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配合 ~婚約者との出会い~

自室からいつもの鞄を携えて玄関まで行くと、エレナが慌てて後ろからついてきた。

彼女が怯むくらいの一瞥をくれてやったのだが、彼女は「おや、何か?」という顔をしただけで後ろをついてくる

鋼鉄の心はどっちだ!

と言いたいのをぐっと我慢して、歩いて5分ほどの所にある表通りまで出てから辻馬車を止めた。

御者に「ルゥ・デューブルまでお願い」と短く伝えて乗り込むと、ほどなくして馬車がゆっくりと進み出した。

開け放った車窓から吹き込む、この時期特有の小麦の香りを含んだ風を顔に受けているうちに、波立っていた感情が徐々に落ち着きを取り戻す。

「結婚ねぇ…何だか想像つかないわよね…」

フッと自嘲気味に笑って、同意を求めようと隣のエレナに顔を向ける。

寝てやがる。

「ちょっと、主を差し置いて寝るって何なの!でっかい独り言になっちゃたじゃない!」

「はっ!つい、心地よい風の誘惑に負けてしまいました」

「…悩みなさそうでいいわね」

「いえ、これでも、お嬢様の乙女心をどうやったら叩き起こせるのかを常に思案してます」

「その前に自分の忠誠心を叩き起こしなさい」

「それはいつでも直立不動の状態でありまっす!」

「…物置にしまいこんだままで直立不動なんじゃないの、それ。…まあ、そんなことより縁談の話よ!男爵家って言ったって、爵位を得たのなんてついこの間じゃない。自由に恋愛して、好きなタイミングで結婚したっていいと思わない?これも、貴族の義務ってやつなのかしら…面倒くさい…」

エレナの人懐っこい小型犬のような顔が、思いっきり困ったような、悲しんでいるような顔になった。

クゥンという鳴き声が今にも聞こえてきそうだ。

「お嬢様…旦那様も私たちも、お家のことよりもお嬢様の幸せを一番に考えてますよぉ…公爵家とのご縁自体は、良いお話ではないんですか?一度お会いしてから考えても…」

「…別に悪い話だなんて思ってないわよ。ただ、男爵家だから結婚しなきゃいけないのかしらって…それに、やっぱり『力』のことは気になるし。今の私に結婚なんて…」

「そんなぁ…お嬢様ぁ…」

とうとう泣きそうな顔になってしまったエレナにぎょっとする。

「ああ、もう!なにも、あなたがそんな顔することないでしょ!」

「でもぉ…みんな、お嬢様には幸せになってほしいと思ってるんですよぉ…」

「分かってる分かってる、ありがとう…って、女であることを全否定されて、泣きたいのはこっちだっての」

「…テへ」

「テへじゃなくて、ここは謝って全力でフォローするところでしょうが!」

「とにもかくにも!お嬢様に幸せになってほしいのは、グラム家一同の願いであります!それは本当であります!」

「…はいはい」

鼻息荒いエレナに呆れつつ顔を逸らし、目の前を流れる長閑な景色を眺めながら呟く。

「全てはあれが始まりだったのよねぇ…」

父ユルスダンが爵位を得たのは、今からわずか2年ほど前だ。

遡ること23年前。

探検家だったユルスダンは、スティラの母セイリーンとの結婚を機に貿易商を始めた。

起業から10年後、当時は扱いが珍しかった某大陸の香辛料を商品にしたところ、それが食品の保存や滋養強壮の薬として良いと評判になり、瞬く間に需要が高まった。

それからユルスダンはその稼ぎを元手にして、友人らと共にふらりと出かけた旅先で、今度は寒さに強い品種の小麦を見つけて帰ってきた。

国の研究者の助力を得ながら改良を重ねた結果、テレクランは一年を通して安定した小麦の生産が可能となり、今日では小麦王国の異名を持つほどにまでになった。

いや、スティラにとっては「なってしまった」だ。

なぜなら、その功績を称えて、かなり異例なことではあったが、国はユルスダンに爵位を与えたのだ。

こうして男爵ユルスダン及び男爵令嬢スティラが誕生したわけだが、スティラにとっては正直に言って迷惑極まりない話だった。

今でこそ何不自由ない暮らしを送っているグラム家だが、かつては自由奔放な父親に振り回され、明日食べる物の心配をするほど状態だったこともある。

それが突然「さあ、今日から貴族の仲間入りですよ」と言われて違和感なく馴染めるわけがないだろうが、と国には苦情文を提出したい。

ついでに、乗馬や木登りをして育った人間にとって、貴族の集う夜会やお茶会は修行…いや、苦行であることや、女性がみんな装飾品やドレスに興味を持つものだと思っているなら大間違いであることも書き添えてやろうか。

