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混ぜ ~婚約者に大混乱~

見上げた先にいた砂糖菓子( ・ ・ ・ ・)はスティラをみて微笑んでいた。

輪郭を柔らかく覆うフワフワとしたゆるい巻き毛はマロンクリーム、白くきめ細かな肌はメレンゲ、ふっくらとしたピンク色の唇はストロベリームース、優し気に細められた目はキャラミリぜしたナッツ…そして、彼を包む雰囲気がまるでお菓子のように甘く、そのせいで彼からバニラのような香りが漂っている気さえしてしまう。


「初めまして、スティラ嬢。あなたに結婚を申し込んだサークラヌス家長子、ルークと申します。お目にかかれて光栄です。」


ルークと名乗った彼は、まだ頭がお菓子の世界に旅立ったまま帰還していないスティラの左手をとると(右手にはパン用ナイフを持ったままのため)その手の甲にそっと口付けた。

その仕草は何とも自然で、いやらしさは微塵も感じさせないものだったが、「口付けられた」という事実はスティラの頭をパン屋へと強制帰還させる威力を持っていた。


「んなっ…!」


電光石火の速さで左手を引くと、ルークが少し驚いたように目を開く。

その顔を見た瞬間、貴族間なら当たり前の挨拶にも過剰反応してしまう自分をオーブンに入れて焼いてやりたい衝動にかられる。


「はっ!あの、その、あまりに驚いてしまって…慣れていないもので…申し訳ございません…」


消え入るような声(というより、もう消えてしまいたいと思って出た声)でそう言うと、ルークは一瞬まぶしいものでも見るように目を細めた後、にっこりと笑った。


「こちらこそ、突然押しかけて驚かせてしまいましたね。申し訳ない」


「いえ…」


羞恥からか、ルークの笑顔への照れか、全身が燃えるように熱い。

だが、押しかけるという言葉を聞いて、ようやく今の状況が飲み込めてきた。


サークラヌス公爵子息って言ったわよね?

てことは、これは、チャンスってこと?


「あの…勘違いしてしまって、本当に申し訳ございません。それについては、後ほどジラルダン様にも改めて謝罪させてくださいませ。そらから…あの…父からまだ伝わっていないかもしれませんが、私、まだ結婚をするつもりはございません。」


「…えっ?」


ルークは笑顔のまま、「ちょっと言葉が聞き取れなかったんだが」とでもいうように首をかしげる。


「も、もちろん!またとない素晴らしいご縁だとは思いました!ただ、その…素晴らしすぎるお話で、私には勿体ないです。なので、今回のお話はお断りさせていただきたく思っております。あの、申し訳ございません…!」


スティラはできるだけ丁寧に、一言一言がしっかりとルークに届くように言った。

その甲斐あってか、ルークは今度こそスティラの言わんとしていることが分かったらしく、笑みを消して目を見開いている。

公爵家との縁談を断る女性がいるとは思いもよらなかっただろうから(実際スティラ以外にはいないだろう)、驚くのは無理もない。

どうやらマリーとジラルダンも驚いているようだが、ルークから目を逸らしてはいけないと思い、彼らの表情までは見えない。


何で私なんかに結婚を申し込んだのかは知らないけど、申し込みに対してのケジメは私がちゃんとつけなきゃ。


「…そうか…なるほど。」


顔を俯けて小さく呟くルークを見て、彼の心を傷つけてしまったかと胸が痛んだ。

…いや、もしかしたら、公爵家に恥をかかせる気かと憤っているのかもしれない。

どっちかというとその確率の方が高いことに思い至って、スティラは早口で言い募る。


「ほ、本当に、本当に申し訳ございません!私なんかにはですね、身に余りすぎるほどの光栄でして!公爵家であれば、私のような者ではなく、もっと見合った、素敵な女性が沢山いらっしゃると思うんです。はい。」


