03.<起源>と<根源>と
<起源>とは。
<ファンタズマ>世界において新たに発見された、その<血>に受け継がれる過去よりの贈り物。
<種の起源>を自ら認識する事により発現し、<起源>に応じた<スキル>と<補正>を得る事が可能となる新要素の事であり、
「では、早速。選んでみましょうか?<起源>は<変更>出来ませんのでー、慎重に。でも、自分がそうだったら良いなー、と気軽に選んで貰っても面白いですよー。」
と、呉さんが、<起源>の書かれた一覧表を提示、俺に差し出したので受け取る。
その一覧から、とりあえず適当に<起源:人狼>を押して説明分を表示。
内容は、
<起源:人狼>は、<咆哮>と言う、雄叫びを上げることによって相手を怯ませる<スキル>を入手し<STR+1>と<AGI+1>を<アビリティ>に加算するとの事。
もう一個、<起源:ドワーフ>を押し、説明を表示して見ると。
<起源:ドワーフ>。<鉱石発見>と言う鉱石を発見しやすくなる採集系<スキル>を入手して<VIT+1>と<DEX+1>を<アビリティ>に加算すると表示される。
「どれもこれも利点があって悩むな。戦闘系なら獣人関係か、竜人族…。あと、普通の人間なら<スキル>枠一個と好きな<アビリティ>2つに一点ずつ振れるのも良いな。」
一番下の方まで、一覧を進めて行くと<起源:インキュバス/サキュバス>と言った魔族や、<起源:サラマンダー>と言った精霊族等、多岐に渡る<起源>が設定されている。<起源:ビホルダー>や<起源:スライム>と言う物もあるのでネタとして取る人もいるだろう。
「で、一番下にこっそりと<ランダム>。嫌な予感しか無いんですが…呉さん?」
呉さんが言うには、開発曰く「漢は度胸!漢は一発勝負!」との事ですが…と、言葉を濁してから。
「<ランダム>は上記に記載されていない<起源>を引くことが在ります…が、低確率すぎてお勧めは出来ません。運営のスロットマニアが動作テストで目押しを試みましたが早すぎて駄目でした。次にAIが、目押しした所、AIでも解析処理不可能な速度でして。そのAI。実は私ですがー、匙を投げました!」
AIも匙を投げる速度。
研究者としては、是非見てみたい衝動に駆られ。
「イゾルデ…研究者として、怖い物見たさで、ランダムに挑戦するけども良いか?」
「どうぞ、ご主人。どのような<起源>を引こうとも、ご主人は、ご主人です。それに、<ヨルムンガンド>級AIの、呉様が対応出来ない速度という物を私も見てみたいですので…思い切りやってしまってください。」
隣で、砂糖が、砂糖が!と悶えている呉さん…俺の悶え癖でも感染したのか、残念それは不治の病だ。
覚悟を決めて、<ランダム>を押すと。
<ランダムモード起動します>と表示され、表示枠がスロット台を模した姿に展開し、大きめのボタンが出現。すると、スロットのロール部分にある表示枠の中央を、瀑布を激流…荒ぶる暴威と化した文字の奔流が一気に滑り落ちるかの如く、スクロールし始める。
「…駄目だ、これは見えないな、イゾルデ、速度解析出来るか?」
「無茶を言わないでください、ご主人。これは、<ファヴニル>級AIの処理速度を遙かに超えていますが…いえ、駄目ですね。AIの<時間圧縮>による解析を行うと、スクロールする文字が意味の無い乱数化して読めなくなります。」
「無駄に高度なプロテクトだな、良し。俺の専門外なのが解った。」
そういう事で、目を瞑ってボタンを手のひらでスクロールの文字列を見ずに押す。見えない物は、見えないんだから仕方がない。
すると、スロット表示枠から盛大なファンファーレとドラムロールが鳴り響き…チーンと哀愁漂う、何かもの悲しい音に恐る恐る目を開けて見る…。
選択完了:<根源:魔人>:確認 …キャラクターネーム【ジン】サーバー登録完了。
そのように表記され、スロットが止まっていた。
あれ、俺が説明受けたのって<起源>だよな、でも表示枠には<根源>って書いていて…ああそうか、良くある翻訳ミスとか、入力ミスって奴か…と自己完結に入る。
しかし呉さんは、椅子から飛び上がり。
「なっ、なんですとーっ!<起源>じゃ無くて<根源>まで入ってたんですか<ランダム>って!!」
俺も、その勢いに触発されて、問うてみた。
「く…呉さん?入力ミスじゃ無いんですか?<根源>って。」
