料理の神様!!
この作品はノベルジムでも投稿してます。
「このババア、イカれてやがる」
竹宮は心の中で毒を吐いた。
昼下がりの昼食時、街の一角に屋台を設置して客引きをする老婆が1人。
これだけなら珍しがられるだけだが、問題は売ってる品だ。それはたこ焼き等の食べ物ではなく――
「1本2000円の包丁をこんな所で誰が買うんだよ。少し考えればわかるだろ」
当然誰も買わない。いずれは見向きもされなくなるだろう。
竹宮は偶然屋台の前を通り掛かった1人。
人混みに紛れながら屋台の中に居る老婆を覗いて居た。
皮膚にはシミが付きヨレヨレにくたびれた老婆を竹宮は哀れに思いながらも、やはり包丁を買う気にはならない。
興味本位で眺めて居たら、屋台の中の老婆と目が合ってしまった。
「そこのお兄さん。1本どうだい?」
(使いもしない包丁なんて買うか。無視しよ)
面倒はゴメンだと竹宮はズンズンと歩を進めて行く。
だが老婆は目を付けた竹宮を見逃してはくれず、屋台を引っ張りながら後を付けて来た。
「今日しか買えないよ」
(今どき包丁なんて100均でも買えるっての)
「サービスで砥石も付けちゃうよ」
(絶っ対に買わねぇ!!)
「こうなりゃアタシも腹をくくるよ。1200円でどうだ!!」
(タダでもいらねぇ!!)
いつまでも付いて来る老婆に竹宮のイライラは募る。そして我慢出来ずに思い切り走った。
(悪く思うなよ。でも俺は買う気はサラサラない。あの信号を渡れば振りきれる)
前方100メートル先に見える横断歩道。
竹宮は肩に吊るしてたカバンを右腕で抱え込み、口で大きく息を吸い込みながら足を動かす。ぶつかって来る空気が風となり、ワックスで形を整えた髪の毛を揺らした。
そして目の前に迫る横断歩道の白線。アスファルトと歩道を仕切るコンクリートを踏み越えチラリと振り向く。
腰が完全に折れ曲がったままの老婆が竹宮に追い付ける道理はなかった。
(あのババア、今頃は見えないくらい遠く――)
「待たんかぁぁぁい!!」
「ウソだろ!? 何だよそれ!!」
屋台を引きながら猛スピードで駆け抜けて来るのは、紛れも無くさっきの老婆。
広げたと思ってた距離は殆どなく、少しでも気を抜けば追いつかれてしまう。重たい屋台など引いてなければ走るのは竹宮よりも早いくらいだ。
「や、ヤバイ!? 追いつかれる!! あのババア、人間じゃねぇ!!」
ホラー映画などとは違う本物の恐怖。全身を駆け巡る震え。止まらない汗。心臓が口から飛び出しそうなくらい高鳴る。
通り過ぎる街行く人達も怖がって誰も助けてくれはしない。
思考を停止しとにかく前に走った。
ようやく横断歩道を渡りきった瞬間、信号の色が赤に切り替わる。
もう1度後ろを振り向くと老婆は横断歩道の所までもうすぐの所まで来て居た。
「良し、これなら逃げ切れる」
安心して胸を撫で下ろしたのも束の間だった。
老婆は立ち止まる人達を押しのけ赤色に変わった信号を無視して歩道を突っ切って来る。
「無理だ、避けろ!!」
しかし、迫るは白いワゴン車の影。
「うん?」
甲高いタイヤのスキール音。次には鉄のボディーが屋台へぶつかった。
破壊され吹き飛ぶ木片。アスファルトを転げる老婆。
年季の入った屋台は原型を止めておらず、白いワゴン車は何処かへ逃げて行ってしまった。
元からボロボロの姿が埃にまみれてしまう。
「ババア!!」
目の前で大惨事が起こり、流石に黙って見過ごす事など出来はしない。
叫ぶ竹宮は急いで老婆の元まで駆け寄り、アスファルトへ横たわる体を引き起こした。
「待ってろ!! すぐ――」
ズボンのポケットから携帯を取ろうとするが、老婆の弱々しいてがそれを止める。
シワだらけでか細く、震える手。
「最後の頼みを……聞いてくれ」
「わかったから喋るな!!」
「これを買ってくれ……」
そう言って取り出したのは木箱に収められた銀色の包丁。
「そんなモンより自分の心配をしろ!!」
「頼む……」
「10分もすれば救急車が来る。それまで――」
「買えと言っとるのがわからんのかぁ!!」
「ひぃ!?」
死にかけの老婆が突然金切り声を上げ驚く竹宮。思わず情けない声を出してしまう。
「お前のせいでこうなったんだ!! 詫びくらい入れるのが当然だろ!!」
(何なんだこのババア!? 死にかけてたんじゃないのか?)
