05.<修練所>と<木人組み手>
兜を再び着け、ヘルプで武器が装具ショートカットに登録し出し入れる事が出来る事を思い出し、軽く凹みながら両手剣と盾を収納。
それから<鎮守の杜>から徒歩で移動すること15分。
イゾルデとはぐれ無い様、手を繋いで<初日>を楽しむプレイヤーで溢れる<ガーデンヒル>の街を出た直後から、
「ずえええええええっい!!」
「せい、せい、せいっ!!」
「うおりゃあああぁあああぁぁ!!」
動きは鈍いが、一撃一撃を真剣に修練用の<木人>に叩き込み修練をしているプレイヤーの姿が見える。
「やってる、やってる。木人相手の修練とか、懐かしいな。」
「私はその時居ませんでしたから解りませんが、ご主人。修練とはあの様に叫ぶものなんですか?戦闘中にあの様な声を出せば<聴覚識別>系のMOBで無くても気が付きますよ?」
あれは、気合いを入れてるだけだと。イゾルデに説明しながら舗装された街道を行けば。
アディさんから聞いた<ガーデンヒル>の東門を抜けて直ぐの<修練場>と言う場所に出る。
この<フォリア>では、<初心者>が最初からMOBとの戦闘を想定している訳だが。剣や弓と使ったことの無い<現代人>に、ゲーム内の補正が在ったとしても、まともに当てられる筈も無く。
弓の練習用的に、一心不乱に矢を撃ち込む少年の姿も見るが、命中率は一割から二割と言った所。
「弓は、最初は当てるまで厳しいけれど、極めると矢で<狙撃>出来るからな…しかも、重鎧の隙間狙いで。」
俺も、最初は弓矢とかに憧れたが…あまりの難しさに諦めた一人であり、弓を極めたあるプレイヤーに、近づく事も出来ず完敗した記憶を思い出し一人苦笑する。
横を通る時、その少年は矢の補充中だったので思わず。
がんばれよーと、声を掛ければ。少年は、きょとんとした顔になり、暫くして破顔。はい!と元気な声で返事をする。
俺は手を振りながら、イゾルデは軽く頭を下げ、<修練所>の受付のある石造りの立派な一軒家に向かって歩いて行く。
「と、言う訳で。基本的な各<スキル>の動きと<戦技>や<術式>を練習するのが、修練所と言う訳だ。」
「ご主人、確かに、現実世界の武術初心者が<熊に一撃入れろ>と言われれば躊躇しますし。あれ、TVで何か取材中熊に襲われて返り討ちにして熊鍋にしたリポーターが居ましたが?」
「あれは、人類の範疇外で人の姿をした何かだ、まず剣の振り方から解らない人が多いからな。」
さて、<ガーデンヒル修練所>と刻まれ、剣と盾が重なったデザインの看板が掛かった一軒家に到着。
簡素な、それでも丈夫そうなドアを押し開けると、様々な練習用の武器や防具が並べられ立て掛けられた空間が現れる。
「おう、剣士さん修練かい?」
そう呼ばれたので、振り向けば従業員であろうか男性がカウンターで様々な武器の整備を行っていた。
「そうです、ええと。」
「俺は、プレイヤーじゃないさ。曰く、GMって奴だ。」
そういうと、表示枠を展開<GMNo.61:【修練所担当】ウェウムラ>と書かれ文面が浮かび上がる。
「GMさん、だったんですか。」
「そうだ。で、どの武器の訓練がしたいんだ?見れば結構特殊っぽいからな、気になって声を掛けてみたんだ。」
「そうですね、武器は自前の<引き継ぎ特典>の分があるので場所を教えていただければ。」
「オーケー、<引き継ぎ組>か。近接、遠距離、魔法と場所が三カ所に別れているから、地図出しな?」
ウェウムラが、空間上に羽根ペンを射出して掴む。
言われるまま、地図を出すと。ウェウムラさんに、四カ所に丸印を描き込まれる。
すると、この場所に来るまでの道のりと街以外白紙だった地図の丸を描いた部分に、詳細な場所な地名や地形が浮かび上がる。
3つは、この<修練所>周辺の<近接><遠距離><魔法>の個別修練場所だが、1カ所だけ街から離れた位置に丸が描き込まれたので。
「ここは?」
