怪我
国立競技場は完全に名古屋のものとなっていた。
後半開始して、すでに30分が経とうとしていた。スコアは0-4、小野のコーナーキックが直接入り追加点を与えてしまったV東京にすでに生気はなく、気の抜けたプレーが続いていた。
後半38分、焦りすぎた春山が決定的なミスを犯してしまう。ペナルティーエリア付近でボールを必死にクリアするが、これが名古屋のダニウルソンの足元に収まってしまう。
「ああーっ!」
『センキュー、ボーイ!』
ダニウルソンはこの敵からのプレゼントを後ろの羽根野に戻し、羽根野がダイレクトで前線にボールを送った。
このパスを受けたのはサイドに流れていた月火野だった。
「とどめさそっか~」
月火野が斜めに切り込み、ゴールへと進みだす。その姿は圧倒的な存在感と貫禄を感じさせた。
「させるかよ!!」
月火野に迫るのは、ゴール前まで下がってきていた重波だった。
「義一ぅ…邪魔だよー!」
「あんたにはもう決めさせ…っ!」
『決めてきな!カゲル!』
重波が月火野のマークにつくことはなかった。重波の通路にマギニューが突如現れ、激しいタックルで重波を弾き飛ばした。それにあわせて月火野がシュートを撃つ。
DFの壁もなく、フラーテスの手も届かず、ボールは強烈な音を立ててゴールネットに突き刺さった。
「くっそ!!また決められた…。」
「もう駄目じゃないか、これ…。」
「5点とれねぇだろ、天皇杯はとられたなぁ」
V東京のサポーターたちが口々に溜息をこぼす。その雰囲気の中で、一人の女性サポーターの声が不思議と響いた。
「あれ?重波、立ち上がらないよ?」
「え?あ、ほ、ほんとだ!」
「怪我か?やべぇぞ、ただでさえ移籍願望強いって噂なのに…ここで怪我なんてしたら…」
「新井教だからな、アイツ…。監督とも仲わりいし」
件の重波が立ち上がることはなく、彼は担架で運ばれていった。
「「しっげなみ!しっげなみ!しっげなみ!…」」
競技場に重波のコールがむなしく響いた。サポーターたちの心配する気持ちや、不安がコールに影響しているかのように…。