伸ばし ~王宮での企み(国王夫妻)~
馬車は正門をくぐり、王宮の正面にある入り口の前で停車した。
ルークは先に馬車を降りると、フワリと笑みを浮かべてスティラに手を差し伸べた。
スティラがその手をとって馬車を降りると、握られていたはずのその手はいつの間にかサラッとルークの右腕にかけられ、入口から奥に伸びる廊下を歩き出した時には既に、完璧にエスコートされる形となっていた。
お、恐ろしく手慣れている…!
思わずルークの顔をまじまじと見上げていると「どうかしたの?」と聞かれたが、「手慣れてますね」などとは言えず、口ごもってしまった。
まあ、こんなに素敵な見た目だものね。
そりゃあ恋愛経験なんかもさぞかし豊富でございましょう…。
そんなことを思いながらルークを見ていると、何だか胸の辺りがモヤモヤ?ムカムカ?してきた。
何かだろ…息苦しい気がする。
エレナったらコルセット締めすぎたんじゃないの、これ。
大丈夫なのかとコルセットに気を取られたまま歩いていると、ふとルークが立ち止まった。
重厚な扉が大きく左右に開かれており、そのむこうには壮麗な大広間が広がっていた。
ぅわぁ…素敵…。
天井は見上げると首が痛くなるほど高く、果てしなく続いているのではないかと錯覚しそうなその広さは、入り口からでは奥の壁が見えないことからも分かる。
深みのある緑色を基調とした天井には美しい天使たちが戯れている様子が描かれており、その天井の中央からは白く煌めく大きなシャンデリアが地上にむかって突き出している。
広間を囲む柱や壁は一見すると白だが、よく見ると細かな彫刻や鮮やかな色彩の装飾が施されている。
大理石の床の上には、大勢の紳士淑女が自らの美しさを競い合う花々のよう立って談笑している。
「晩餐会と言っても立食形式の気軽なものだから。あまり気張らなくていいからね?」
ルークがそう言い、スティラを伴ってその中に入ると、広間の人々の視線が二人にザッと降り注ぐ。
微かな風のようなどよめきが全体に広がったように思えたが、一呼吸置くと何事もなかったかのように元の空気に戻り、人々はそれまでの談笑を再開した。
え…何、今の…?
不思議に思って隣にいるルークを見てみたが、特に変わった様子はなく、スティラを連れて広間の奥に向かい始めた。
気のせい??だったのかしら?
ルークに従って奥に進みつつ、周りの豪華絢爛な様を、ついキョロキョロして見てしまう。
それにしても、今まで行ったことのあるどの夜会よりも豪華だわね…当たり前だけど。
だって王宮だものね…。
『王宮』
それを考えると急に緊張してきて、ルークの腕につかまる手にギュッと力が入ってしまった。
するとそれに気づいたルークが立ち止まってスティラに振り向いた。
あ、やば!
何て言い訳しようか考えていると、ルークが自分の空いているもう一方の手で、腕につかまるスティラの手をそっと包み込んだ。
「大丈夫だよ。」
その表情は、今まで見たことのない真剣なものだった。
スティラの心臓がトクンと脈を打つ。
「は…はい。」
スティラが頷く様子をみて満足したのか、ルークはまた奥に進みだした。
そんな顔されると、心臓に悪いんですけど…。
スティラは自分の頬がほんのり赤くなっていることに気付かれないよう、俯きがちになってついて行った。
ほどなくすると、ルークがほっとした様子で口を開いた。
「ああ、いらっしゃった。この広間って昔から思うけど、ホント無駄に広いよね。」
なんつー言い草だと呆れるべきか、王宮に慣れきった様子にさすがだと感心すべきか迷いつつ、彼の目線の先を追ったスティラはガツンと頭を殴られたような衝撃を受け、弱っていた心臓は今度こそ一瞬止まった。
こここ国王様?!と、おおおお王妃様?!