「剣士さん、腰に<屍霊術>の魔法書あんだろ?ここは、判りにくいからな、おまけって奴だ。」
地図上を見れば<月陽の当たる墓所>と書かれており。
「ありがとうございます!ウェウムラさん。」
「まぁ、いいって事よ。…後ろのお嬢さんは<騎龍AI>って所か…ああ、すまん。GM<スキル>を使っちまった。」
なんと、GMに成れば、大体の装備や個人情報まで確認する事が出来る様だが。ウェウムラさんは、あまり使いたくない様子。
「騎乗<スキル>のスペースはまだ無いからな、暫くは我慢してくれ。それと、修練所では各スキル3~4までは上がりやすいがそれ以降は、フィールドでMOBを狩ったほうが早い。頑張れば一応Lv7までは上がるがな。」
ほれ、と手渡された<表示枠>には【修練所仕様書】と書かれており。
ありがとうございます、と修練所の仕様を確認。木人相手には武器防具の<耐久度>を減らさずに修練出来ると言う事と。初期の<スキル>や、簡単なポーション等の<消耗品>購入する事も可能だそうな。
「それと、装備と自分の<アビリティ>は確認しておいた方が無難だぜ?」
それもそうだと、確認してみる。
【プレイヤーネーム:ジン】
<根源:魔人>
<称号:重剣士>
<STR:9+3><AGI:5><VIT:9+3><DEX:5><INT:1><LUK:1+9>
武具(右):初心者用バスタードソード(HQ):Atk+18
武具(左):初心者用シールド<剣盾型>(HQ):Def+8 打撃/打突可能。
副武具(1):初心者用ナイフ(HQ):Atk+5
副武具(2):初級屍霊術魔法書(HQ):Matk+5 <不死族><死霊族>との契約率上昇。
やはり、<引き継ぎ特典>で貰った武具類は高品質だったようだ。
バスタードソードは、初心者用と銘打っているだけあり、バランスが良く手に馴染むような適度な重さ。
それに、両手持ちと片手持ちに対応する絶妙な刀身のサイズも良い感じだ。
盾の形は<剣盾型>と表記されており、片手剣が扱いやすい<手盾>と呼ばれるおおよそ30㎝から60㎝ほどの物。
先は尖っている上、補足に打撃と打突可能の文字。様々な用途に使えそうな雰囲気を漂わせる。
防具(全身):初心者用ポイントプレートハードレザーメイル(HQ)合計Def+38(6/15/5/8/4)
防具(頭):― 防具(胴体):― 防具(腕):― 防具(脚):― 防具(足):―
これも、全身防具を装備している為に1箇所。全身と言う部分だけが表示されている。
隣に書かれた数字は下段の各場所に対応しているようだ、個別破損対応用のDef表示か?
しかし、この重鎧。身体に触れている部分にはきっちりと綿の裏地が仕込んであり。表面の革は硬く煮詰めたハードレーザーで初期装備としては十分。
胸部等の重要な部分や小手や脛には薄く伸ばした鉄の板が張り付けられていて、多少の攻撃を貰っても耐えうる事が出来るだろう。
装飾具(1):小さな重剣士の紋章 Def+1 <両手剣系スキル>経験値微量上昇。
装飾具(2):―
呉さんから、アブーチメント特典として貰ったピンバッチには、初期装備を出すだけで無く。防御力が上がり、更に両手剣系のスキル経験値の取得が少しだけ上がるという物。
「なんと、まぁ。良い装備を貰ってたんだな…。」
イゾルデも、その表示枠を覗き込みながら。
「ご主人、なかなか良い装備ですが…。」
と、イゾルデが自分の<アビリティ>の表示枠を目の前に差し出せば。
【サポートAIネーム:イゾルデ】
【マスタープレイヤー:ジン】
<種族:伏龍>
<位階:ファヴニル>
と、表示されており、ここまでは問題は無い。むしろ問題はこの先の<アビリティ>だ。
<STR:50+1><AGI:67+1><VIT:38+1><DEX:44+1><INT:30+1><LUK:37+1>
なんだと、これは<F/O>そのままのファヴニルの<アビリティ>に<各能力スキル>を乗せた状態じゃないか!?
