死は始まりのイベント
この章のみ一人称視点です。次章から三人称視点になります。
声が聞こえる。
これは悲鳴だろうか。誰かが怒鳴っているのも聞こえる。
あとは視線。私を囲むように無遠慮な視線をひしひしと感じる。
薄っすらとだが、誰かに体を抱き起されるような感覚。
重い瞼を持ち上げる。
…あーあ。そんなに泣いちゃって。制服だって真っ赤じゃない。
慰めたいけど、体がうまく動かない。感覚なんてほとんどない。
あと他の周りにいる傍観者たち。見世物じゃないんだからさっさと帰れよ。
それと今スマートフォンで写真撮った奴、顔覚えたからな。夜道は後ろに気を付けろよ。
まずい…目の前が暗くなってきた…。
私、死んじゃうんだろうなぁ…。
ああ、もう…どうしてこうなった…。
* * * * *
その日、私こと黒瀬亜希奈は、通学している間だけ借りているアパートへ帰宅する為に、いつものように電車のホームでぽつんと一人佇んでいた。
正確に言えば私の周りには仕事帰りのサラリーマンや楽しそうに談笑するお年寄り、私と同じ高校の制服を着て煩く騒いでいる生徒たちなど、かなり混雑してると言っても良い。
なら何故ぽつんと一人なんて表現するのかだって?
それは私の周りだけ微妙に人が居ないからだ。そう、はた目には避けられてると思われないような絶妙な間隔が、私を中心に半円状に形成されている。
ちなみにその半円を形成しているのは先程言った同じ高校の生徒たちである。
え?ぼっちなのかだって?
答えは「いいえ」である。
成績優秀で運動神経抜群で愛想の良い上に美少女の私に友達が居ないわけないじゃないですかー。
…うん、悪かった。流石に盛りすぎた。
正直に言うと成績は中の上くらい。運動はかなりできる方だとは思うが、飛び抜けて身体能力が高い訳でもない。
人付き合いに関してはそれなりに気を使ってる。少なくとも不和を生み出すような事はしていない…はず。
最後の容姿についてだが、うん。自分で言うのもなんだけど、かなり整っていると思う。
街中を歩いているとファッション雑誌のスカウトされたり、怪しい人に後を付けられそうになったりした経験があるからこれは確かだと思う。美しいって罪ね。
話が脱線してしまった。友達の有無についてだったね。
私には俗にいう幼馴染というやつが存在する。小学校の入学式で出会い、中学、高校とずっと同じ学校に通っている。
学校では暇さえあれば幼馴染が私の元までやって来て、授業内容から海外ニュースまで様々な事をほぼ一方的に話し、時間になったらサッと帰っていく。
自由で活発で基本自分勝手な奴だ。
友達と話してる最中に私が目に入ると、友達を置いてけぼりにして私の元に来る
休みの日があると、絶対と言っていいほど遊びに行く約束を取り付けられる。
毎日私に2人分の弁当を作らせておいて、偉そうに味や色合いの批評までしてくる。
イラッとした私が口調を強めにして怒ると、途端にしょんぼりして帰っていく。そして次の日には何事もなかったかのようにいつものテンションで話しかけてくる。
うん、あれだ。よく私アイツと友達やっていけてるな。
まあそんなわけで、友達は少ないが居ない訳ではないのだ。
ちなみに、いつもは帰りも一緒なのだが、例によってアイツが問題を起こし、私が説教をして、アイツがあからさまに肩を落として先に帰ってしまった、という訳である。
今の私が一人で、私を中心とした半包囲網が形成されているのも、元は何かと言われればアイツが原因なのだ。
さて、どうして私が他の生徒に避けられている、というか仲間はずれにされているのか。答えは割と簡単だ。
「見てよ。あいつまた新谷さんにちょっかい掛けたらしいわよ」
「聞いた聞いた。しかも逆切れして新谷さんの事困らせたって」
「ああ。道理で今日は寂しく一人な訳ね」