つまり、女性らしい教養も趣向も身に付けていない娘が、多くの貴族令嬢の中で浮いた存在になるのは必然だったということだ。

では、それまでの友人・知人とであれば友好な関係性が築けているのかと言えば、答えは「いいえ」。

付き合いのあった多くの人々が爵位を意識するようになってしまい、ちょっと挨拶するのにもギクシャクする始末だ。

一方では「男爵家だから」と敬遠され、一方では「運で貴族になった成金のくせに」と揶揄される。

身分を前にするといつも、スティラは透明人間になったような気持ちになる。

誰も本当の自分など見ていないのではないか、と。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「え…ああ」

いつのまにか胸元に下がる石を握っていた指先が、強く握りすぎたせいで白くなっていた。

「なんか、モヤモヤ考えちゃって…あぁ、身分って本当に面倒よね!」

「でも、旦那様が爵位を得なければ、縁談が舞い込むなんて奇跡は起こらなかったわけですよ?」

「まあそうなんだけど……いや、奇跡って何なの」

「常識では起こるとは考えられない、神がかった出来事のことです」

「……負けた。完全に私の負けだわ」

頭の上に「?」をいくつも出したエレナを見ていると、自分の悩みがちっぽけに思えてくる。

というか、悩むこと自体が無駄な気がしてくる。

「…とにかく!私は自分の決めた人と、自分のタイミングで結婚したい!この話は以上!分かったわね?!」

「へっ?!は、はい!」

いきなりの宣言にエレナが驚いて敬礼したところで、ちょうど馬車が停止した。

ステップを降りると、麦の穂を型取った大きな木製の看板を掲げた店が目に入る。

『ルゥ・デューブル 〜美味しい焼きたてパンあります〜』

分厚いウォールナット製の扉を押し開けると、小麦とバターが焼ける甘くて香ばしい香りが鼻腔を刺激する。

「マリー、久しぶり!」

「あらあら、まあまあ!いらっしゃい、スティラ!」

マリーと呼ばれたポニーテールの少女は、店に入って右奥にある棚に、パイ生地が何層も重なって、見るからにサクッとしてそうなペイストリーを並べていた。

手に持つペイストリーと同じ色のその瞳は喜びに大きく見開かれて、添えられたジャムのように輝いている。

小柄な身長と、両頬の笑窪がチャームポイントの愛くるしい見た目のせいで幼く見えるが、実はスティラと同い年だ。

「まあまあ、今日は一体何があったの?」

後ろにいるエレナにさり気なく視線を送りながら、マリーが訳知り顔で微笑みを浮かべる。

「まあ…誰かさんのせいで、朝から猛烈にモヤモヤしてるだけよ。他のみんなは奥?」

「ええ、今日はパパもいるのよ。どうぞ、入ってちょうだい」

マリーはスティラとエレナをカウンター奥にある、従業員しか立ち入ることのできないキッチンへと促した。

スティラ一人なら余裕で寝られそうな大きな大理石の作業台が奥と手前に2つずつ置かれた広いキッチンは、パン生地を冷ませる棚、生地を捏ねる大型のミキサー、業務用のオーブンと冷蔵庫、それから細々とした調理道具が所狭しとラックに並べられているため、実際の広さよりも狭く感じる。