呉さんは、聞こえてないのか頭を抱えつつ。「ちょっと、ジン様にイゾルデ様。運営に連絡して良いですか?」と言って何処かと連絡を取り始め。
俺とイゾルデは、理解できないまま顔を見合わせた。
***
「いやはや、取り乱して済みませんでした。」
「で、<根源>って何ですか?誤植じゃ無さそうな雰囲気でしたが。」
呉さんは、「はぁ」と、ため息と吐きながら。
「運営からGoサインが出たので説明いたしますがー、<根源>とは<起源>を有しない、つまり事象の祖である<単一存在>。よって同じ名称の<根源>は存在しません!<魔人>は人間と言う種族が人間という枠から飛び出した存在ですので<起源:魔人>は存在します。」
つーまーり、と前置きして。
「ジン様、あなたが<ファンタズマ>世界における<魔人>の祖。最初の魔人。<根源>となります!」
はい?俺が要するに、<魔人>という存在の祖と言う訳で。
慌てて、入手した<根源:魔人>の説明を表示してみる。
<根源:魔人>:人間の限界を<魔>の力を持って、踏み超えた生まれた<魔人>と言う<根源>の体現者。
<魔人顕現>スキル使用可能。
<STR+3><VIT+3><LUK+9>を<アビリティ>に加算する。
なんだこれは、既に<アビリティ>への補正がおかしい。特にLUK。
続いてスキルを見てみれば。
<魔人顕現>:魔人の<祖>たる力を現世に顕現させる。使用中SP上限値を徐々に消費。発動することによって、秘めたる力を最大限に<顕現化>する。【クールタイム:6時間】。
良く判らないので、ヘルプアイコンで<顕現化>の項目を検索。
<顕現化>:<全能力><全行動>を一時的に3倍に強化し、<貫通:確率(高)><全状態異常無効化>を得る。このスキルは他のバフスキルと重複する。<根源:魔人>【専用】。
更に、追加で<貫通:確率(高)>を検索。
<貫通:確率(高)>:高確率で攻撃対象の支援効果を貫通して攻撃を直撃させる。
予測ではあるが、一秒間に一回攻撃出来ると仮定し。<魔人顕現>を発動すれば、SP上限が在る限り、一秒間に三回攻撃攻撃出来きて、威力もおよそ3倍だ。
俺は、<稀なる一撃>を習得しているので、発動して効果が乗るなら更に倍率が跳ね上がる。
しかも、追加で<貫通>効果が発動すれば、相手側の自前の防御力以外は全て貫通する。
駄目だ、これはイベント<BOSS>ばりのヤバイ奴だ。
いくら、 クールタイムが長かろうが、SPの上限値を磨り減らし消費すると言うペナルティがあってもだ。
イゾルデも、スキル説明の表示枠を覗き込み。
「は…なんですかこれは、ご主人。このスキルがあれば、<F/O>の時の<ヴリトラ>辺りなら、良い勝負が出来ます。計算上、全条件が整えば三割程の確率で…倒せますよ…ぶっこわれ性能です。」
と、<F/O>の異常な生命力を誇り、状態異常を使わせれば最凶と呼ばれた上位<悪龍>の名前を出す。確かに良い勝負は出来るだろう、SPが切れない限りは…な。
「ジン様、申し訳ございませんが<起源>や<根源>は、一度設定してしまうとキャラクターを削除しないと変更が効きません。」
深々と頭を下げる、呉さん。
俺は、これは、運営的に想定外の事態なのかと考えながら。
「キャラクターを削除して、新規に作り直す方が良いですか?」
「いえ、逆なんです!運営からも、「是非そのまま遊んで欲しい」との伝言を承っております!」
ふむ、運営が<そのまま>で良いなら、それで良し。
だが、<根源>なのが他のプレイヤーに判ると、面倒な事になるのは間違い無い。
けれど、数年間封印していた<厨二病的思考>がひょっこりと顔を覗かせ、「息抜きがてら楽しんじゃえよ」と俺に囁く…気がした。
それに。
俺にしか見えていないのか、目の端に。ごく小さい表示枠が発生していて。
【君が、<根源>を選んだのは偶然の産物だ。しかし我々は、その奇跡に感謝し、君が<世界>を掻き回す事を楽しみにしているよ。by.開発担当一同】
と、文章が流れ消える。
イゾルデや呉さんに、気が付れかない程の隠蔽プログラム…ここの開発は遊びがすぎるが、面白いな。
「(開発もああ言っている事だし良いか)…と、言うことなので呉さん、ここままで行くよ。」
よかったぁ…と、疲れ切った表情の笑みを浮かべ。
呉さんは、イゾルデが座っているクッションにダイブイン。
イゾルデが大変でしたねと、尻尾の先の柔らかな毛で、ゆっくりと呉さんの頭を撫でる。