頭の中がパニックになる。余りの迫力に声も出ない。
呆然とする竹宮に痺れを切らした老婆はポケットに入れて居た黒い長財布を勝手に奪い取った。
「オイ!? 何しやがる!!」
「ケッ!! はした金しか入っとらんのか。3000円で勘弁してやる」
中から札を抜き取る老婆は要らなくなった財布を無造作にポイと捨てた。
投げ捨てられた長財布をすかさず受け止めた竹宮は黙ってる事など出来ない。
「このクソババア、俺の金返せ!!」
「本当なら治療費と慰謝料もたんまり貰う所を3000円で勘弁してやると言っとるんじゃぞ。テメェみたいなこわっぱにもう要はない!!」
老婆はグシャリと札を握りつぶすと懐へと隠してしまう。
車に引かれたとは思えない程に力強く地に足をつけ、足早に去ってしまう。
竹宮の手元に残ったのは包丁の入った木箱だけ。
「う~ん」
リビングのテーブルの上に木箱を置いて悩む竹宮。
結果的に見れば強引に買いたくもない包丁を買わされてしまった。
包丁は基本、料理に使う。ソレ以外に使い道はない。
そして母親は毎日料理を作る故に包丁を増やせば絶対に気が付く。
(正直に新しい包丁買ったって言うか? でもどうして買ったって聞かれるよなぁ。何とか誤魔化す方法は――)
腕を組み悩む竹宮は結論を導き出した。
銀の包丁を手に取り、久しく立ってない台所へと足を踏み入れる。
まな板を取り出し冷蔵庫の扉を開け食材を取り出す。
「え~と、鶏肉で良いか……後はニンジンとタマネギとジャガイモとカレールー」
並べられた食材、竹宮はカレーを作るつもりで居た。
馴れない手つきで包丁を握り、まな板の上に置いたニンジンのヘタを切ろうと切っ先を添える。
その瞬間――
「な!? 何だぁ!!」
眩い光が包丁から溢れ出る。
まぶしすぎて前を見る事も出来なくなり、まぶたを閉じて腕で前を覆う。
2秒、3秒、4秒。
ずっと輝いてた包丁が次第に光を失って行く。
視線を向けた先には純白の服を身に纏った女が。
「わたくしの名は包丁の女神。今宵、アナタの前に召喚されました。さぁ!! 共に手を取り合い世界一作るのが難しい料理を作りましょう!!」
「だ……誰ぇ?」
「おや? 聞こえてませんでしたか? わたくしの名は包丁の女神。今宵アナタの前に召喚されました。さぁ!! 共に手を――」
「そうじゃなくてどうしてここに居るんだ!!」
突然現れた女に竹宮は握って居る包丁を突き付けた。
昨今の犯罪事情を考えれば女と言えども油断など出来ない。
強盗、ストーカー、等々。
「でもこんな美人ならストーカーされても良いかも……ってそうじゃない!! 住居侵入だろ!!」
「世界一作るのが難しい料理を作る事。その為でしたらどの様な試練も受けます。住居侵入でしたか? さぁ、相手になります!!」
(は、話が通じねぇ)
「っ!! それよりも来ましたよ!!」
息を呑む女が指差す先に竹宮は振り向いた。
そこにはオレンジ色をしたバケモノが。
「なんだこの気持ち悪いの!?」
「コイツの名はパースニップ。体内に含んだカロテノイドが脂肪を吸収します!!」
「要するにニンジンだろ!! なんでこうなってんだよ!!」
『パースニップ:身長160センチ、オレンジ色の外皮で体を覆う。全身から伸びる白い触手で体を支え、同時にその触手で相手を攻撃する。外皮を貫いてもその本体は固い!!』
「食材がクリーチャーと化してます。ヤツを倒さなくては!!」
「倒すってどう倒すんだよ!!」
「その包丁です!! わたくしの力が宿る包丁を使えばクリーチャーだって倒せます!!」
「だったら自分でやれば良いだろ!?」
「来ます!!」
クリーチャーは休ませてなどくれない。全身の触手が敵を貫こうと襲い掛かって来た
身構える竹宮、その時握ってた包丁がギラリと光る。
迫る触手が切っ先に触れると真っ二つに切断された。
「何なんだ、あのニンジン!! デカイし気持ち悪いし変なヤツで攻撃して来たぞ!?」
「パースニップを倒さなくては食材として使えません!! 新鮮な内に早く!!」
「早くつったって!?」
困惑する竹宮にパースニップは更に攻撃を仕掛けて来る。
体中から伸びる触手が、また竹宮を捉えようと迫った。
手汗が滲む手で包丁を強く握り締める。
一閃!!