店先とは違った、料理を行う場所特有の熱気と雰囲気、そして充満する心地よい香りに全身が包まれて、つい頬が緩む。

「みんな、おはよう!」

「あら、スティラちゃん!いらっしゃい!今日も相変わらず可愛いわね~」

業務用の厳ついデッキオーブンから、使い込まれた真っ黒な大判のトレーを取り出しながら笑みを向ける女性は、この店の副店長であるクレアだ。

その朗らかな笑顔と白いキャンバス時のエプロンに包まれたふくよかな体型に、彼女の優しさと包容力が如実に表れている。

「あ、ほんとだ。顔だけは可愛いスティラ…って、それよりエレナじゃん!やっほー!」

「ほんと、スティラって黙ってれば可愛いのに勿体無いよね」

一番右奥の作業台からは、見習いとして働いているテディとブワンが交互に顔を向けてきた。

とは言っても、そばかすの散った顔に赤毛の短髪がトレードマークのテディの目はもうエレナしか見てないし(ちなみにエレナはタジタジと言った様子でスティラの背後に隠れているが)、アイリッシュグレーの髪に黒縁メガネのブワンはボソボソと呟いた後は大きなボウルと泡立て器にすぐさま意識を戻してしまったけども。

「うっさいわね!5年も見習いやってるあんた達に文句言われる筋合いないわよ!

「「余計なお世話だ!」」

テディとブワンが同時にそう言うと、一番手前の作業台でタマゴ色の生地を拳大に丸めていた男性が口を開いた。

「さてさて、今日は一体何をやらかしたんだい?スティラちゃん?」

「ダンおじさんまで、なんで私が何かしたって前提なの?!」

「あはは、ごめんごめん」

マリーと同じ色の髪と髭には所々白いものが混じっているが、肩周りなどは職人らしくがっしりとして年齢の割に若く見える彼は、マリーの父ダンだ。

「そりゃあ、お前がここに来るときは大抵そうだからだろ」

「うん、店長は僕らの気持ちを代弁したにすぎないよ」

「はいはい。スティラちゃんが可愛いからって子どもみたいにからかうのはやめて、あんた達は自分の作業に集中しなさい」

クレアに注意されて渋々作業に戻るテディとブワンを笑って見やった時、その奥に、スティラの顔よりも一回り大きなサイズのカンパーニュがいくつも棚に並んでいるのが目に入った。

「あ、もしかしてそれって感謝祭用のパン・シュープリーズ?ねえ、私も手伝っていい?」

パン・シュープリーズとは、カンパーニュの中身をくり抜いて器にし、中にはくり抜いたパンで作ったサンドイッチを入れた、いわばパンの宝石箱だ。

感謝祭の季節には、このパン・シュープリーズが親戚や友人同士の集まりで振舞われることが多い。

「ダメって言ってもどーせ手伝うんだろ、お前のことだから…」

「今日は僕らも忙しいし、手伝ってもらった方が効率いいと思う…珍しく」

「やったね!」

テディとブワンにそう言われていそいそと準備を始めたスティラを、クレアとダンが眩しいものを目にしたように見つめる。

「今日は予約も入ってるから、スティラちゃんが手伝ってくれると助かるわ」

「やっぱり感謝祭前は忙しいからね。昨日も大忙しだったし」

髪を後ろで一つに結び、流しで手を丁寧に洗うと、クレアからパン切りナイフを受け取って、テディとブワンの前にある台で作業を始める。

「パン・シュープリーズって、見ても食べても素敵じゃない?一粒で二度美味しいパンなんて、考えた人はとってもすごいと思うのよねー。あぁ、香ばしくていい匂い…!」

ライ麦と干しぶどうで起こした自家製酵母の甘い香りに、恍惚の表情になる。

「テンション高っ…どうせなら、スティラじゃなくてエレナを前にして仕事してーぜ」

「僕は君のくだらない愚痴を前に仕事してるんだけど」

「はい、2人ともそこまで!仕事に集中しろって言ってるでしょ!」

この賑やかなパン工房は、幼馴染であり10年来の親友であるマリーの生家、エトワルト家が経営する店の1つだ。そして、もっと言えば、10年来のスティラ用シェルターでもある。

