表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化け物たちに幸せな狂詩曲を  作者: 常ニ名無シ
第零番 ようこそ、私の物語へ
3/10

異世界に降り立つ

 一説に、そこは欲の宝庫である。資源溢れる豊饒(ほうじょう)の地。訪れる者を等しく酔わせる蜂蜜酒。

 一説に、そこは魔の住処である。暴力渦巻く混沌の地。訪れる者に等しく死を与える死刑場。

 一攫千金を夢見て向かい、再び戻る影は無し。己が力を試すと向かい、再び戻る影は無し。

 その地に名は未だ無い。唯々、畏怖の念を込めて”魔境”と呼ばれるのみ。

                                            ノラベルト地理歴史書 




*  *  *  *  *




現在、私は走っている。それはもう全身全霊で。


「ゴォアァァァァァッ!!!」


後方からこの世のものとは思えないような咆哮がする。


「あああああああ!!」


私も今まで出したことの無いような悲鳴を上げる。


いや、ホント無理です。あんなの相手できないです。


森の中をジグザグに疾走する私の後に続き、バキバキと木をへし折りながら迫ってくるモノ。


象並に巨大な身体。茶色の体毛で覆われた毛深い体表。太い手足に鋭い爪。目は赤く充血し開かれた口からは獰猛な牙が覗いている。


一言で表そう。超デカい熊だ。


「手厚い歓迎だね…!兎に角、どこかに隠れないと…!」


幸いなことに足は私の方が早い。その事実に少し疑問があるが、まずはこの状況を何とかしないと。


いつまでも追いかけっこしてる訳にはいかない。このまま逃げても体力が先に尽きるのは私の方だ。


足を動かしながら周りを見渡す。


鬱蒼とした木々に深い茂み…そしてチラリと見えた反射光。


「あれだ!」


一瞬であったがはっきりと見えた。恐らくは水に反射した光だろう。


身を隠しても臭いで気づかれる。完全に隠れるには私の臭いを消さないといけない。


すぐさま光の見えた場所へ進路を変える。


巨大熊も私を追うのを止める気は無い様で、同じ進路を辿って迫ろうとしてくる。


バサァッ!


