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 日常に飽き飽きしていた。


 そんな漫然たる感想ですら述べる権利を俺、佐山英雄は持ち合わせていない。

 それもそのはず、二十五歳にもなって働きもせずにお小遣いをくれる女性五人の家を渡り歩き、食っちゃ寝の日々を送っているのだから当然である。

 ちなみに今日は二十七歳で女医の家にあがりこんでいる。


 大学を三年で中退した頃からもう四年ほどこんな人に褒められない様な生き方をしてきた。

 こうなった経緯を振り返ると学生時代にまで遡る。


 学生時代は運動に勉強、課外活動等どれをとっても平均以上の結果を出し、容姿もそれなりに優れていた。言わずもがな男女問わずモテはやされていた。

 それでも、なにをしても一番になれないことがいつも心に引っかかっていた。

 

 高校大学ともにそれまでのしょうもない実績で推薦をうけて入学した。

 大学生になり自己顕示欲が増した俺は何かで一番になり、賞賛をあびたいと思った。今からでも本気で取り組めるものを探し始めた。

 しかしそのどれもが幼少期から努力を積んだ人たちに勝ることが出来なく、その都度、自分が腐っていくのを感じた。


 そして段々と無気力になっていき徐々に大学に行くことをやめ、退学した。

 その後は日々の生活の糧にすべく、女性を言葉巧みに籠絡していった。

 小さい頃から他人の感情の機微に敏かった俺は、独り身の寂しがっている女性たちに欲しがっている言葉を与えた。

 それで女性たちを入れ代わり立ち代わりしながらも四年間上手くやっているのだから皮肉な才能だと思う。


 これで良いとは思っていない。だが


「気力が湧かないっと。ふわぁ~あ」


 もう昼過ぎにも関わらず吐き出す言葉には寝起きのように力がない。伸びをして欠伸をするとベッドから抜け出す。

 一日の内にしなければいけない事なんて、女性からの小遣いで会員登録をしているジムでトレーニングすることか、女性と会う前に身嗜みを整えるくらいだ。


 そう言えば最近可愛い新人が入っていたなぁ。歯磨きをしている際に思い出し、髪を整える。

 ジムに行く為の身支度を終え外に出ると、渡されている合鍵で鍵を閉めエレベーターホールへと足を運ぶ。


「流石に医者ともなると良い所に住んでんなぁ。お蔭さまで良い生活させていただいてますよ」


 高層マンションの二十階にある部屋からエレベーターで地上におり立つとそびえ立つマンションを見上げる。

 本来の住人である女性は物腰柔らかで清廉潔白な人柄であると雑誌等にも取り上げられる程に評判も良い。だが良い所の育ちの影響か、内の中には抑圧されていた暗い情欲などの感情が大きく、それに気づいた俺は狡猾に付け入った。





 ジムを出ると既に日は沈んでいた。思っていたよりも長く滞在してしまったようだ。それでも街は明るいネオンが灯り出し、行き交う人も増え、賑わい始めた。


 人混みが嫌いな俺は都会の街中には似合わない、人気のないこじんまりとした空き地に入り。誰が用意したかも分からない汚い三脚椅子の上を軽く手で払い、腰かける。最近ジムの後の日課になっている作業を行うためにポケットからスマートフォンを取り出す。先月最新式のものを買ってもらったばかりだ。


「おぉ!今日は寿司か。さっさと全員に返事をして帰るとするか」


 女医からの晩御飯の連絡から始まり、お世話になっている女性たちからの連絡に返事を返していく。

 女性の家ではなるべく携帯に触れないようにする。鉄則である。

 その為にこんな汚い空き地に足を運んだのだ。

 その他にも今日新しく登録した新人インストラクターの女の子にも返事を返し、立ち上がる。一応手で払ってから座ったものの汚れが気になり、尻を払う。そして帰宅の為に一歩踏み出した矢先、地面に暗く、先の見えない大きな穴があく。


「はい?嘘だろ?」


 踏みしめるはずであろう地面の感覚がなく、戸惑う。

 穴を回避したいという気持ちとは裏腹に踏み出した足は止まらず、体ごと穴に落ちていく。必死に手を伸ばし地面を掴もうとするもその手は空をきる。


 周りや底は見えないほどに広く深い。どこまで続いているのか見当もつかない。感じるのは落下していく浮遊感のみ。

 見上げると頭上の落ちて来た穴も閉じたのか次第に全てが闇に包まれてしまった。


「間違いなくこれ死んだな。あー寿司食べたかったー」


 ずっと落ち続けていること以外なにも分からない。

 最初ほどの恐怖感は最早なく、取り留めの無いような事柄ばかりが浮かんでくる。

 いつどこに衝突するのだろうか、この穴はなんなのだろうか。色々と気になることも多いが、意外にもすんなりとこれから訪れるであろう死を受け入れ冷静な自分がいた。



「こんな簡単に死んじゃうのか。一番になれなくてももっと頑張って生きれば良かったな」


 最後にふとこんな考えが頭を占める。

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