00.プロローグ「ある研究者の午前」
「はい!?何が、どうなってるんですか?」
俺、初瀬 秦は突然掛かってきた電話に、ある意味取り乱してしまった。
事の起こりは、午前中。
5年程前、廃人になるまで遊んでいたVRMMO「Fantasma/Online」(略称:F/O<エフオー>)の続編である「Fantasma/Online<Re. Earth >」(略称:F/OR.E<フォリア>)が発表されたものの。
運良く、<F/OR.E>のソフトは購入出来たが。遊ぶためのハードが。
「先生、遊べるVRギアがありません。」
旧型RVギアしか所有していない俺は、この一言に尽きる状態で。
恥ずかしながら<VRMMO廃人>をやっていまして。大学浪人をしたももの、今や更生し立派な大学生であり、今時代の最先端とも言えるAI構造学と、自動人形構造学の両方を修める為、日々燃え…いいや違うな、本能にはあがなえん。
萌える尽きるほどに、研究三昧の日々を送っていたので暫く<VRMMO>から離れていたのだ。
この<F/OR.E>。
遊ぶのに必要最低限性能の<ジズ>規格を満たすグレードであるVRヘッドギアでさえ、5万円以上するのにも関わらず売り切れ状態が続いている。
既に、値段的にゲーム機の範疇から超え始めてる気がするが、気にしてはいけないのだろう。
そして、唯一予約可能なのが。明日発売の最高位品質をお約束する高性能VRギア「ヴァーチャルゲートver.X」のオプション付きパッケージ<Ultima.Edition2>。
お値段なんと、120万円。
本来、軍事や医療関係で使われていたVR技術をそのまま詰め込んだ機種なので、高い。
研究室にある、<自動人形>のほうが高いけどな。「暴れ牛」が軽く買える値段だし。
うーん、そう考えるとVRギアは、安い方なのか、ぐぬぬ。
「ご主人、何を悶えてるんですか、全く。隣の席の京橋女史が、涙目になって怯えてますよ?」
机の上。つまり悶えている俺の真正面に、2.5等身程の小さな手乗りの流れるような黒髪侍女人形の<イゾルデ>が呆れた表情でこっちを見ている。
まるで、動くねんど○いどである。
「ああ、イゾルデ。考え事してたら悶えてたか、悪い癖だな。あと、京橋さん。すいませんが…いつもの事なので慣れてください。」
隣席の京橋さんは、ショートボブの可愛らしい眼鏡っ娘であるが、胸部装甲が圧倒的に足りない。
横目で見れば、自身の論文制作中で涙目でも、キーボードを打つ手は止まらず。目の下にクマができている。
「初瀬さん、机に突っ伏して悶えるのは何時まで経ってもなれませんよぉ…。」
すまない、京橋さん。コレばかりは、悪癖なんだ諦めてくれ。心の中で、手を合わせる。
ふと、目を机の上に落とせばイゾルデの姿があり…当時を思い出す。
* * *
イゾルデ。
F/O運営がサービス終了を発表した時、「今まで育てたAIを格安でお譲りいたします」と言う事で、廃人生活8年間苦楽を共にした騎龍AIであるイゾルデをお譲りして頂いたのだが。
当時も現在も、教育されたAIは非常に高価で、人間との協調性が高い個体は引く手数多であり。運営が格安で…と言った値段は安すぎる。
なんか裏があるな、とは思ったが…ぷるぷると震える子犬の様なイゾルデを見捨てることも出来ず…。
その後、紆余曲折と言う名の、イゾルデの日常生活における常識人的対応及び、大学入試試験を合格するレベルの学問的教育を経て。俺は、晴れて大学入試に合格し、廃人ニートの状態をイゾルデのおかげで抜け出せた訳だが。
大学合格した時の会話を今でも思い出す。