エトワルト一家はスティラを実の娘と同じように可愛がってくれ、ユルスダンが爵位を得た後も、変わらず接してくれている数少ない人々だ。

この店にいる時は、自分という人間の存在が認められたようで安心する―スティラは勝手に、第二の実家だと思っている。

まだブツブツ文句を言っているテディとブワンに薄く笑った後、1つ目のカンパーニュの上部四分の一程度を切りとり、残った方の中身をナイフで丁寧にくり抜く。

そこに、表に出ていたマリーがトレーを抱えて戻ってきた。

「それで?今度は一体何があったの?」

厚手のミトンを手につけて、ラックに入れられた天板から、まだ湯気の立つ丸パンを次々にトレーに移しながら尋ねる。

「ああ、それは…別に大したことじゃないんだけど…」

言いよどむと、厨房の一角でお茶の用意を始めたエレナを含めた全員の視線が、自分に突き刺さる。

「…分かったわよ…話せばいいんでしょ…」

そして、今朝の出来事を渋々話し始める。

途中エレナが「スティラお嬢様の恋愛偏差値が極めて低いこと」に言及し、それに全員が賛同したのには目眩がしたが、エレナを視線で黙らせることに成功したため溜飲を下げた。

「まあ…公爵様のご子息だなんて、まるで王子様じゃない!そんな方に知らないうちに見初められてたってこと?ロマンチックね!」

彼女はうっとりとした眼差しで宙を見ながら、歯でも痛くなったのか片手を頬にあてている。

「ロマンチック?それは、その王子様がカッコイイ想定でしょ?どうするのよ、実際はハゲでデブで不潔なオヤジだったら。そんな奴に脂ぎった手で手を握られて、あまつさえ手の甲にキスされてみなさい?私、速攻で教会に駆け込むから」

その場にいた全員が、まるで合わせたように揃ってため息。

え、何なのよ。

「…ハゲでデブで不潔って、それはそれで極端すぎるわよ…。でも、その王子様は、おじ様曰く素敵な方なんでしょう?」

「あの狸の言うことなんて、ぜーんぜん当てにならないわよ。どうせ10倍…いや、15倍くらいは盛って話してるに決まってるわ。うん、あれはそういう顔だった」

「そういうとこはおじさんに似てるもんな、お前」

「スティラだって人のこと言えないくらいもんね」

「私はそんなスティラちゃんも可愛いと思うけどね~」

「ちょっと!どういう意味よ!」

「まあまあ、落ち着いてよ…じゃあ、砂糖菓子の15分の一の甘さだから、フワフワのフォカッチャみたいな王子様かしらね?ふふふ」

「いや、黒パンくらいのもんなんじゃないの。保存食としてならギリで許す、みたいな」

「マリー様のその発想力が、お嬢様に少しでもあれば…」

「…もはや王子様じゃないわよね、黒パンじゃ…」

「ちょと、同性でさえ敵なの?!私は、王子様だって美化するのをやめなさいって話をしてるだけでしょう?!」

「スティラったら、夢がないんだから…」

「そうです、お嬢様はマリー様の乙女心を学ばれるべきで…」

「エレナ、ハウス!」

「エレナじゃなくて、お前がハウスだろ!」

「ちょ、ここでテディが入ると話ややこしくなるんだけど?!ねえ、ブワンも何か言ってやろうみたいな顔しなくていいから」

クレアとダンはそのやりとりを見ながら、どこか呆れたように揃って苦笑している。

「ふん!どうせ会うことなんかないんだから、そんなに夢を抱く必要もないのよ」

「あ、スティラったら、またおじ様が折れるまで帰らない気なのね?まったく…」

「あったりまえよ!」

「お、お嬢様ぁ…」

あのウルトラバカオヤジが断りいれてくるまでは、絶対家には帰らないと誓っている。

エトワルト家の面々は「まあ、いつものことだ」とばかりに各々苦笑を浮かべたりため息をついたりして作業に戻り、エレナはどこか遠くを見つめながらも慣れた手つきで戸棚から人数分のカップを取り出す。