長く伸びた触手がバラバラに切り落とされた。
「ニンジンなんかにビビってて、カレーなんか作れるか!! うおおおォォォ!!」
高々とジャンプする竹宮にパースニップは上を見上げた。
ゆらゆら動く触手には目もくれず、目標は本体のみ!!
柄を両手で握り大きく振り上げ、一撃必殺の技を繰り出す!!
「ヘルム・ブレイカァァァ!!」
包丁は脳天へ突き刺さり、体を縦に切断して行く!!
動きを止めたパースニップは絶命に、本来の姿へと戻った。
竹宮の目の前にあるまな板には半分に切られたニンジンがあるだけ。
「倒したのか? 結局何だったんだ?」
「やりましたね。さぁ、次の食材に行きましょう」
「次って……こんなのまだやるのか? あとアンタ誰?」
「言いませんでしたか? わたくしの名は包丁の女神!! 世界一作るのが――」
「そう言うのを聞いてるんじゃない!! 俺が聞きたいのは――」
「次はコレです!!」
咬み合わない会話を繰り広げる2人。
事情を把握した竹宮の考え無視して、包丁の女神と名乗る女はカレーに使う材料を投げ付けた。
「うおっ!?」
咄嗟に握ってた包丁で防いでしまう。
鋭い刃に突き刺さったそれはジャガイモ!!
眩い光が溢れ、ジャガイモだったそれはまたしても見た事のないバケモノへと変化した。
「今度は何だ!?」
「ヤツの名はジャカルタ!! 体にある芽から毒を出して来ます」
『ジャカルタ:身長110センチ、小柄で体も柔らかいが、体に生えて居る芽を飛ばし相手に毒を注入する!! 芽が成長するとまた新たなジャカルタへと変化してしまう。自律移動は出来ない』
「その変な言い方ヤメろ!! 只のジャガイモじゃないか!!」
「さぁ、ズバッとやっちゃって下さい!!」
「簡単に言ってくれるな。こっちの身にもなってくれ」
うんざりする竹宮の事などジャカルタは考慮してくれない。
体中のまだ青い目が瞬く間に成長し、白い突起へと姿を変え猛毒を充填して発射された
「危ない!!」
「わかってる!! こんなモンは――」
寸前に迫る芽。
だが細い包丁で的確に的を撃ち落とすのは至難の業だ。
竹宮は左腕を伸ばし、自らを守る盾を呼び出す。
「レイジン・ガードナー!!」
左手に握られた長方形の白い盾。
それは紛れも無く樹脂で作られた只のまな板!!
「行けます!! このままジャカルタに攻撃を!!」
「うおおおぉぉぉ!!」
次々に発射されるジャカルタの猛毒芽。
竹宮は両目でしっかりと軌道を確認し左手のレイジン・ガードナーではたき落として行く。
全力疾走で付き走り、力強く床を蹴り飛び上がった。
「行くぞ!! ヘルム――」
だが飛び上がってしまったら身動きは出来なくなる。
その隙を狙ってジャカルタは猛毒芽を発射して来た!!
攻撃出来ない、防ぐしか出来ない!!