「こ、これは、イゾルデ…不味くないか!?」
「いえ、その先の表示をお読み下さい、ご主人。」
促されるまま読めば。
【このデータはマスタープレイヤーの成長段階により段階的に解除されます。現在能力上限値:2割】
2割って事は、二掛けで計算して…<STR:10+1>か。初期段階でも十分に高い数値だがこれなら問題は無さそうだ。
「ふぅ、これなら大丈夫かな、よかったー。」
「安心するのは、まだ早いですよ、ご主人。更にその先の特記事項をお読み下さい。」
【<人間化>スキル習得済みの為、人間形態でも騎乗以外の<アビリティ>と<スキル>が使用及び一部習得可能】
「人間形態で、成長すれば…人型のファヴニル…状態だと…。いや、スキル補正で更に上に行く可能性が…。」
「その通りです、ご主人。」
なんともまぁ、恐ろしい仕様だな。
元々<F/O>でイゾルデを偶然テイムした事自体が<奇跡>と言うものなのだが、仕様なのだから良いかと楽天的に捉えるしかない。
「さて、ご主人。現在手元に初期資金として配布された1000ゴールド換算の金貨が2枚在りますが…如何いたしますか?」
「ん、何かあった?」
イゾルデが指し示す、その先には<スキル>販売所と書かれた場所であり。
そうだな、生産系スキル<鍛冶>と<冶金>を控えスキルに回して空きスロットを2個作る。そして、スキルの種類と値段を確認。
「本当に初心者用だな、数も少ないが基本は押さえている。」
とりあえず、懐かしい<脚力>と実戦で重要な<踏み込み>の二つを購入しメインスキル枠に登録。全て一つ250ゴールドと良心的だ。お釣りの100ゴールド銀貨5枚をイゾルデに手渡す。
「イゾルデは、欲しい時に欲しいと言わないからなぁ…欲しい<スキル>があるなら買おう。」
「良いのですか、ご主人?」
「良いよ、まだ余録はあるんだし。イゾルデが必要だと感じたのなら、それは俺に必要な物なんだ。」
はいっ!と嬉しそうに。スキル販売所で店員に相談して<サポートAI>でも使用可能かどうかを問い合わせ、購入したのは<料理>と<調合>。
「今検索しましたが。<フォリア>での調理は現実世界の調理とほぼ変わりませんので、覚えておいて損はしませんから。」
見た目の年齢相応の少女の笑顔で、軽く身体を回して嬉しさを表現する。
「おふたりさんよぉ、そろそろ甘い雰囲気で、おっちゃん倒れそうだぜ?」
と、スキル販売のNPCがげんなりとした表情で、此方をみていたが…甘い雰囲気ってなんだ?
「じゃ、まずは近接系の修練所から回ってみようか。」
「はい、ご主人。」
武器の整備をしていたウェウムラさんと、丁度話していた初心者の弓使いのあの子に挨拶をして。二人手を繋いで扉を開けて外へ。
青空の下、地図に描き込んで貰った近接系の<修練所>の場所に二人並んで歩いて行く。
* * *
現実には。片手に盾を持つ戦闘方法は、防御力やガード、受け流す力は増すものの。自らの攻撃の方向や機動性を阻害したり制限し、なかなか難易度が高い物である。
だが、なぜ<フォリア>で初心者向けと言われているのか?