「F/Oであれだけ尽くしてくれたイゾルデが、ドSだったとは。」
「はぁ?F/Oで、あれだけ格好の良いご主人が、現実社会不適合者だったのを矯正しただけです。ご主人のお父上、お母上も大喜びでしたし。」
確かに、イゾルデの身体である小型自動人形端末は我が両親が、「イゾルデちゃんは息子を矯正してくれた天使だ!これからも、ばしばし調教してくれ!!」との事で、プレゼントしたものだ。
イゾルデも、仮想空間から現実世界に出られると大喜びしていたな。
* * *
「で、だ。悶えてた理由だが、<新作>出るよな?」
「出ますね、来週末。土曜日に公式サーバーオープンです。」
「VRギア…は、やっぱり売り切れか?」
「ええ、小売りや通信販売で<F/OR.E>をプレイする事が出来る機種はアレ以外全て売り切れです。」
イゾルデが、各種仮想ディスプレイを表示しつつ、各社予約販売のみ/納品時期未定の文字がずらりと並ぶ。
「うーん、第二陣参加しか出来ないか。」
「下手をすれば、第三陣や第四陣になります。この人気は流石ですね。唯でさえ全言語をリアルタイム翻訳する言語加速基<バベル>を同時に7基使用し、軍事機密の塊である体感加速調整基<ヘビモス>までサーバーに使用した全世界同時ワールドオープン。」
「なによりも、前作プレイヤーには引き継ぎ特典有りだからな。最前線組の同輩らは、何処までも遠くに行ってしまうか。」
「仕方ありませんね、研究室で半年ほど昼夜問わず新型自動人形構造設計を行っていた訳ですから…はぁ。」
イゾルデも、残念そうだ。
「F/OR.E」は、研究室に引き籠もった直後に電撃的に発表された為。
地獄のような、三千世界の鴉も殺す忙しさに、文字通り忙殺された研究室一同は、外界との接触さえも断ちつつ「非常に高い結果」を出して、力尽きたのだった。
そして、サービス開始を知ったのは五日前。
「非常に高い結果」を出したおかげで、懐は暖かくなったモノの。
旧型のVRギアしか所持していない俺は、電気街を方々探し回り。イゾルデはネットワーク上で検索してくれたが、結果は上記の通り。
「とりあえず、<Thanatos.web>で予約だけしておくか…。 」
「無難な判断です、ごしゅじ…えーと、ご主人?お電話です。直通ラインですね、相手は…月刊VR.net編集部の社用電話?」
「誰だろ、そういうゲームの編集者には、知り合いはいないはずなんだが。」
「とりあえず、空間表示<中>で出します。」
仮想ディスプレイに映し出されるのは渋めの男性。年の頃は…明らかに年上の雰囲気を纏っているが、短髪のダンディだ。
「オレ、五十土…電話の向う側にいるの…。」
渋めの声を、無理矢理作った高音で、ぶっちゃけ引くが…誰だ、どこかで見た記憶が?
隣の席の、音声だけ聞こえたのか京橋さんが、ヒッと小さな悲鳴を上げる。
確か、渋くてダンディなのに、<F/O>でこんな事をしていた阿呆なギルドメンバーが…確か<撃鉄>のイカ…なんだっけ。
「ご主人、このぶっ飛び具合は、多分<撃鉄>様かと。」
「よう、ジン!久しぶりだなぁ!覚えてるか、イカズチだ!現実空間で顔を合わせるのは5年前のF/O終了オフ会以来だが元気だったか!」
「あーっ!!<撃鉄>のイカヅチか!お久しぶりです、元気でしたか?」
「ジン。なんつーか、言葉使いが、そのなんだ、違和感あるな。もっとタメ口上等だった気がするんだが?」
「ええ、イゾルデに教育されまして。」
「ご無沙汰しております、イカヅチ様。」
「おおう!?ずいぶんとミニサイズになってるが!久しぶりだなイゾルデ嬢!そうか、イゾルデ嬢も居るなら話は早いな。」
話が早い?どういう事だ?