スティラの必死さが伝わったのか、ルークが顔を上げてスティラを見る。

そのとき、ヘーゼルナッツのような瞳に吸い込まれるかと思ったその瞬間、スティラの口が予定外の一言を付け加える。


「…ただ、お気持ちは嬉しかったです。」


自分のような半端者に結婚を申し込む人がいるなんて。


「それは、本当です。」


「…うん、ありがとう。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。」


そう言ってふわっと微笑む彼を見て、スティラの胸がぎゅっと締め付けられる。

しかし、感慨に耽る間もなく、彼の次の言葉で甘やかな気持ちは一気に星の彼方へと吹き飛ぶことになった。


「じゃあ、君が僕と結婚する気になるまで待つよ。結婚は、まあ、ゆっくり考えればいいしね。」


「……………んん?」


「ということで君のことは…現段階では恋人ってことで「家族」に紹介するね。」


「……………んん?んん?!」


「あはは、そんなに見開くと、美しいエメラルドの瞳が落っこちてしまうんじゃないかい?」


「…あれ?あの、伝わってない…です??」


「何がだい?」


そう言いながら微笑む顔も声もルークのものに違いないのだが、その目には有無を言わせない圧力のようなものがある気がする…のは気のせいだろうか。

…うん、気のせいだろうと思うことにして、スティラは訂正する。


「……いや、そういうことを言ったんではなくてですね。あの、私は………っ?!」


よもや説明の仕方が足りなかったのかと思い、もう一度思いの丈を熱く語り出そうとした時、スティラの腰がグイッと手前に引かれた。

突然のことに驚いて傾いだ身体を、何かがベルトのように巻き付いて支えてくれた。


「うん、どういうことを言いたかったの?」


「え」


持っていたパン用ナイフを落としたことに気付くのに0.2秒。

ベルトだと思ったものはルークの両腕であったことに気付くのに0.5秒。

ルークの両腕がスティラの腰にぐるりと回され、がっちりホールドされていることに気付くのに0.5秒。

ルークとの間には隙間がなく、思いの外しっかりとしたルークの胸板が目の前にあるのに気づくのに0.5秒。

少し見上げると、互いの息がかかるほど近くにルークの顔があることに気付くのに0.5秒。

計2.2秒。


「%&○□☆?!」


頭は状況把握した後思考を停止した。

そのせいで、空気を吸って吐くという一連の動作を忘れてしまったようで、うまく息ができない。

酸素が行き渡らない全身は硬直してしまって動かないので、何とか表情だけで伝えようとルークを見ると、一体何をどう勘違いしたのかルークが微笑む。


「ああ、そんな顔も可愛いね」


意味分からん!!!!


とにかく一旦離れようと、ルークとの間に挟まるように収まっていた両手でルークを押す。

すると、額に柔らかな感触が押し付けられる。

それが額へのキスだと早く認識しろとでも言うように、チュッという音がはっきりと聞こえた。


「…%&○□☆%&○□☆%&○□☆?!」


驚きと恥ずかしさで心臓が大爆発を起こし、全身が一瞬で燃えるように熱くなる。

何か言おうと口を動かすも、まるで空気を求める魚のようにパクパクするだけで、言葉が全然出てこない。


ルークはそんなスティラの様子を満足そうに眺めると、身体を少し傾けてスティラの耳元にそっと囁いた。


「では、来週王宮で開かれる晩餐会であなたをご紹介しますね、私の愛しい人。お迎えに上がりますので、そのつもりで。」


「……は??ば、ばんさんかい??おむかえ??」


ルークが言ってる言葉の意味が何一つ分からず戸惑っていると、ルークはフッという息を吐いてスティラを解放した。


「では、また。」


後ろにいたマリーに柔らかく一礼し、ジラルダンを伴ってあっという間に戸口を出て行ってしまった。

嵐が過ぎ去った後のように、しばらく辺りは静まり返った。


「…確かに、甘~いお方だったわね…。はっ!スティラ!あなた、大丈夫?」


その一言でパッと我にかえったスティラは、身体にかかった呪いを解くように力の限り叫んだ。


「……っにすんだっっ、あの男ぉぉーーーーーーーー!!!」


金縛りからは解放されたはずのその身体は、しばらく痺れたように熱かった。

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