「ぐっ!? 飛び道具なんか使いやがって!! それなら――」
レイジン・ガードナーで攻撃を防ぎ、着地した竹宮は休む事なくまた走った。
攻撃を防ぎ、避けながら接近戦が通用する範囲にまで潜り込む。
狙うのは必殺の一撃のみ!!
「このジャガイモがぁぁっ!! サンライズ・スラッシュッ!!」
右手の包丁が眩しく輝く!!
竹宮の意思と力を乗せてジャカルタの体へ一筋の閃光が煌めいた!!
袈裟斬りで一刀両断!!
防御性の低い皮は容易く斬り裂かれ、身ごと斜めに斬り落とされた!!
こうなってはジャカルタと言えども再び立つ事は出来ない!!
「はぁ、はぁ、はぁ、やれたぁッ」
「凄いです!! これなら私の包丁の使い手として充分です!!」
「説明しろ、何なんだよコレ!!」
肩で息をする竹宮は女神と名乗る女に問い詰めた。
「世界一難しい料理を作る事、それがわたくしの使命!! その為にはアタナの力が必要なのです!!」
そう言うと女神は竹宮の空いてる左手をガッチリと掴んで来た。
女性特有の柔らかくて温かい肌の感触に、思わず胸が高まり頬を染めてしまう。
「いや……えぇと、そうじゃなくてだな……さっきのバケモノみたいになった野菜は何か聞きたいんだ」
辛辣だった竹宮の口調にも変化が見られる。
「アレはクリーチャー、わたくしの包丁に切られた食材はアノようになってしまうのです」
「あ~……何で?」
「わたくしの力が至らないばかりに、アナタにこの様な試練を与えてしまって……全てわたくしの責任なのです」
(会話が出来ない)
まだ状況を飲み込めない竹宮を他所に女神は瞳に涙を貯めて、今にも泣き崩れてしまいそう。
「わたくしは手先が不器用でして。それをお母様に咎められ、世界一作るのが難しい料理を作れる様になるまで帰って来るなと言われてしまいました。ですが何時まで経ってもわたくしの料理の技術は上達しません。そこで身勝手ながらアナタに手伝って頂こうと」
(女神じゃなくて厄病神じゃねぇか)
敢えて口にはせず心の中に留めて置く。
落ち着いてからじっくり見た目の前に居る彼女は絶世の美女だ。
透き通る栗色の髪の毛、パッチリした目に長いまつ毛。
首からぶら下げた金のネックレスは神々しさすら漂う。
女神は細くて白い指で涙を拭った。
「あのさ、その女神っての本当なのか? にわかには信じがたい」
「そんなっ!? ではどうすれば良いのでしょうか? アナタに協力して頂かなくてはわたくしは!!」
「頼むから泣かないでくれ。あ~、証拠みたいなのを見せてくれると信じられる」
「証拠……ですか?」
「あぁ、口で言われただけではどうにも」
「わかりました!!」
言うと女神は竹宮が右手に握る包丁を掴み、台所へと歩いて行ってしまう。
切断されたニンジンとジャガイイモ。
その中でまだ手を付けられてないタマネギを手に取ると、女神は振り返りソレを見せ付けて来た。
「しっかりと見て下さい。コレがわたくしの女神としての力です!!」
女神は右手に握った包丁の切っ先をタマネギへ突き立てた。
「ちょっと待て!? バカ、やめろぉぉぉ!!」
竹宮の制止を振り切り、タマネギの身に包丁が刺さる。
そしてまた、眩い光が広がり視界が見えなくなった。
「ぐっ!! アイツは!?」
ようやく開けたまぶたの先、そこにはまたしてもクリーチャーが居た!!
「ヤツの名はアリウム・ケパ!! 何重にも纏われた皮を引き剥がした先の本体に攻撃を当てなければ倒せません!!」
『アリウム・ケパ:身長200センチ、根本の白い触手で攻撃を仕掛けて来る。何重にも纏った皮の最深部の心臓を抉らなければいつまでも皮は回復シてしまう!! そして皮に攻撃した時に発射される紫色の体液は強力な酸性で、触れたモノを溶かし強烈な刺激で視界を潰す!!』
「どうして刺した!!」
「ですから、わたくしが女神である事の証拠を――」
「コレはもう知ってるよ!! 他のをやれ、他のを!!」
激怒する竹宮にアリウム・ケパは長い触手を伸ばした!!