「うちの<月刊VR.net>の懸賞の当選者でな。F/O公式に確認したら、ジン個人のF/O.IDが当選と表示されてたんだが。いや、普段は当選は発送に~って文言がつくが。モノがモノだけに、設置スペースがあるか確認したいんだ。送りました、設置出来ませんでしたじゃ、当選者にも、スポンサーにも悪いからな。イゾルデ嬢なら部屋の寸法とかわかるよな?」
「はい、設置物並びに容量、男性向け個人的所有物の場所まで記録済みですが?」
「懸賞?あのー、応募した記憶がなんですが?ついでに、イゾルデさん個人情報をはき出すのはヤメテ・・・。」
「うん?確かにジンのF/O.IDから応募されてるんだが。あと、オレは年の離れた弟や妹と暮らしていてな、男性向けの私的所有物は認められておらん!」
あ、そうなんだ。弟に妹か。
良いなぁ、俺は一人っ子だから兄弟ってのに憧れがあるんだよなぁ。
それはそうと、懸賞に応募した記憶が無いばかりか、月刊VR.netの先月と今月号は外界から隔離状態だったので未読の筈だ。
「ご主人、<月刊VR.net>は私の愛読書であり。昨日、VRギアを探してぶっ倒れたご主人に許可を頂くことが出来ず。<VRギア>ランダムプレゼント企画の応募期限ギリギリかつ、F/Oプレイヤー限定応募との事なので、勝手ながらIDを使用させて頂きました。」
なんと、まぁいつの間に。
あと、イゾルデさん、しれっとIDの不正使用宣言しないで下さい。
画面の向う側でイカヅチが顎に手を当てて。
「そうかぁ、まぁ問題はないわな。」
問題ないんですか、イカヅチさん。
「AI倫理規定では、<野良AI>が勝手にしたなら不正利用に当たるがんだが。イゾルデはジン所有で<F/O>出身のAIだからな身元は完璧だ。ジンのF/O.IDとイゾルデの管理IDは紐付けされていると判断されている。公式にも表記されている項目だから問題は無い、二人で一つのIDと言う理由だな。むしろ喜べ!イゾルデ嬢に五体倒置で感謝したほうがいいぞ?」
へ?喜ぶ?
突然喜べと言われても反応に困るんだが。
「なんたって、応募総数数千万人中1名!明日発売の最新型のA.M社製VRギア<ヴァーチャルゲートver.X>のプレミアムオプション付きパッケージ<Ultima.Edition2>の当選者は、ジンだ!」
は?あの最新式のVRギアが懸賞で大当たり?
「はい!?何が、どうなってるんですか?」
* * *
A.M社製VRギア<ヴァーチャルゲート>シリーズは、従来のヘルメット式のVRギアを小型化した、ゴーグル型のVRギアだ。
その小型化した機器の中に、最新の機能を全て取り込んだ高性能機器ではあるが。
問題は、オプションである <Ultima.Edition2>の存在である。
基本的機能として、常時バイタルチェックや、個人所有AIとの同時接続連動機能など良いことずくめ。
欠点として、オプションユニットがPCケースのハイタワー並の大きさと重
量があり「設置場所」が問題になると、イカズチさんは言うのだが。
* * *
よくよく考えれば、自宅は大学から自転車で20分。研究成果が出たので暫くは教授も急な呼び出し以外は休みを取るはずだ。ガッツリ遊べる時間はある。設置場所についても、自室は一階で多少重量物があっても大丈夫だし。研究資料などは全て研究室だ。両親は、離れで悠々自適生活中だし、イゾルデの自動メンテナンスキットは小型だし、何も問題は無い。
あー、うん。問題は無いとおもうんだが。
「イゾルデ、<Ultima.Edition2>って自室におけるか?」
少し不安になったので聞いてみる。
「イカヅチ様、機器データは<Ultima.Edition2>ですね。」
「そう<Ultima.Edition2>だ、現物を確認したがやっぱり大きいぞ?編集部にも攻略用に2基入れたが、情報コンセントやケーブルを整理しないと、江戸間で2畳ある攻略用ブースが一杯になったからな。」
なかなか、大きいな。あと、江戸間とか表現が渋いなイカヅチさん。
イゾルデは仮想ディスプレイを積層表示して、俺の自室の間取りを最適化した図を幾枚か表示している。
更に、<ヴァーチャルゲートver.X>と<Ultima.Edition2>の基本マニュアルを高速で読み込み。
必要なデータを選別し、自宅に置いてあるイゾルデ<個人>サーバーに接続して保存しているようだ。
「寸法情報と使用電力を確認、ベット右側面に設置する場合は、電源及び情報コンセント周りの設定を変更。
この作業は、ご主人。簡単ですのでお願いします。」
「また、このRVギアは高精度の有線ケーブルが付属し接続できますので、ご主人所有の旧型RVギアより格段に体感精度や解像度はあがります。」
イゾルデは矢継ぎ早に、自室に設置可能な事と、周辺機器の買い足しをしなくて良い事を告げる。
情報コンセント周りは、多少余裕はあるし、接続ケーブルなんかのサプライ機器を追加購入せずに済むのはありがたい。
「以前、気にしていたコンマ数秒以下の遅延に関しては、システム面で特に<ジズ>関連で変更があった模様です。この変更で遅延が無くなりました。」
え、あの遅延が無くなったのか?