進路を塞いでいた茂みを無視して進む。浅い引っ掻き傷がいくつか出来たが無視だ。


茂みから抜け出した私が目にしたもの。川だ。


川上で雨でも降ったのか、川の流れは強く水も茶色く濁っている。


川幅が広く飛び越えるなんて無理だ。


だが、これは都合が良い。このまま流れに乗って逃げてしまおう。少々流れが強いがやるしかない。


私は巨大熊が茂みから抜け出す前に、川へと飛び込む。


変な生き物が川に生息していないことを祈るばかりだ。




「ゴアァァァ………ガウ?」


茂みから飛び出した巨大熊は獲物を見失っていた。


地面へ鼻を擦り付けるようにして獲物の臭いを追う。


が、すぐに川へとたどり着き、そこで臭いが途絶えた事を確認する。


流れの先へ鋭い視線を送り、今にも走り出そうかと身構える巨大熊。


しかし、その足は元来た道へと歩みを進める。


この”先”は駄目だ。行ってはいけない。


巨大熊は本能と経験の両方で、この先に潜む危険を知っていた。


追ったところでどうしようもない。最悪自分が死んでしまう。


巨大熊は気を取り直すように一つ鼻を鳴らすと、新たな獲物を求め走り出した。




*  *  *  *  *




「…げっほ!がはっ!!」


私は何とか生きていた。


川へと飛び込んだのは結果的に幸いだった。あの後、何かに襲われること無く陸に上がることができた。


「け、けどもう二度と同じことはしない…」


流れの強い川は思っていたよりも強敵だった。一度沈んでしまうと中々水面に顔を出す事が出来ず、何度となく溺れかけた。


さらに障害物を避けることも簡単ではない。一度、川の中央に存在していた岩に身体を強く打ち付けてしまった。


「骨は折れてない、まだ動ける。…はぁ」


目前の危機が去った私はため息とともに身体を横たえた。


実際には未だ危険な事に変わりはない。なにせここは魔境だ。何があるのかさっぱり分からない。


目の前には相変わらず鬱蒼とした森が広がっている。


…やっぱり、生きるための生活基盤をどうにか作らないと。


「…OK問題ない。私はやれる」


なんとか自分を言い聞かせて立ち上がる。


身体はどこもかしこも痛みがあるが、構っていられる暇はまだない。


とりあえずはこの辺りを探索してみよう。


深呼吸を何度か繰り返し、私は森へと歩を進めた。




「…で、なんか見つかったわけだけど」


歩いて恐らくは数分だろう。変化はすぐに現れた。


目の前には、先を見通せないほど暗く長い洞窟が大きく口を開けていた。


天井が高い。先程の巨大熊二体分…大体6メートルぐらいあるだろか。ちなみあの巨大熊。立って3メートルではない。4足歩行で高さ3メートル程あった。


超巨大な岩、いや小さな山?の側面にその洞窟は存在していた。


明らかに自然に出来た物じゃない。入口の周辺には岩石の破片が散らばっている。


となる、何かの巣だろうか。だとしたらここにいるのは非常にまずい。いつ家主が帰ってくるか、もしくは出てくるか分からない。


だが、その可能性は低いだろうという予想が私にはあった。


巣の入口に足跡が無い。よく観察すれば薄っすらと残っているものが見つかったが、大分時間が経っているようだ。


巣の周辺も雑草だらけ。踏みしめられた跡は無い。


周囲の木々もそれなりに大きく育っている。倒木も行くか確認したが、どれもこれも半分ほど朽ちていた。


この巣の大きさと残っていた足跡からして、家主は4メートルほどの巨体を持っていたはずだ。周囲に倒されていない木々が残っているのは、おそらく前の木が倒れた後に新しく生えたからだろう。


その新しく生えた木が倒れていない。それはつまり出入りがほぼされていなかったことを意味する。


私はこの巣に入るつもりでいる。周りに危険な生き物は居ないし雨風が凌げるのは大きい。


残りの問題は明かりだ。松明なんて材料が無いし、そもそも火種が無い。


服を漁ってみるもそんなものは存在しない。


因みに、現在の私の服装は地球の頃と大分違ったものになっていた。


動き易いように体にぴったり合った、伸縮する素材で出来た迷彩柄の服、革製のブーツに指出し手袋。膝まで覆うことが出来る、これまた迷彩柄のフード付きマント。迷彩は神様の趣味なのか、それともこの環境に合わせてくれたのか。どちらにせよデザインはグッジョブです神様。


けど、正直防御力は殆ど無さそうな装備だ。おそらく神様が体に合わせて用意したものだろうけど、せめてナイフを一本、マッチ一箱だけでも付けてくれたっていいじゃないか。


まあ、無い物を強請っても仕方ない。巣に入る前にもう少し周辺を探索してみよう。


そう思って歩き出そうとした私は、視界の端で赤く煌く物を見つけた。


「?」


何だろうと思いつつもそれに近づいてみる。一応警戒はしておく。警戒したからどうにかできるってわけじゃないんだけどね。


それは一抱え程の崩れた岩石の一部のようだった。その中に、赤い宝石のような物が埋まっている。


「赤い宝石、ルビーかな?でもどうしてこんなところに」


ちょいちょいと突ついてみる。すると。


ボゥ…と、小さな音を出して赤く光りだした。


「!?」


突然のことに焦った私は飛びずさるが、暫くしてもそれ以上の変化は起きず、やがて光も治まった。


「…何?」


もう一度近づき触れてみる。すると先程と同じように光りだした。特に熱さは感じない。鉱石のひんやりとした冷たさがあるだけだった。


「光源ゲット~…でもどうして光るんだろう?」


石を持ち上げ他の石の上に落とす。何度か試して手ごろな大きさになったら鉱石の周りの石を削っていく。


作業が完了すると発掘したての原石みたいなものになった。大きさは直径5センチほど。地球だったらかなりの値が付きそうだ。


「…あ、もしかして魔力?」


神様が言っていた魔法。そして魔力。触ると光る石よりは魔力に反応して光る石のほうが理解しやすい。


ただ私自身魔力がどういったものか理解していない。ミカヅキ様は血がどうのと言っていたけど…。


この問題はひとまず置いておこう。日が暮れる前に安全を確保するのが先だ。


赤く輝く意思を前に掲げる。巣の中を照らすのには十分だと確認した私は巣へと足を踏み入れた。


外は夏場のように暑かったが、この洞穴の内部はとても涼しく感じる。夏があるかは知らないが、暑い日はとても過ごしやすそうだ。


巣というより本当に洞窟だな。入口と同じような高さ6メートル、幅10メートル程のアーチ状になって続いている。


光石(ひかりいし)と名付けた発光する鉱石を壁に近づけると、鋭い何かで抉られたような跡がいくつも見つかった。地面には手のひらより大きな何かの鱗や、見た事も無い形の骨が所々落ちている。