肉を引き裂き体を貫かんとするソレを当たるわけには行かない。
「レイジン・ガードナー!!」
左腕のまな板で攻撃を防ぐ。
触手はレイジン・ガードナーを貫く事は出来ずにバラバラと崩壊した。
竹宮は次の攻撃が届く前に勝負を決めるべく、再び接近戦に持ち込む!!
「面倒な事を増やしやがって!! これじゃ何時までたってもカレーが出来ねぇ!!」
走る竹宮!!
アリウム・ケパの茶色く透き通った薄皮にその右手の包丁を突き立てた!!
「コレなら!!」
だがアリウム・ケパはまだ生きて居る。
そして突き立てられた包丁の傷口から黄色い体液をぶちまけた!!
危険を察知する竹宮は瞬時に反応し、包丁を引き抜き体液を寸前の所で回避する。
放出された体液は床へ付着すると強力な酸が煙を上げて溶かしてしまう!!
「今までのと違うぞ!?」
「あの体液に近づいてはなりません!!」
「当たらなければ何ともない」
「そうではありません!! あの体液にはソレだけでなく、視界を妨害する効果も備わってます」
酸で溶かされた煙が周囲に充満して来る。
物理的な攻撃なら防いだり避けたり出来るが煙ではそうは行かない。
女神が助言した時には既に遅く、煙から来る鋭い痛みが竹宮の目を襲う!!
「本当にタマネギかよ。目が痛ぇ!!」
「攻撃が来ます。動いて下さい!!」
目の痛みに動きが止まってしまう。
瞳から大粒の涙を流しながら、それでも前が見えない状況に握った包丁をがむしゃらに振り回す。
空を切る切っ先。
それでも襲われるかもしれない事を考えれば動かずには居られない。
「くっ!? 何処から来るんだ!!」
「右、えぇっと左……じゃなくて正面!!」
「どっちだ!!」
「たくさんあってわかりませぇん!!」
女神のナビも虚しく、竹宮が振る包丁が当たる事はない。
伸ばされた触手は一斉に襲いかかり、為す術もなくなぎ倒された。
鈍い痛み。
体中が痛い。
視界が効かず動きの取りにくい竹宮にアリウム・ケパは追い打ちを掛ける。
「ガハァッ!! クソッ、前が!! ぐぅっ!!」
太い触手で何度も何度も殴られ、痛みで気力も体力も消耗して行く。
そして遂には喉笛に触手が巻き付き、息の根を止めに来た!!
「ァァっ!? 息が――」
「急いで逃げて!!」
触手は首をねじ切ろうと更に力を込める!!
絶体絶命の状況で竹宮が取った行動は!!
(いいや、違うな!! 逃げるんじゃない、攻めるんだ!! 針の穴に糸を通すくらいの小さな突破口が見えた!!)
息が切れる前に、首の骨を折られる前に!!
巻き付けられた触手を左手で掴み返し、本体の元までたぐり寄せる。
「1回でダメなら何回だって斬り刻んでやる!!」
光り輝く右手の包丁!!
竹宮は十字に包丁を振った!!
「ブレイク!! イントゥフラグメント!!」
斬撃による衝撃波!!
十字に光る閃光は皮1枚程度では失くならない。
「粉微塵になりな!!」
強烈な衝撃波はアリウム・ケパの体を引き裂いて行く!!
飛び散る肉片と体液。
それすらも消し飛ばしながら十字の衝撃波は本体へと到達する!!
「ダメ押しの一撃!! サンライズ・スラッシュッ!!」
大きく振り上げ、袈裟斬り!!
輝く刃先はアリウム・ケパの体内に宿る本体へ確実に到達した!!
斜め線に光る体は耐える事は出来ず、バラバラに斬り刻まれ崩壊する!!
「か……勝った……」
相手を倒した事に竹宮は安堵し胸を撫で下ろす。
危機的状況で無事に生還し、女神は両手を手に取り自分の事の様に喜んで居た。
「やりましたね!! このまま技術を磨けば世界一作るのが難しい料理だってアナタには出来る筈です!!」
「はぁ、はぁ、褒めてくれるのは嬉しいけど俺は――」
ボロボロになりながらもようやく倒したアリウム・ケパ。
だが竹宮にはもうこんな危険な事をするつもりはない。
自分の意思を伝えようとした、でも女神に常識は通用しない!!