「あー、イゾルデ様。ちょっとこれは、あぁ…癒されますー。」
暫し、もっふもふのイゾルデの尻尾の先の柔らかな毛を堪能し、呉さんは仕事モードに再起動。
うー、よしっ!と、気合いを入れた呉さんは、全ての表示枠を収納し。
「以上で、キャラクター登録を終了させて頂きますー、本当にお疲れ様でした!」
* * *
さって、全ての準備が整った今、さぁ<フォリア>にログインだ。
くくく、楽しみだなぁ、再設計と新型RVの機能でどれだけ世界の解像度が上がっているか楽しみだ。
体感加速基<ヘベモス>も初体験だから、良いよな、うん良い。風や土の匂いまで、再現するらしいので楽しみだ。
呉さんが、イゾルデも軽々と入れるサイズの<転移門>を展開、維持、固定する。
固定が完了し、質量移動が可能な状態になったのを見計らい。
「これで、本当に最後ですが。」
まだ、何かあるのか。いや、何もない方がありがたいんだが。
「では!ジン様の<評価>発表です!!なんと、最高評価の<プラチナ>っ!取得出来たのは全プレイヤーの数百万名超過の内の1476名!!」
と、言うことで、と。呉さんは貫頭衣の中から<小さな箱>を取り出す。
「俺が<プラチナ>取得とは驚きですが・・・、これは?」
「イゾルデ様に騎乗している人が何を言ってるんですかー。はい、ジン様専用の記念品です、どうぞお受け取り下さい。」
手渡された箱の中身は、小さな白銀製と思われる剣と盾の意匠を施されたピンバッチ。
「運営と開発からの、ほんの少し洒落た記念品とお考え下さいねー。装備すると効果が判りますよー。」
俺は、ピンバッチを早速白いコットンシャツの胸元に付ける。
<小さな重剣士の紋章>と表示され、俺の周囲に武器や鎧が展開し。
それは、習得した戦闘系スキルの初期装備。つまり両手剣と盾を持ち。革の全身鎧に鉄の薄い板を張り付けた重鎧。サブウェポンとして、短剣と<屍霊術>用の小さな魔導書を腰に装備した姿となって収束する。
身につけた感覚が軽く、動きやすい。全て上質な物ばかりで少し恐縮してしまけれど。
ふと、背後を見やれば。
イゾルデは立ち上がり。いつの間にか上質な<騎龍鞍>と銀色の<騎龍甲>が装備されていた。
「呉さん、良い物を有り難うございました。」
「いえいえ、これもお仕事ですのでー、では、<新たなる大地>に旅立たれますか?」
折角、貰った<騎龍鞍>があるのだ5年ぶりになるが。
イゾルデの、脇腹を軽く撫でて、問う。
「イゾルデ、久しぶりに乗っても良いか?」
どうぞ、と身を屈めて、イゾルデが背を差し出す。
久々だったので上手く乗れるか心配だったが、<騎乗>スキルのおかげか。それとも身体が覚えていたのかスムーズに背に乗ることが出来た。
イゾルデの背中から見る世界はさぞ、楽しい事になるだろう。そんな期待を胸に秘めつつ。
両手に持っていた両手剣と盾を外し、<騎龍甲>の両側面には、騎乗後でも簡単に武具を取り外し可能な金具が付いてあるので取り付ける。
「さて、と。そろそろ行くか、イゾルデ!」
「はい、ご主人。楽しみですね、とりあえず修練所があるらしいので各スキルの試しをしましょうか?」
「だな、5年ぶりだし。完全に<戦技>の使い方も忘れてるからな。」
二人で、今後の予定を軽く決めつつ。
「呉さん、お世話になりました。」
「呉様、ありがとう御座いました。」
イゾルデがゆっくりと歩を進めて全身が<転移門>に入ると、呉さんが手を振りながら。
「転移先は、神々の箱庭。幾多の冒険者が降り立つ場所。1200年前の<F/O>の時代では、アインスホルンと呼ばれた場所です!」
「「えええ!」」
二人揃って、叫んでみる。
1200年って、<F/O>の時代からそんなに時間経過がしていたのか、そんな情報はwikiや掲示板には無かった筈だ。
それに、アインスホルンは2000メートル級の山々が連なる<地母山脈>の中心にある小さな山村だったのに…。
「ふっふっふー、掲示板やWikiの情報では判らないこともあるのですよー、百聞は一見にしかずです!ジン様!イゾルデ様!1200年後の<ファンタズマ>世界をお楽しみ下さい!!それでは行ってらっしゃいませ!」
その瞬間、俺とイゾルデが転移の浮遊感に捕らわれながら<フォリア>に初ログインするのであった。
運営は、心配性で。開発は、楽観的。
次回より、やっとログインして本格的にファンタジーな世界に突入します。