月火野 景
天皇杯決勝が始まった。選手たちもサポーターも一月にもかかわらず、異様な熱気を感じていた。
試合はすぐに動いた。
前半9分、幹野のパスミスをカットした織田から攻撃のスイッチが入る。
「くそっ、やらせっか!」
だが、ミスをした幹野も必死に織田に食らいつく。織田はうっとうしそうに幹野を軽く避けると、すぐにフィードを出した。
そのフィードをマギニューがトラップし、一気に前線へ駆け上がった。そのドリブルは力強く、知田が追いつこうと必死に体を寄せるが、ものともせず、知田は弾き飛ばされてしまった。
『さて、どんなクロスを出そうか…まぁ、どんなボールでもカゲルの頭に合えば得点間違いなしだな!』
マギニューはそう考え、あえて適当なクロスをファーサイドに出した。そこには頭一つとびぬけた月火野が待っており、ブラジル人のダニエルがマークについていた。
(なんなんだ!?このジャップは!ふにゃふにゃしているようなのに…オレの寄せをものともしねぇ!)
ダニエルが激しいチェイスをかけるものの、月火野はピクリとも動かなかった。
「なーんだ~、ダニエルくん成長してないなぁ…こんなんじゃ、僕を止められないよ?」
月火野が跳ぶ、それに合わせてダニエルも跳んだ。
その不思議な光景は、昨年のJリーグでもよく見られた光景だった。
月火野が跳び、5秒以上が過ぎた。それより遅く跳んだはずのダニエルが先に地面に落ちる。そして、ノーマークになった月火野はまだ空中にとどまり、二秒ほどあとのクロスをきっちり頭に合わせた。強烈なヘディングはフラーテスの虚を突き、飛び込んだ反対側のネットに突き刺さった。
その滞空時間、約9秒。
「ご、ゴーーーーーーール!!先制点は名古屋!『空を歩く人』、月火野が異次元のプレーで得点ンンンッ!!」
名古屋側のサポーターは歓声をあげ、景コールが会場を支配する。ここから、試合は完全に名古屋ペースとなった。
月火野景がその才能を発揮したのは4年前、J2で燻っていた静岡県出身のMFであった月火野に目をつけたのは、名古屋の守護神、奈良篠だった。
たまたまテレビで見た試合に、敵のクリアを異常な跳躍力で味方側のボールにしていた選手を見て、この選手は伸びると思い、監督に見せたことが名古屋加入のきっかけだった。
J2で大した結果を残していない19歳の若造の強豪への加入に、当初サッカー関係者は名古屋の首脳陣によく苦言を呈していた。「名古屋は顔で月火野を獲得した。」と書くライターもいたほどだった。
だが、月火野がその才能を開花させたのは、その年の開幕戦だった。
いきなりMFではなく、FWとして出場した月火野は、そのありえない跳躍力での滞空を駆使し、小野のクロスを悠々とゴールへ叩き込んだ。
そしてその試合、単純なクロスとヘディングの応酬で、月火野は5得点を記録し、一躍大型FWとして注目された。
その得点能力と、ヘディングの精度はサッカー関係者を驚かせた。
これが月火野景、『空を歩く人』のFW人生の始まりであった。
その後、名古屋は月火野が爆発し、22分に足元にきたパスをトラップで浮かし、右足で振りぬき二点目。さらに42分にマギニューのループパスをダイビングヘッドで叩き込み、ハットトリックを達成。
V東京のサポーターは意気消沈し、次第にその声も小さくなっていった。逆に、名古屋のサポーターたちはタイトルへの期待から、爆音のような大声を出して選手を鼓舞していた。
試合は0-3で名古屋のリードで後半を迎えた。