ミックスコール ~混ざり合う想い~(マリーとジラルダンの場合)
その便りは突然だった。
サークラヌス公爵家から王宮主催の晩餐会への招待状が届いたのは、昨日スティラがグラム邸に帰ってほどなくしてだった。
そこには、晩餐会当日の夕刻にサークラヌス家よりエトワルト家に迎えの者を寄こすという旨が記してあり、その文面からマリーに拒否権がないらしいことは分かった。
エトワルト家は貴族ではないが、パン屋以外にも小麦関連の商売で成功を収めて中々に裕福であるため、これまでにも晩餐会や舞踏会に出席したことがままあった。
ドレスや装飾品の準備には困らなかったので、王宮が身分のことを良しとするなら、マリー自身は晩餐会に出席することに問題はなかった。
そういうわけで支度を済ませたマリーは今、その「迎えの者」を、お茶を飲みながらのんびりと待っていた。
昨日、スティラの婚約者だというサークラヌス公爵子息とその友人は、突然店に現れた。
それから嵐を巻き起こして(まあ、嵐の原因はどちらかとスティラだが)、そして来たときと同じくらい突然帰って行った。
マリーはあの時見たルークの姿を思い出してつぶやく。
「変わった方のようだったけど、あの方なら大丈夫そうね。」
あれは「甘~い」だけの人間ではない。
味方だと思う者に「は」甘~い見た目の通りかもしれないが、一瞬垣間見えたあれは、敵に回すと厄介な人間のもつ空気と瞳だった。
その一瞬垣間見えた反応、結婚を断るスティラへの彼の反応、を思い出してクスクスと笑った。
多分あっちが「地」よね~。
でも、それくらい癖がなくっちゃ。
マリーは、その幼く見える容姿と、クレアに似ておっとりとした話し方のせいで「ぼんやりした娘」だと思われることが多い。
しかし実際には、商売人の娘らしく意外と現実主義で、損得勘定が得意だ。人を見る目にも長けている方だと思う。
スティラと店で話をした時に「王子様」という響きに夢見心地になったのは嘘ではないが、たとえ王子様であろうと、見た目だけで中身のないボンボンならば、大切な親友のスティラを渡すつもりなどなかった。
姑息な手段でも何でも使って、スティラを守ってあげるつもりだった。
その気持ちは、マリーだけでなく、おそらくダンもクレアも同じだ。
それからスティラとの思い出や、感謝祭のことなどをぼんやりと考えていると、屋敷のベルが鳴った。
迎えがきたことを侍女が知らせに来たので、マリーは玄関に向かった。
そして、玄関に立っている男性を見て驚いた。
「あら、まぁまぁ!迎えの者ってジラルダン様でしたのねぇ。」
彼は、邸の玄関で背筋をピンと伸ばして立つ姿はとても凛々しく、頭の先からつま先まで真っ黒な装いなのに陰気な雰囲気はなかった。
前がやや短い形の黒いフロック・コートを羽織り、男性らしい首元からは糊のきいた白いシャツが見える。
シンプルで細身の黒のスボンは、長身の彼の脚の長さを際出せていた。
「改めまして、ご挨拶いたします。シェヴァル・ジラルダンでございます。」
昨日足を盛大に踏まれた時に見せた顔が嘘のようなしかめつらしい顔をしており、マリーを真っ直ぐに見つめる漆黒の瞳は何を考えているのか読めなかった。
----------------------------------------------------------------
正直、夜会や晩餐会などに出席するのは気が進まなかった。
昔から人と面白おかしく話ができない質で、堅物の朴念仁だとよく言われる。
そんな自分が社交の場にいても場を白けさせるだけだし、お世辞・おべっか・嫌味・皮肉などが飛び交うああいう場はかなり苦手だ。
しかし、ルーク様のおっしゃっていたことも一理ある。
マリー嬢がいれば、確かにこちらの利が大きいかもしれない。
エトワルト家に到着し呼び鈴を鳴らすと、侍女と思われる女性が現れてしばらく待つように言われた。
しばらくしてマリー嬢が現れ、楽しげに声をかけてきた。
「あら、まぁまぁ!迎えの者ってジラルダン様でしたのねぇ。」
ピンクとオレンジを足したような色のふんわりとしたドレスは、ところどころにドレープが作られ、それらが掌大の黄色いリボンで止めてある。
胸からお腹にかけては白い生地にレースが施してあり、肘から先が広がった形の袖口にも同じレースが重ねられている。
肩まである赤茶色の髪は緩く巻かれて上半分だけが結われ、ドレスに止めてあるのと同じものだと思われる黄色いリボンが結び口に飾られている。
彼女が顔をほころばせて自分の名前を呼んだその顔は両頬に笑窪ができて、眩しいほどの愛嬌が溢れていた。
