新井、引退を迎える。
後半42分、試合はヒートアップし、両チームが果敢に攻撃をし、そしてそれを全力で守る図が繰り返される。
浦和は、原田・マルシー両FWが怒涛の連続シュートを放つが、それをV東京守備陣が決死の思いで守る。
逆に、V東京は中盤を落ち着かせながら、冷静にゴールを狙っていた。ドームがドリブルで守備を切り裂き、重波がシュートを撃つ。ルーキー春山もサイド突破や積極的なシュートで浦和ゴールを何度も脅かすが、ドームは次第に日本代表の『カッター』山田鴨介に抑え込まれ、春山も同じ年の野田に苦戦するなど、攻撃は停滞していた。
しかし、中盤の支配権は9割がV東京のものだといえるだろう。足原が高精度のパス技術でパスを散らせば、世良が理解不能のコースチェンジでパスカットを防ぎ、守備では、新井がカットし続け、浦和の中盤は確実に支配されていた。
試合は確実に、V東京が支配していた。
ようやく試合が動いたのが後半ロスタイムの46分。
「くっそ!こんなんじゃ、僕はいつまでたってもルーキーのままだ!」
右ウィングの春山がついに野田を突破し、大きくクロスをあげる。
これは大きすぎて、DFにクリアされるがセカンドボールを上がっていた足原が拾う。これを足原は新井へパスする。
「ここだっ!」
そのパスを世良がコースチェンジし、左サイドのドームにわたる。
『そろそろ結果ださなきゃね、ブラジルにかえされちまうよ!』
ドームは今日の試合一番の速度で左サイドを駆け上がり、その勢いのままクロスを出した。そのクロスは重波の頭にジャストミートし、大きくバウンドしゴールを襲うが、DF日比野がダイビングヘッドでこれをクリアする。
「くそっ!まだ!」
セカンドボールを拾うのはまたもV東京。世良がこのボールを胸トラップで綺麗におさめ、そのままミドルでゴールを狙うも、キーパー岸上が飛び込みこれをはじく。
攻撃はまだ終わらない。はじかれたボールは山津が拾い、クリアするものの不十分。クリアされたボールを新井が拾う。
新井はすでにスタミナが尽きていた。それを常にマークしていた小田は気づいていた。
(今なら奪えるっ!最後くらい華持たせてもらうぜっ!)
小田はボールをトラップした新井を前に向かせまいと、正面からチャージをかけにいった。だが、すぐに彼は動けなくなった。新井が全く動かないのだ。
「…スタミナ切れか?好都合だ、ボールはとらせてもらうぜ!」
小田はこれを好機とみて、ボールを奪いにかかる。しかし、なぜかその一歩が踏み出せなかった。
「……スタミナ?もうそんなもの関係ありませんよ、小田君。」
また、小田は動けなくなった。しかし、今度は新井が動かないからではない。
「小田君、最後まで僕に勝てない小田君で終わってください。」
小田の目には、新井がとてつもなく大きく見えた。そればかりか、新井に疲れが見えなくなった。
「これが、僕の最初で最後の『攻撃』です。」
新井は急に加速した。反射的に小田は身構えたが、それを嘲笑うかのように新井はルーレットで小田をかわす。
続いて、小田の相棒平野を簡単なフェイントでかわすと、下がってきた美茂・宇賀の二人をドームに視線を送るだけの簡単なフェイントで突破。さらには山津をシザースでかわし、日比野に至っては強引に突破してしまう。
V東京の選手たちも度肝を抜かれたかのように、誰も動こうとしなかった。何より、新井がフォローを望んでいなかった。新井の目は、普段の温厚な性格からは想像もつかないほどぎらついており、近寄れなかった。
サポーターや観客も凍りつき、今日引退する選手の独壇場を静かに見守っていた。
「岸上さん、あなたで最後です。」
「っ!…止める!」
決死の思いで飛び出した最後の壁、岸上を嘲笑うかのように新井はループシュートを放った。
満員のスタジアムにボールが静かに転がる音だけが響く。
『ご、ゴーーーーーーーーール!!!!ヴィリジス東京!ロスタイムに追加点!だれもが息をのむようなプレーを見せつけたのは、今日をもって引退を迎える新井川未選手!!
わ、我々は忘れないでしょう!この劇的で、そして圧倒的な1分間を!』
実況のアナウンサーの声で、スタジアムが大いに沸く。浦和サポーターも驚嘆の悲鳴を放ち、V東京サポーターは喜んだ、ただただ喜んだ。
そして、今日を最後にもう決して見ることのない、新井川未の最後のプレーに涙を流した。
「やっぱり…俺はあなたのような選手になりますよ、新井さん」
世良はそうつぶやき、自陣へ戻った。
「…んで、お前は引退するんだ?なんでだ?」
小田はそう嘆き、ピッチへ膝をつく。
こうして、新井川未という伝説を作った選手が引退した。
新井くん化け物すぎぃ…(笑)
まぁ、スター選手はこんな感じで終わってもいいよね…よね…。