それは、<アビリティ>や<スキル>という補正があり。対MOBならば、受け止めたり、受け流したりする事で極力被害を減らす事で、継続戦闘能力の向上はもちろんの事、生存率も高まると言う部分にある。
更に、補正のお陰で片手剣は扱いやすく、取り回しも楽だ。
そう言った<防御>と<取り回し>と言った点から、初心者ならばこれを取れと言われる代表的なスキルとなっている。
だが、俺は真っ向から逆の事をしていた。
目の前の<木人>に対して、相手が様々なスキルを撃ってきた事を想定した動きを作る。
<木人>は様々な武器を持った状態で現れる<ランダム>モードを利用。
槍を持つ<木人>ならば、脚力を生かして背を屈めて突っ込み、柄の中程を盾の面部分を叩き付け外側に払い、下段から<両手剣>バスタードソードの刃を立てて胴の脇腹部分に切り込む、逆の対角線上にある部分に向けて力一杯<握り込み>身体を回す様に一気に切り払う。
「せいっ!」
と、短い呼気を放ち。再度、倒れかけた相手の顔面の部分に盾を叩き付け。更に、踏み込み距離を取る。
そして、<両手剣Lv.1>の<戦技:切り落とし>を発動、最上段から一気に<スキルマーカー>目掛けて振り下ろせば。
<木人>は、唐竹割の如く半分に根本まで割れ、砕け散り。数秒後、何事も無かったかの如く再び現れ…俺にまた破壊されていく。
俺にとって盾は、防御手段でもあり攻撃手段でもあり、なにより手数が増える武具。
攻撃出来る事に気が付いたのは、<F/O>時のギルドメンバーが屍喰鬼の顔面を盾で叩き潰していた時だ。そのメンバー曰く、
「殴れるんだもん。殴らないともったいないお化けがでるわさ。」
あの時、あの意味不明な説明を聞いて理解した俺も、幾分かオカシイが。
しかし、魔法や弓だけは対処法が避けるか見切って受け流すしか思いつかない…が、踏み込んで盾の尖った縁で殴りつけた<木人>が盛大に吹っ飛び、気の抜けるピロリーンと音と共に100体目の表示が。
目標の百体終了。暑いので無造作に兜を外して、復活したばかりの木人に引っかける。
<表示枠>のSPは、先端が少し黒くなっているが、まだまだ余裕はあるみたいだ。
「ふぅ、平原に吹く風は、やっぱり気持ちが良い。」
「お疲れ様です、ご主人。相手がスキルを使ってくる事を前提とした、木人百体組み手。」
「久しぶりに、このキズキ師匠考案の修練やったけど、複合的にスキルを使う分、特に<身体能力向上>の上がりが良いな。」
「持ちうるスキルを全て連動させ効率的に動けば、勝利に繋がる・・・でしたよね、ご主人。」
「更に追加するなら、勝ちたければ、頭も心も体も全部動かせ!も、言われたな。」
しかし、気が付けば、周囲にズラリと見学者が。相当ざわついて居るのは如何な物か?
「すみません、あまり見ていて面白い物じゃないですよ?」
「あまりに良い動きだった物でつい見学と、目の保養を。」
代表の槍使いと思われる、髪を無造作に撫でつけた金発の青年の言葉に全員、うんうんと頷いている。一部、デカ武器美少女キターとか言っている奴は放っておく。
青年が大きく、手を二回打ち鳴らし。
「さて、皆さん見学は終わりだ!得るもは得た、次は皆が、得た物を修練に生かす番だ!!」
騒がしいながらも、皆。自分の修練の為に戻っていく。
それにしても…なかなか、良い事を言うじゃないか青年。
そう思いつつ、俺は…
「では、さらばだ!お嬢さん方、また縁があったらな!」
槍を高く上げて、修練所の方に歩き始める、金髪の青年。
金髪の青年よ、お前もか!そう思いながら俺は。
「俺は男だぞ!」
「えっ!」
金髪の青年は槍を高く上げたまま、まじまじと此方を見て固まる。
頬を、軽く掻き何か考えてから。てくてくと、進んだ道を俺達のいる場所まで戻って来た、金髪の青年は。
「すまない、てっきり女性だと勘違いしていた。」