「新谷さんもこんな奴なんかほっといて私たちと一緒に居ればいいのに」
「新谷さんに迷惑かけるなんて最低よね~。ほんっと早くどっかに行ってくれないかしら」
少女たちよ。その意見は正しくない。私が迷惑をかけたんじゃなく、アイツが迷惑を持ち込んでくるのだ。
幼馴染こと新井隼人。成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、性格美人…いや、性格は違うだろう。
さらに父親が大手企業の厳格な社長であり、母親はどっかの会長を務めていて教育に厳しい。
いわゆるエリートの金持ち坊ちゃんなのである。
まあこれが私の幼馴染にして友人である彼に対する学校生徒の評価である。
普段のクラスでどれだけ猫かぶってるのだか…他の生徒諸君よ、もう少し疑うってことを知っておくれ。
他の生徒にとって私の幼馴染は尊敬と羨望の的なのであろう。
女子生徒は彼に近づくためにあらゆる手段を使って攻略を目指している。
なにせ相手は将来が約束されたような完璧人間(仮)なのだ。仲良くするだけでも得られるものは多い。
それに伴う女子同士の関係は、表面上は良好に見えるが、腹の中では互いに蹴落とせる隙を探るといったドロドロした攻防が続いている。
男子生徒はそんなモテモテの彼に嫉妬するかと思いきや、勉強の仕方を請うたりスポーツの話で盛り上がったりと関係は極めて良好と言える。
彼自身、根は良い奴で気兼ねなく話せる饒舌な好青年なので恨むに恨めず、恨んだところで他の女生徒に袋叩きにされてポイされるだけだと理解しているのだろう。
しかも、彼を目当てに寄ってきた女子と仲良くなり、そのまま仲が進展してしまった~なんて話も一つや二つではない。これ目当ての男子も多いんだろうなぁ。
そういうわけで、彼と友好関係を持つことはメリットはあってもデメリットは無い。
自然と彼を中心としたグループが出来上がり、その周りにこれからお近づきになろうとする小さなグループがいくつも集まる、といった現象が起きている。
ここまで言えば分かるだろう。そう。私は彼を攻略するうえで邪魔な存在なのだ。
どうして邪魔なのかは改めて言うまでもないだろう。
嫉妬と恨みに塗れた女ほど怖いものは無いと思う。女である私自身が言うのだから間違いない。
幸か不幸か男子生徒は無視を決め込んでいる。まあ妥当な判断だろうと私も思う。
それに全クラスメイトが敵ってわけでもない。孤立無援でなければ人間どうにかやっていける。
そんなことをぼーっと考えていたら、電車が間もなく到着するアナウンスが入った。
帰ったら洗濯物片付けなきゃ。あ、洗剤ってまだ残ってたっけ?
そう思いつつ切符を握り直したその時。
不意に、体が前に傾むいた。
正確には、後ろからの強い衝撃によって前に突き飛ばされた。
(…は?え、なっ!?)
一瞬の呆然の後に来るのは焦り。
どう踏ん張ろうとしても、目の前に踏ん張るべき床は無い。
咄嗟に何かに掴まろうとしても、手は虚空を彷徨うばかり。
目の前にあるのは数メートル下の汚れて薄汚い線路のみ。
そして顔を横に向ければ鉄の塊。
…ああ。せめて幸せになってから死にたかったなぁ。
* * * * *
「じゃから、こいつは儂が引き取ると言っておるじゃろうが!」
「いいえ!この子は私が面倒を見ます!誰があなたのような老いぼれに任せるものですか!」
「おいおいおい。俺抜きで話進めんじゃねぇよ。元々コイツは俺が最初に目を付けてたんだぜ?俺が貰うのが普通だろ」
「普通じゃないから話し合いになってるんですけどね。そこのお二人さんも、彼女が困惑してますよ」
「むぅ…儂は諦めんぞ」
「ふん!」
拝啓、おじいちゃんとおばあちゃんへ。
先立つ孫の不孝をお許しください。
そして私は今、暇を持て余した神々の遊びに巻き込まれています…。
ああ、もう…どうしてこうなった…。