スティラの顔に「ちょっと待ってくれ!早すぎやしないか?大混乱してまっせ、私。」と書いてあるのが見えていないのか、ルークはスタスタと国王夫妻の所までスティラを連れて行った。
「叔父上、叔母上、本日はお招きいただきありがとうございます。」
「おお、ルークじゃないか!ちゃんと来られたんだな!良かった!おや、そちらが噂の女神様かい?」
「はい、叔父上。彼女こそ地上に舞い降りた僕の女神、婚約者のグラム男爵令嬢スティラです。」
何だその紹介はっ?!とルークを危うくはり倒すところだったが、まさか国王夫妻の前で取り乱すわけにもいかない。
スティラは瞬時になけなしの理性と知性とその他今まで培ったあらゆる力を総動員してその紹介に応えた。
「ご冗談はおやめくださいませ、ルーク様。お二人の御前ではお恥ずかしいですわ。陛下、殿下、本日はお招きいただき誠に光栄でございます。ユルスダン・グラムの娘、ユルスダン・スティラと申します。以後、お見知りおきを。」
サボりがちだったマナー講習を全力で思い出しながら、ドレスを両手で少し持ち上げ、出来るだけ優雅にみえるようゆったりとその場で膝を曲げて一礼をした。
確かこんなんだったはず…。
それを見ると国王夫妻は揃ってため息のような声を漏らした。
「これはまた…得難い女性を婚約者にしたものだな、ルーク。」
「本当にそうですわね。美しく聡明な方だとお見受けしますわ。」
何が良かったのか、夫妻揃ってニコニコしながらスティラを褒めてくれた。
そんな賛辞が貰えるとは夢にも思っていなかったので、スティラは背中に冷や汗を流しながら「勿体無いお言葉でございます、両陛下。」と口に出すのがやっとだった。
「お二人にも気に入っていただけたようですね。では、暫くスティラと二人だけの時間を楽しむことをお許しください。」
「もちろん構わんとも。他の殿方に盗られないようせいぜい気をつけるんだな。」
「スティラさん、後ほどゆっくりとお話ししましょうね。」
国王はパチンとルークにウィンクをし、王妃は笑みを向けて朗らかに手を振って二人を見送った。
そのままルークに連れられて広間の端まで歩き、国王夫妻の姿が見えないことを確認すると、スティラの身体から一気に緊張が解け、足の力が抜けた。
とっさにルークがふらつくスティラの腰を抱えるよう支えて立ってくれたので助かったが、二人の距離かなり近い。
「大丈夫かい?」
お陰で耳元で囁かれる状態になってしまい、スティラの顔が一気に赤くなる。
「だ、大丈夫じゃないわよ!もう、緊張で死ぬかと思ったんだから!せめて先に言っておいてくれればよかったのに!」
周囲を気にして小声ではあるが、恥ずかしさも合わさってキツめの口調になってしまった。
その様子をみてルークが苦笑する。
「でも、事前に言ったらついて来ないかもしれないと思って。」
「うっ…。」
うん、確かに一理あるけども…。それにしたって…。
「それよりも、何か飲み物をもらってこようか。お腹が減っているなら、食べ物もとってくるけど?」
「いえ、飲み物だけいただきたいわ。」
「なぜなら、今食べると、きっと吐いちゃうから。」という言葉は何とか言わずにおいたが、緊張し通しと着け慣れないコルセットのせいでムカムカしていて食欲はなかった。
できれば少し休憩したいという気持ちが顔に出ていたのか、ルークがサッとその場を離れながら言った。
「ここで待ってて。すぐに飲み物もらってくるから。」
「ありがとー。」
ルークにひらひらと手を振って見送り、ひんやりと冷たい壁に背中をあずけて深く息を吐き出した。
あー、ほんと緊張したー。
あの人にとっては叔父さんと叔母さんだなんて、やっぱりルークってスゴイ人なのねー。
ぼんやりそんなことを考えながらルークを待っていると、ふと視線を感じて横を向いた。
するとそこには、褐色の肌をした銀髪の男性が少し目を見開いて立っていた。