多少のいたたまれなさを感じながらも、再びパン・シュープリーズの作成に集中しようとしたところで、店表から誰かが呼ぶ声が耳に入った。

「いけない!ちょっとのつもりが長居しすぎちゃったわ!」

「まったく、お前は忘れっぽいから困る」

ダンの小言を聞き流し、マリーが「すみませーん!」と言いながら小走りに戻って行った。

苦笑しながらそれを見送ったが、暫くして店の方からマリーのものと思われる短い悲鳴が聞こえた。

ぎょっとして、その場の全員が顔を見合わせる。

「…もしかしてどっかの酔っ払いに絡まれてるんじゃないの?私、ちょっと見てくる!」

「あ、スティラちゃん!」

「おい、せめてそのナイフは…」

「置いていけば…」

「いいんじゃないかな…」

クレア、テディ、ブワン、ダンが口々に止める声など耳に入らないまま、パン切り用ナイフ片手にキッチンを飛び出した。

店の入口そばにあるレジの前で、背の高い男性2人がマリーを見下ろすようにして立っているのが目に入る。

こちらに背を向けているので顔はよく見えないが、一人は髪も服も黒一色の姿で、立ち姿が恐ろしく凛々しい。

もう一人は対照的に、柔らかそうな明るい栗色の髪に、遠目にも仕立てがいいことが分かるアイボリーの上下を着ている。

ちゃんと見れば怪しい人間には見えなかったはずなのだが、駆けつけた時には先入観もあったせいで、その二人が「か弱いマリーに絡むチンピラ、もしくは酔っ払い」にしか見えなかったことを、是非ともここで言っておきたい。

要は、言い訳なのだが。

「ちょっとあんた達!どこの、お坊ちゃんか知らないけど、うちのマリーに何してんのよ!」

そう啖呵を切るやいなや、男二人につかつかと歩み寄り、振り返った黒ずくめの方の左足をヒールで力いっぱい踏みつけた。

「!!」

男性はその痛みに…、というか、おそらくその衝撃に目を見開いた。

突然現れた女は憤怒も顕な顔をして、右手に細長い小型のノコギリのような珍妙なナイフを持ち、5センチはある太いヒールで自分の靴を踏みつけてきたのだ。

彼の衝撃は当然だろう。

だが、彼が何かを言う前に、ご丁寧にも彼の衝撃を代弁してくれた人間がいた。

「スティラ、違うのよーーー!!こ、こちらがサークラヌス公爵様のご子息ルーク様で、その方はルーク様のご友人であるジラルダン様よ!!!は、早くその足をどけてちょうだい!!」

「へっ??」

スティラはマリーの言った言葉を一言も消化できなかったが「やばい」という経験上の条件反射で、バッとその場から飛び退いた。

二人の間から飛び出してきた青い顔のマリーが、ジラルダンの足元を覗き込む。

「きゃーーー!!ジラルダン様のお靴が凹んでるわーーー!!スティラ、あなたどんだけの力で踏んだのよ!ジラルダン様ごめんなさい!この子、正義感と直感だけで動いた結果が迷惑に繋がることが多々あるんですけど、困ったことに本人に悪気は全くないんですの!」

マリーのそれはフォローではない気がする。

ただ、スティラの頭はそんなことより重要なことに気を取られていた。

やばい…今、公爵様って言った?本当に?

「ほら、スティラ!謝って!」

「そ、そうなんです!!私ったらちょっと抜けてて!早とちりして、本当に、本当にごめんなさい!」

最敬礼の姿勢で謝ってはみたが、公爵家の連れにこんなことをして「ごめんなさい」で済むのか。

痛いですか?いや、痛いですよね。てか、なんでこんなとこに?あ、もしやお二人ともパン好きなんですか?…って、ちっがーう!その質問は絶対にちがーう!

誰も一言も発さず、重たい沈黙が流れる。

そして、羞恥心で熱くなった顔を上げるタイミングも分からない。

…き、消えたい!誰か私をかき消してー!存在ごとなかったことにしてーー!

てか、やばい、頭フラフラしてきた…

いよいよ最敬礼の体勢に限界を感じ始めた頃、ふと空気が緩むようなような気配がした。

「これは…想像以上に可愛い人だな」

「…はい…?」

状況にそぐわない言葉を不思議に思って顔を上げると、そこにはなんと、砂糖菓子が立っていた。

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