「改めまして、ご挨拶いたします。シェヴァル・ジラルダンでございます。本日は急なお誘いとなってしまい申し訳ございません。僭越ながらお供させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
「マリー・エトワルトでございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします。さぁ、参りましょう!」
彼女の手を引いて玄関を出て、停めておいた馬車に彼女をのせ、自分はその向かい側に腰を下ろした。
馬車が走り出してしばらく二人は無言だったが、彼女は気にする様子もなく、微笑を浮かべて通り過ぎる外の景色を見ていた。
何か、話をした方がいいだろうか…。
半ば強制的に召還された挙句、一緒に行くのはお世辞の一つも言えないつまらない堅物だ。
彼女が今日のことを不快に思っている様子は今のところ見えないが、もしかしたら無理をして隠しているだけなのかもしれない。
それに、ニコニコしている彼女を見ていると、呼び出した理由があまりにも自分たち本位なことに気づいて後ろめたい気持ちになる。
なので、何か話くらい自分から始めた方がいいだろうかと思ったのだが、女性が楽しめるような話題が思いつかず、「やっぱりやめておこう。いや、やっぱり…。」などと悶々と考えながら彼女の顔を見つめていた。
その視線に気づいたのか、ふと彼女が振り向いた。
「ふふっ。そんなに心配しなくても、大丈夫ですわ。王宮には初めて参りますから、どんなところなのかむしろ楽しみにしておりましたのよ。このような機会には中々恵まれませんもの。」
「…心配しているように…見えましたか?」
「あら、まぁ、違いました?なんだかそのような雰囲気だったように思ったのですけれど。ふふっ、自意識過剰だったのであればお詫びいたしますわ。」
そう言って柔らかく微笑む彼女はまるでタンポポのようで、そんな彼女への後ろめたさはより一層募った。
「…いえ。……詫びるのは私の方です。こちらの都合にあなたを巻き込んでしまったこと、お詫びいたします。本日あなたをお招きしたのは、スティラ嬢に安心して会にご出席いただくためです。しかし、ご出席いただくからには、少しでも不快な思いをなされないよう最善を尽くすことをお約束いたします。何かあれば、ご遠慮なくお申し付けください。」
言いたかったことを正直に全部言うと、彼女は一瞬驚いたようにジラルダンの顔をみたが、プッと吹き出すと、口に手をあててクスクスと笑い出してしまった。
ジラルダンがいつ声をかけようか悩んでいると、彼女はついに口から手を離したが、ほんのりと蒸気した顔には先ほどと同じ花のような笑顔が浮んでいる。
「なんて正直な方なのかしら。おっしゃったこと、分かっておりましたわ。これまでもスティラを目当てに、私を「ダシ」に使う方ばかりでしたもの。」
「…ダシ…」
「ええ、目的が見え見えなものばかりで、笑ってしまいますの。そういう時は敢えてスティラを行かせないようにしておりましたのに、お気付きになる方はいらっしゃいませんでしたわね、そういえば。ふふっ。」
「…見え見え…」
顔は先ほどと変わらず愛くるしく、口調もおっとりとして穏やかなのだが、内容にが些か剣呑な気がするのは気のせいではないだろう。
「でも、こんなに正直に接してくださった方は初めてですわ。それに、私に不快な思いをさせないよう最善を尽くすと言ってくださった方も。」
そう言った彼女の顔は先ほどからの微笑みをたたえているが、その赤茶色の瞳には吸い込まれるような強い力が宿っていた。
なるほど…愛らしいだけではなく、賢明な女性ということか。
「ご一緒するのがジラルダン様で良かったですわぁ。益々楽しみになってきましたもの。」
「…楽しんでいただけるよう善処いたします。」
それから彼女は王宮のことやジラルダンの仕事、ルークの人柄などを質問してきた。
それに答えられる範囲で答えると、今度は彼女の仕事や店のこと、感謝祭のことなどをジラルダンに話し始めた。
ジラルダンは相槌を打つこともなく黙々と聞くだけなので、マリーを退屈にさせてしまうだろうと思ったが、彼女は終始楽しげに話をしていた。
王宮に着いた時には、自分と一緒にいながらこんなにも楽しげにしている女性を初めて見たことに気付いた。
自分が一緒にいてこんなにも心が落ち着いていた女性もまた、初めて見たことに気付いたのは、もう少し後になってのことだった。