「さぁ、最後の食材を倒しましょう!!」
いつの間にか握ってた筈の包丁は奪い取られ、鶏もも肉へと刺さって居た。
「このバカやろぉぉぉ!!」
眩い光が周囲を照らす!!
そして目の前にはまた、クリーチャーが現れた!!
「これで最後です!! ヤツの名はクレアー・オルニーティア!! 肉はブヨブヨして斬りにくいので注意して下さい」
「どうしてこうなるんだぁぁぁ!!」
『クレアー・オルニーティア: 400センチ、ブヨブヨとした肉と皮で外部からの攻撃を寄せ付けない!! その強靭な肉体で繰り出される攻撃は強い!!』
現れたのはスライムの様に形状を変化させる肉の塊!!
クレアー・オルニーティアは人型に姿を変え、クリーム色の皮に覆われた右腕で竹宮へ殴り掛かる!!
「攻撃して来た!! くっ!?」
こうなっては竹宮の意思はもう関係なくなった!!
戦わずして生き残る事は出来ない!!
「その包丁を貸せ!!」
「はい、頑張って下さい」
「簡単に言ってくれる!!」
飛び退いた竹宮は女神の包丁を受け取り、目の前の敵と対峙する!!
攻撃力の高いクレアー・オルニーティアだがその分サイズも大きく動きも鈍い。
ズッシリ重たい右腕を地面から持ち上げ、もう1度竹宮を狙う!!
「付け入る隙はある!! まずはその足をぶった斬ってやる!!」
走る竹宮は太い腕から繰り出されるパンチをすり抜け、左膝に目掛けて光る包丁を振る!!
「サンライズ・スラッシュッ!!」
刃先は確実に肉へ食い込んだ!!
だが――
「き、斬れない!?」
肉は1発では切断出来ない。
切れ目が数ミリ、だがそこで止まってしまう。
右手にどれだけ力を込めても包丁が進む事はない!!
「ダメなのか!?」
「逃げて下さい!!」
邪魔な竹宮を捕まえようと伸ばされた巨大な手が迫る。
振り向き様に横一線し後退して事なきを得るが、斬った筈の指には僅かな切れ目があるだけ。
「ならコイツでどうだ!! さっき思い付いた必殺技、ブレイク・イントゥフラグメント!!」
包丁から繰り出される十文字の衝撃波!!
動きの鈍いクレアー・オルニーティアは分厚い胸板へもろに喰らう!!
皮を引き裂き肉を斬り刻む!!
衝撃波は背中まで突き抜け、巨大な人型だった姿が崩壊する!!
「どうだ!!」
「この程度では倒せません!! 分離します!!」
「なっ!?」
スライム状の肉塊に戻ったクレアー・オルニーティアは4体に分離し、2メートル程の人型へとまた姿を変える。
「最初に言え!!」
「ですが自分で考えて動いて貰わなくては訓練になりません!!」
「その前に死んだらどうする!!」
「それよりも来ますよ!!」
女神が指差す先から4体のクレアー・オルニーティアが迫る!!
「レイジン・ガードナー!!」
左腕のまな板で強力なパンチを受け止める!!
だが残りの3体はそうは行かない。
竹宮の動きが止まった瞬間に顔を殴り、腹を蹴り、地面へねじ伏せる!!
「ぐあああァァァっ!!」
防ぐ事もままならないず、全身に激痛が走る!!
それでも相手は竹宮の息の根を止めるまで攻撃を仕掛けた!!
うつ伏せになる竹宮の体を踏み付け苦痛を与える。
「あわわわわわ!? 立って、立って下さい!!」
(簡単に言いやがって!! 出来れば苦労しねぇよ)
竹宮の体は声も出せないくらいに限界寸前!!
エールを送る女神に辛辣な言葉すら出ない。
(こんな……鶏肉の分際にやられるのか? どうすれば倒せる? どれだけ斬っても無駄、どうすれば良い!!)
