試合終了
冬空の国立競技場、熱気あふれるスタンドに彼女はいた。
「やっぱ異次元ね…月火野景。」
そういわずと知れた、アウローラ期待のGM、秋田琴である。
「クラージュのサポがぎゃーぎゃー言うのもわかるわ、顔も良いし。」
彼女がなぜここにいるのか、それはある補強をすすめるためであった。
彼女のすすめた補強で唯一足りなかったのは、決定力のあるストライカーだった。アウローラには優秀なストライカー剣田がいるが、剣田は技術よりも感覚で点を取る本能的ストライカーで、確かに決定力はあるが自分でゴールを切り開くことはあまりしないタイプであった。
故に、若く剣田と競争ができるようなストライカーが欲しかった。それでいてFW陣にないものを補うような。
「…うわぁあれは痛いわ…ほんと痛い…!」
現在、試合は終了間際、重波の退場シーンである。
「…たしか重波って監督と移籍問題でどーのこーの言ってた選手よね…んで新井さんを崇拝してて、そしてこの怪我…、それに年齢も20歳、年代別代表の常連…監督・首脳陣ともトラブルあり…か。」
琴はぶつぶつと一人で呟いた。彼女は独り言が多く、周りから痛い目でみられることもしばしばあった。今もそうである。
「もしかしたら…、善は急げね。明日には連絡いれなきゃ!」
また一人で呟き、琴はスタジアムを去って行った。
「今日のヒーローは前半だけでハットトリックを達成し、後半に入っても質の高いプレーでチームを優勝に導いたこの人!月火野選手です!」
「どもー、おなかすきましたー」
「ははは、月火野選手!今日の試合、どうでしたか?」
「えーとねー、義一大丈夫かなー?って感じだったねー」
「そうですね、重波選手は現在病院に運ばれているとの情報が入っています、怪我の状態についてはまだなんとも…」
「今日の試合、モチベーションすごく高かったんだ~、リーグでは優勝できなかったしねー」
「な、名古屋はおしくも2位でしたからね!来年はタイトルが期待できそうですか!?」
と、このように、月火野は記者やアナウンサーを困らせる子供のようなマイペースであり、その性格からアナウンサーたちは取材をあまりしたがらない。月火野のペースに持っていかれては最後、取材の内容はバラバラになり薄くなってしまう。
このアナウンサーも終始苦笑いでレポートをすすめていた。
一方、選手更衣室に戻ったV東京の世良は悔しさに顔をゆがめていた。
「ちくしょうっ!何の仕事もできなかった!」
この試合、世良は本当に何の仕事もできなかった。
自慢の武器、パスカットからのダイレクトでのコースチェンジ―世間では『ダイレクトチェンジ』も一度も使うことはなかった。ある一人の選手の守備に、彼は無効化された。
「…織田…高卒の選手にこの俺があそこまで抑えられるとはね…、来シーズンに名古屋にいれば次こそは俺の真骨頂を見せてあげるよ…」
この織田に世良の成長の鍵があるとは、この時は誰も知らなかった…。
天皇杯決勝も終わり、来シーズンに向けての選手たちの移籍が始まった。
時は進み、各クラブが新戦力の発表を始めていく時期になった。
ミスが多いっ!(笑)