天皇杯 決勝にて
時は2013年1月1日にさかのぼり、場所は国立競技場。
ここに今、険しき戦いを勝ち抜けてきた2チームが集っていた。
「天皇杯決勝…国立競技場…モチベーションはビンビン…行くぞテメェラ!勝ァつ!!」
『オォ!!』
緑を基調としたユニフォームの左袖に黄色のキャプテンマークを巻いたヴィリジス東京のDF、原が円陣を組んだ仲間たちに吠える。
それに呼応してV東京のスターティングメンバーの面々も大きな声で吠えた。国立競技場は恐ろしいほどの熱気に包まれていた。
エースストライカーの重波は一人、異常に意気込んでいた。最終節にゴールを決めきれず、得点王を対戦チームのエースに掻っ攫われた若人は、チームのだれよりもタイトルを望んでいた。
(アイツには負けねぇ…この試合、すげぇのをぶち込んで日本代表のエースももらうぜ!)
反対側のピッチには、赤を基調としたユニフォームに身を包んだ名古屋クラージュの選手たちが、ポジションへと移動していた。
ゴール前、ポストの横に置いてあるスポーツドリンクを口に含みながら、一人ゴールを見つめる選手がいた。かつて日本代表のゴールを山のような落ち着いたプレーで守った名GK、奈良篠 典克である。
「…久々だな…国立…。」
二年前、同じ天皇杯決勝の舞台で国立で戦い、惜敗を屈したのを思い出す。奈良篠は自然と拳を強く握りしめていた。
「今度はあんなゴールは決めさせん…。」
現在36歳になった奈良篠が決意をしていると、不意にある選手が目に入った。
「お、おい、景!お前のポジションは一番前だろうが!なぜこんなとこにいる!?」
「あ、ならっしー…いやね~、今ね~、ポカリの飲み比べしてんの。どれが一番おいしいかな~って。」
その選手は、185センチの奈良篠よりも軽く10センチは上の体躯にもかかわらず、どこかふにゃりとしているように見える。顔も今はやりのアイドルのような整った顔をしていて、とてもサッカー選手には見えなかった。
「景、それはあとでやれ!もう試合が始まるぞ!」
奈良篠ももう慣れているのか、頭をおさえながら彼を前線へと追いやった。
「ん~、じゃあ今日も得点決めてくるよー。」
のっそりとした歩調で歩いていく彼に、奈良篠は少し不安を感じた。だが、その不安が杞憂であることも理解していた。
なぜなら、今季チーム内で一番得点をとり、得点王にも輝いたのは彼―月火野 景なのだから。
「さぁ、天皇杯決勝が始まろうとしています!!
昨年も栄冠を手にした国内最強のチーム、ヴィリジス東京!そして、最終節で二位に勝ち上がり、ACLの舞台への切符を手にした名古屋クラージュ!!
今年はどちらが天皇杯を制すのか!」
国立競技場に実況のアナウンサーの声が響く。サポーターたちも熱気に包まれ、選手紹介を待ちわびていた。
「えー、では選手紹介に参りましょう。」
「まず、ヴィリジス東京、フォーメーションは見慣れた4-2-1-3。
GKはファン・ウィル・フラーテス。DFは右から天堂、ダニエル・ウィーカー、キャプテン原、知田。この試合も天堂が一列下がっています。次にボランチは足原、そして引退した新井の位置に幹野が入ります。トップ下には日本代表の中核を担う、『奇才』世良。そして前線は、右から成長中の春山、エース重波、ドームのいつもの陣形ですね。」
選手が紹介されるたびに、サポーターたちが選手各々の応援歌、チャントを歌う。大声で歌われたそのチャントで場内はますます盛り上がった。
「次に名古屋クラージュ。フォーメーションは4-3-2-1。
GKは元日本代表の奈良篠、DFは右から田中洋、元V東京の羽根野、シャン・イムル、田中満。サイドバックの田中洋、満選手は双子のプレイヤーです。3ボランチは右から、世田、ダニウルソン、織田。サイドは左にマギニュー、右に小野です。そして、ワントップを昨年の得点王、月火野がつとめます!」
次に名古屋のサポーターの大声援が会場を盛り上げる。選手たちそれぞれの応援幕がゆらゆらと国立競技場に舞っていた。
今年初めてであり、昨年度最後の戦いが始まろうとしていた。
「さぁ、試合が開始します!天皇杯決勝を制すのはどちらのチームか、今キックオフです!」