アウローラ伊勢の二人の救世主
「それでや、かわみ。今季、アウローラの目標はJ1への昇格、戦力的にはJ1クラス言われてるしそろそろJ1昇格を狙ってもええ陣容や。ほんで、うちのGMはお前に声をかけたんや」
新井は伊勢市にあるアウローラ伊勢FCのクラブハウスの一室に連れられていた。車内で渡された選手たちのデータを読みながら、西条に聞く。
「で、そのGMさんとはいつ会えるんですか?」
「もうすぐ来るわ、その前に今決まってる移籍情報を教え…あ、もうきはった!」
無機質な部屋のドアがキキィーと音を立てて開く。
「はじめまして、新井川未選手。私がアウローラ伊勢FCのGM…あきっていたぁっ!」
「…え?」
「だっ、大丈夫ですかー?琴ねえさん。怪我してはりませんー?」
現れたのはスーツ姿の美しい女性だった。新井は目を丸くした。そのGMがいきなり何もないところでこけたからだ。
いや、それだけではない。GMとは思えないほどの美貌に加え、女性GMという二つのことに新井は目を丸くしたのだ。未だに目の前では、西条がGMを心配してオタオタしている。
「コホン、改めまして、私がGMの秋田 琴です!初代GM、秋田都の実の娘なんです!」
すっかり最初の硬さがとれた秋田は、まだ20歳ぐらいに聞こえる高い声で自己紹介を終えた。
「……あ、新井です。監督をやってもよいですが、先に移籍候補を教えてほしいのですが。」
そして新井はもうそれにしか興味がなかった。ただのサッカーバカである。
「あ、私に質問とかは?」
「特にありません」
ニッコリと笑う新井に琴は言葉を失くす。それに西条が「サッカーバカやからしゃーない」と言ってフォローするが、琴は明らかに不機嫌になってしまった。
「まぁいいわ、移籍のことね。まずユースから二名選手を昇格させるわ。CBからボランチができる結木太一くんと、クロアチアとのハーフで岩城さんの後釜になれる逸材のDF、颯・アンドロフくん」
「ほぉ、クロアチアですか。それはそれは…ほぉ。」
「次に、ブラジルの二部からFWを獲得したわ。完全移籍よ。爆発的なスピードと確かな得点能力が売り、ヴァレッドっていう選手。ここまで言った三人は来月にチームに合流するわ。」
「ヴァレッドは俺が探してきたんや!ええ選手やで!」
「スピードスターですか…使うならサイドですかね。」
移籍情報の途中で琴がいきなり立ち上がる。そして高らかに宣言した。
「そして!これがすごい移籍!ストークでスタメン定着した雅がアウローラに帰ってくるわ!しかも複数年契約で!!」
「それはすごいですね、僕も現役時代にニュースで見ましたよ。雅くんのプレーは素晴らしい!」
新井も興奮し自然と立ち上がる。西条は少し引き気味で、二人のサッカーバカを見ていた。
「さらにさらにーっ!」
「さらに!?」
「柏の中盤を掌握して去年ブレイクした紀則翔の完全移籍もけってーい!今年こそ昇格よーっ!」
「紀則くんですか!僕も彼には苦戦しましたよー、って、ん?」
新井の中で新たな疑問が生じた。自分が本来知らないはずの選手たちの情報があるのだ。それが何故かはわからなかったが、とにかく新井はこのアウローラ伊勢FCに魅力を感じていた。
「そして最後の、たぶん最後の補強が…新井川未さん、あなたなのです!」
琴は新井の顔に指をさす。
「…契約は「その話はいりません!!」…え?」
契約の話をしようとした西条を新井が遮った。指をさしていた琴も、西条も目を丸くする。
「私は現役時代、無駄に金を稼ぎました…。そしてその金は全て使わず、最低限の生活費に使っていました。よく幼馴染に怒られたものです…。」
「は、はぁ。」
琴は何言ってんだ、このオッサンという顔をして新井を見る。だが、新井はめげることなく続けた。
「お金なんていりませんっ!あなた方フロントが私を切らない限りっ!私はこのアウローラ伊勢FCを勝利へ導き続けましょう!」
翌日、ニュース番組で一つのニュースが伝えられた。
『昨日、サッカーJリーグ二部のアウローラ伊勢FCに、元日本代表で『糸切り鋏』の愛称で知られた新井川未さんが監督として就任しました。』
「な、なにぃっ!?あの男ぉ…!」
そのニュースに怒るものがいたのは、また別の話。