「何かの住処なのは確定か」


さらに奥へ、奥へと進む。緊張しているのか、やけに歩調が遅くなっているのに気づいた。やれやれ、先が思いやられる。


曲道も無くただ真っすぐに、体感的に5分ほど歩いただろうか。前方が薄っすらと明るい事に気づく。


何か居るのだろうか。いや、居るなら気づかれてるはずだ。今の私は足を忍ばせる事もせず普通に歩いている。静かな洞窟内でそんな音を聞き逃す生き物は居ない。気づいたならばすぐさま侵入者に襲い掛かって来ただろう。


緊張半分、わくわくとした心半分で歩を進める。そしてたどり着いた先で目にしたものは…。


山のように積み重なった金貨に銀貨。色とりどりの宝石の海。無造作に散らかった剣や盾など武具の数々。そして、それら上に横たわる巨大な亡骸だった。




現状を整理しよう。自分自身や今現在の状況についてまとめる必要があると思う。


まず私は意識が戻った時空中に居た。そう、この魔境の上空だ。そこからしばらく落ちていたんだけど、途中カラスの化け物みたいなやつに見つかって体当たりされた。かなり痛い思いをしたがおかげで落下速度は横に飛ばされることで軽減した。


結局は墜落したんだけど、思ったよりも衝撃は少なかった。地面を触ってみたら何故か毛が生えてた。あれ?と思った矢先に地面が動き出して私は振り落とされる羽目に。そして冒頭に繋がり、今に至る。


次は私の身体だ。どう考えても前世より丈夫に出来ている。体当たり+落下のダメージにも拘わらず問題なく走れていた時点でもうおかしい。


問題は丈夫さだけじゃない。前世と比べて五感が鋭くなっている気がする。遠くをはっきり見通すことも出来るし、森の中を速度を落とさず蛇行することもできる。鼻や耳もいやに精度が良い。これが神様が造った身体か。見た目は前の私と変わってないのにどういう原理だろう。


次に魔法と魔力。これはもうミカヅキ様の言葉を信じて修行あるのみ。自分のセンスと根性を信じろ!元々魔力は高いみたいだし頑張る。折角の異世界で魔法を一つも使えずに死ぬなんてことにはなりたくない。


で、この金銀財宝と亡骸(骨)だ。財宝はこの骨が生前に集めた物だろう。だってこの骨どう見ても竜の形してるんだもの。竜が財宝を住処に貯め込むのは全世界共通なのかしら。


金貨や銀貨は現状使い道無いからパス。宝石も換金できないし、光石のような特別な力が無いのも確認済みだからパス。


そして残った剣とか盾だけど、正直使いこなせる気がしない。だって剣の振り方なんて知らないし、構え方すら分からない。今はナイフがあれば十分かな。盾は悪くないけど、これで防御するくらいなら装備品全部捨てて逃げるよ私は。鎧も同じ理由でパスかな。こんな重そうな物着て森で生きられるか!自然舐めんな!…こほん。皮鎧も結構重量がある。一式揃えて着込めばそれなりに機動性が落ちそうだ。


けど他の付属品は使えそうだ。ナイフ差しにポーチ、ベルトに付ける小型鞄が複数。バックも沢山見つけた。中身は色々ありすぎて面倒だから後でまとめて調べる予定。


あとは散乱した鱗か。大きさは様々で、なんか私の顔より大きい鱗まである。そういえば骨と鱗は残ってるのに皮と肉がきれいに消えてる。そういう生き物だったりするのか?まあとりあえず掃除しなきゃ。ああ、ここまで箒が欲しいと思ったのは初めてだ。


おっと、大事な事を忘れていた。神様の加護とスキル。この二つはどうやって確認すればいいのだろう。この身体能力そのものが加護やスキルだったりするのかな?これは早めに確認したいな。


さて、現状確認終了。そしてこれからの行動方針だ。これは既に決まっている。


「まずはどうにか火を起こして服を乾かそう。ついでに食べ物と飲み水も調達しなきゃ」


頭脳労働より肉体労働。さあ、サバイバル開始です!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