「いや、最近。俺に、女装させようと言う輩が身内に居てね、すこし過剰な反応をしてしまった。」
「そうか、辛い日々だな。俺はレイジ。見ての通りのしがない槍使いだ。」
「ジンだ。基本は両手剣。ちょっと特殊でね、すまないが後の情報は秘密にしたい。」
お互いの眼をみてニヤリと笑い、どちらとも無く握手を交わす。
双方とも、考える事は同じなようで。
そして、レイジはイゾルデの方を見て彼女は?と聞くので。
「<サポートAI>のイゾルデと申します、レイジ様。以後、ご主人と共にお見知りおきを。」
うん可憐だなと、感心してレイジは言うが。俺もその部分については、異論はない。
聞き耳を立ていた周りの野次馬も、<サポートAI>と言う言葉に再びざわつき始めた。
「そうだ、ジンさん。【フレンド申請】してもいいか?」
「なんか、レイジさんって周りの雰囲気的に有名人ぽいけど、良いのか?」
「そんなに有名じゃ無いさ、ジンさんとイゾルデさん。君達二人は、なんとなくだけど、面白そうだからな。」
「ジンで良いよ、レイジさん。お互い年齢近そうだし。」
「ん、それでは、ジン。君は一体何歳なんだ?」
「現在、大学の修士課程2年目だから…浪人してるし、25才だな。イゾルデは、<F/O>出身のAIで約8才だったか?」
「いいえ、ご主人。とあるAIが言いました<AIは毎日データを更新するので常に0才だ>と。それに女性に年齢を尋ねるのは失礼ですよ、減点です。」
俺とイゾルデの会話にレイジが、はははっ!と目の端に涙を浮かべ笑い。
「再びすまない、ジン。正直に言うと十代前半か中盤かと思っていた、自分の事もレイジで良い。年齢は24だ。」
くっ、レイジとは、おおよそ20㎝ほどの差が。ほぼ同じ年齢で、この身長差だと…なぜだ、遺伝子よっ!!
絶望するのは、現実世界に戻ってからとして。送られてきた、フレンド申請を受諾する。
「よろしく、レイジ。」
「宜しくお願いいたします、レイジ様。」
「こちらこそ、改めて宜しくジン。イゾルデさん。」
改めて握手を交わす俺とレイジ。そしてイゾルデ。
周りの野次馬の反応に聞き耳を立てれば。
「Oβ攻略組の二番手だぞ、あのレイジさん。」
「あっちの白髪の子も、動きは良かったけど…Oβで見なかった。」
「<引き継ぎ組>じゃねぇの?<F/O>の有名所だと<赤熊>に<龍牙><氷刃>とかあんな感じだぜ。」
「あの重鎧、中央広場でドラゴンに乗ってた人じゃあないか?」
「25才だと…合法ショタキター(がはぁ…」
「いや、あれは…」
そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。
レイジは、ん、直ぐ行くと誰かと<囁き>を交わし。
「ジン、時間を取らせてすまなかった。少し急ぐ用事が出来たので、これで!また合おう!!」
ガーデンヒル方向に向かって歩き出すレイジの背を見ながら。
「レイジ。良い友人が出来たと言う事に感謝する!」
レイジは槍を高く上げ、軽く回す。俺たちに対する返事のようだ。
「気持ちの良い方でしたね、レイジ様。」
「Oβ攻略組2番手って聞こえたから、相当な手練れだろうに…良い友人が出来たな。」
「ええ、本日に入ってお友達が三人も増えましたね、ご主人。」
「あー、今まで、友達居ないっていう風に聞こえなくもないが。出会いって言う物は良い物だな、イゾルデ。」
良い台詞を言った!と、個人的に良い気分になり。
空を見上げれば、陽の光が陰り始めるのに気が付く。山々に囲まれたガーデンヒルは、日が沈むのも早い様だ。
* * *
レイジと別れた後、修練所にある一軒家まで戻り、時刻を確認。<表示枠>の時間帯は16時になるかならないか。そろそろ、夕方の時間帯に入る。
昼から夜へ移行する間隙の時間。
<夜目>等の視覚関連や<術式:光>等の魔法系スキルを持たないプレイヤーは、<逢魔が時>の中途半端な暗さで判断が狂い「まだ少し見えるから戦える」と戦闘を続行。
