空洞のような穴のあいた大木に転がりこむことにした。その穴を落ちていた草木や葉で覆いかくして体操座りのまま夜を明かすことにした。
夜の森は薄気味悪く、たまに生き物の移動する音がし、また熊やライオンのようなモンスターが来るのではないかという恐怖心から休めた気はしなかった。唯一の救いは夜になってもそこまで気温が下がらないでくれたことかな。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、時間を確認するのを忘れていた。真っ暗だった森に僅かな薄明りを感じ、俺は空洞から抜け出して移動を始めた。
緊張感や運動、様々な要因が重なり猛烈に喉が渇いている。なによりもまず水が欲しい。このままでは早晩死ぬことになる。
前の世界では全てを諦めて以降、生きるのが億劫だと思っていた。しかし、こちらの世界に落ちてきて以降は生きたいという生への渇望が強まっている。
これら苛酷な環境も今までの自分の行いの天罰なのかもしれない。泣かせてしまった女の子が復讐に黒魔術でも使用したのだろうか。
それはないなと鼻で笑う。性根の腐っていた俺とは違い、彼女らは酷く優しい性格をしていた。
「モンスターがいるなら魔法とかもあるゲームのような世界だといいんだけどな」
自分の置かれた環境から、地球であることは諦めている。ここまで謎植物で溢れた挙句、モンスターとしか言いようがないようなモノたちまで出たのだ。
疲労により重い身体を引きずりながら水場を求め彷徨う。
モンスターが出てくる可能性の恐怖よりも水への渇望の比重の方が遥かに勝っている。
「水系の魔法が使えたりしないかな?そうすりゃ好きなだけ飲めるのに」
当てもなく足を進めるだけでは心が折れそうだ。閑静な森を気取らないで、水の音を俺にお届けください。
ちなみに昨晩、恥ずかしいほどに多種多様な水の詠唱を行ってみたが全て不発だった。完全に黒歴史だ。
「はいはい、どうせ俺にはそんなステータスはありませんよーっと。え!?」
自嘲めいたことを口にすると目の前に文字列が並びだした。
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名前 :ヒデオ・サヤマ
種別 :人間:男
職業 :無
レベル:1
状態 :脱水
生命力:63/100
魔力 :99/100
筋力 :25
敏捷 :25
頑丈 :25
器用 :30
知力 :20
幸運 :10
スキル
・詐術3
・筋力上昇(小)
・敏捷上昇(小)
・頑丈上昇(小)
・体術1
・ステータス表示
ユニーク
・器用貧乏
・大器晩成
・一を聞いて十を知る
称号
・女たらし
・時空の狭間を通り抜けた異世界人
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まるでゲームのように浮き上がるウィンドウに多くの文字が表記されている。
突っ込みどころが多すぎて言葉が出てこない。喉の渇きをこの瞬間だけは忘れられた気がした。