霞む視界。
意識も段々と薄れる。
記憶の中に蘇るのは皮肉にも鶏肉を食べてた時の自分。
(そうだ……何時だったかバーベキューで焼き鳥食ったな。俺はタレが好きなのに他の奴らはみんな塩コショウだけでさ。塩味の何処が良いんだ……焼き鳥……そうだ焼き鳥!!)
竹宮は閃く!!
目をカッと見開き、うつ伏せの状態から飛び上がった!!
「うおおおぉぉぉ!! ヘルム・ブレイカァァァ!!」
クレアー・オルニーティアの1体に竹宮は頭上から包丁を振り下ろす!!
けれどもさっきと同じ様にブヨブヨの肉に阻まれ分断は出来ない!!
「まだ終わってないぜ!!」
叫び声と同時に握った包丁が眩い輝きを放つ!!
そして光の先からは炎が舞い上がった!!
切断出来なかった肉質に変化が見られ、切っ先が奥へ奥へ刺さって行く。
「全員まとめて焼いてやる!! エクリクスィ!!」
炎が更に強くなり、飛び散った火の粉が媒体となり竹宮を中心に魔法陣を生成!!
それは他のクレアー・オルニーティアをも取り囲み、高熱に両足の肉質が変化し硬化する!!
油の敷かれてない状態で肉質の変化した足は熱でこびり付く!!
「ブラッシュ・オフ!!」
掛け声に反応し魔法陣が光った!!
火の粉が爆発を起こし、爆発は連鎖し更に大きな爆発へと変わる!!
身動きが取れないクレアー・オルニーティアは巨大に膨れ上がった爆発に飲み込まれた!!
4体には芯まで熱が通る。
「やったやったァァァ!!」
「な……何とかなったぁ~」
「これで料理が作れますね」
「取り敢えず……ちょっと休ませて」
疲労困憊の竹宮はバタリと倒れると両目を閉じた。
「あ、あれ? もしも~し、もしも~し!! えぇん、これじゃ料理が!!」
誰にも聞こえない女神の声だけがキッチンにしばらくの間響き渡った。
///
「おじゃましま~す」
午後6時30分、竹宮家に1人の女性がやって来る。
「あ、カレーの匂い」
勝手知ったるや彼女は自分の家の様に匂いが流れて来るリビングに向かって行った。
扉を開けた先には絆創膏や消毒液を塗った竹宮が立って居る。
「あぁ、菅野ネェ来たのか」
「珍しい事すんのね。それより何、そのケガ?」
「カレー作る時にちょっとな」
「どうしたらカレー作るだけでボロボロになるんだ?」
言いながら菅野はリビングのテーブルの席に付く。
竹宮は出来上がったばかりのカレーを皿に盛り付けて彼女に振る舞った。
「上手に出来てるじゃん。いっただきま~す」
銀のスプーンを手に取りカレーを口に運ぶ。
スパイスの香りが食欲を湧き立て、スプーンを持つ手がスイスイ動く。
「うんうん、中々」
「味はどう?」
「アンタが作ったにしては美味しいじゃん」
「美味しいってどれくらい!! 学食のより上手い? 近くのファミレスより上手い?」
味の評価に竹宮は敏感になる。
その形相に菅野は面食らいながらも再びスプーンを口に運び、確かめる様にカレーの味を堪能した。
「何をマジになってるの?」
「良いから!! 俺が作ったカレーの味はどうなんだ!!」
「う~ん」
竹宮は固唾を呑んで評価が下されるのを待つ。
生唾を呑み込み、ゴクリと鳴る。
一筋の汗がテーブルに落ちた。
そんな事は知らない菅野はなだめながら言う。
「まぁ、どこまで行っても普通かな? 大丈夫、ちゃんと美味しいから」
「普通……普通か」
『これでは世界一難しい料理を作ったとは言えません!! さぁ竹宮さん、また明日もわたくしと一緒に料理を作りましょう!!』
包丁の女神と名乗る女の姿は菅野には見えない。
「こんなのがまだ続くのか……」
放心状態に陥る竹宮に女神は憑依して居た。
それが解かれるのは彼女が言う『世界一作るのが難しい料理』が出来た時!!
その日が来るのはまだ先の話。
勢いで無理やり作った作品ですので粗が目立ちますが。
ご意見、ご感想お待ちしております。