そして、夜行性のMOBが一斉に行動を開始し、慣れないプレイヤーは連続での遭遇戦が増える事になる。
そうして消耗し最後には耐えきれなくなり死に戻り、<ガーデンヒル>の中央広場が非常に混雑すると予想される。
しかし、俺は。
「今から<月陽の当たる墓所>に、行ってみるか。」
普段ならこの判断は悪手だ。この時間帯から夜にかけて死霊系や不死系MOBに挑むのは、自殺行為に等しい。だが、死霊系や不死系MOBは、陽のある時間帯には出現しにくい。
しかし、此方には<屍霊術>と云う問題がある。
何でも良いので<屍霊術>用に<契約>しなければ、<術式>さえも使えない。最も使いにくい【不遇スキル】の地位を盤石にする理由の一つだ。
「<屍霊術>ですね…ご主人。死に戻りの待ち合わせ場所は<鎮守の杜>にしておきましょう。」
イゾルデも、俺の<木人>組み手を見ているのである程度、意図を察したのか。
既にどちらかが死に戻るか、それとも両方かを考えて待ち合わせ場所を決めている。
「そうだな、<鎮守の杜>が転移門からも近くて良い。此方は装備は比較的良いとは云っても、戦力は2名。身体の慣らしは済んだけど、全盛期の<F/O>のスキルや<動き>にはほど遠い。」
<恐怖の騎士>の称号スキル使用の肝である<屍霊術>を取らないと、使い慣れた通常攻撃と<戦技><術式>の複数を組み込んだ連続攻撃が使えない。
慣れと云う物は、何年経っても身体に染みつき<木人>組み手でも幾度か連続攻撃に組み込みかけた。
「今回は<魔人顕現>と言う<切り札>が一枚あるけど、切るか切らないかは状況次第だな。」
<月陽の当たる墓所>は、ガーデンヒルの北東に当たる場所にあり。街の共同墓地なのだろうか、街から遠くない位置にある。
もし、大量にMOBを引き連れて街に帰還する事を考えると、ゾクリと寒気が走る。
最悪の状態は二人とも死に戻り。次点でイゾルデを先に逃がし、俺が殿を勤めて<魔人顕現>で数を減らした後、逃げ切る…逆は無しだ。最良は、何らかの不死系か死霊系と<契約>した状態での生存だ。
「ご主人、ご主人!悶え…いえ、考え事は、端に寄ってからして下さい。」
NPCの販売員と話していたイゾルデは、悶え…考え事をしていた俺を注意する。混雑する通路の真ん中で他のプレイヤーに邪魔に成ると判断したのだろうし、確かに邪魔だ。正しいので、その注意に従う。
「<初心者ポーション>は何本か欲しいな、値段は銀貨1枚か…。」
「嬢ちゃ…いや、兄ちゃん、<月陽当たる墓所>に行くんだってな?そこの、別嬪さんから聞いたんだが。<初心者HPポーション>3本買うなら<ランタン>つけるぜ?」
NPCのおいちゃんからの、有り難いお言葉。
「おいちゃん、ありがとう。それじゃ<初心者HPポーション>3本、お願いします。」
「昼間にスキルも買ってくれたしなぁ、良いって事よ!」
俺は、金貨1枚を渡して銀貨7枚を受け取り、カウンターに置かれた<薄い紅色>のポーションとランタンを<道具入れ>つまりアイテムインベントリに収納する。
さて、これで準備は整った。
「イゾルデ、現実的な<最悪の場合>を考えて動くけど、良いか?」
「無茶は、<F/O>時代から慣れておりますよ、ご主人。それでも、押し通すのが騎士の本懐…でしたっけ?」
ふふっと、小さな声を出して笑うイゾルデ。周囲の修練を終えたプレイヤーやおっちゃんが、半目になり此方を見ているのだが、気にせず。
まったく、厨二病を煩っていた時の旧い話を出してくる。
だが、それが懐かしくもあり…いや、死亡フラグだな。止めておこう。
「ご主人が、突発的に動く時はなんらかのフラグが立ちますので…。今回も何かあるでしょうね?」
イゾルデの呟いたこの台詞が、完全にフラグを立てていた事を理解するのは<月陽の当たる墓所>に付いた時だった。