それは俺が、気にしていた微妙な遅延<ラグ>。
刹那の隙間に発生する、其れはVRギアと脳波の読み取り精度の誤差問題であり、一瞬が命取りになる戦闘系や緻密な作業を要する生産系のプレイヤーを悩ませていた存在が、無くなった事を告げる。
「以前のVRギアだと、コンマ以下の遅延があったけど、改善されたんですか。」
「おう、ジン。脳波とギアのやり取りの高精度化って言う奴だな。専門じゃないから良くわからんが、oβではその辺りの不満なんかは個人データを前もって読み込む<ジズ>対応機なら解消されているからな!」
「それに、oβ!イカヅチさんは、oβ参加組だったんですか!?」
「いいや、引き継ぎ組はoβ参加不可だったんだ、掲示板には初期の情報しか揃っていないが。おかげで、子供の頃みたいに毎日が待ち遠しくて仕方がない!」
いつの間に、oβまで開始していたんだ。
当然ながら応募期間は過ぎているし、RVギアも手元にないので遊べる訳もないが、なんかドキドキしてきたな。くくくくくっ、これが、待ち遠しいと言う感情か。
「ご主人、感情だだ漏れです、京橋女史の研究の物理実験対象に推薦しますよ?」
京橋さんの研究は確か、自動人形が制御可能な対物破砕用「杭打ち機」ですか、ヤメテください死んでしまいます。
「イカヅチ様、設置場所及び接続環境は問題はありません。荷物の到着日時や時刻は指定させて頂きますがよろしいですか?」
「く、副編集が戻って来やがった!それでは、指定の日付は…流石<ファヴニル級>だな、仕事の速さは以前より上がっている、うちの編集部に欲しいくらいだ。」
ふと、イカズチさんが真顔で。
「イゾルデ嬢…ジンの奴、性格変わったか?」
「ええ、以前の殺伐とした…ワイルドさが、蛸の触腕並に軟化しましたね?」
俺自体は、そんな変わったか?その前に、殺伐としてたか?戦闘大好きだっただけの筈なんだが…。
今は、良い空気を吸いながら、好きな事を全力で<自動人形構造>の更なる進歩の為に、はっちゃけてただけなんだが。
「変わったかな、イカヅチさん?」
「おう、取っつきやすくなったな!ぐあ、佐々木副編集。これは、仕事だ私用じゃ無いってっ!」
仮想ディスプレイの向う側に映し出される編集部であろうか、そこでイカヅチさんが佐々木と呼ばれた丸眼鏡の飾り気のないが…妙に華のある女性に「山本編集長仕事してください、来週末から全力で特集組むんですから!」と腰に手を当ててプンスカされつつ。あ、椅子に蹴り入れられてるのか。
名字や役職も聞こえたが、「山本編集長」って言うんだメモに残しておこう。
「イカズチさん、懸賞のほう…楽しみに待ってます!本日は、ありがとうございました!」
「いいって事よ、当たったのはイゾルデ嬢の運だからな!その幸運、大事にしろよ、ジン!イゾルデ嬢もな!<Fantasma/Online<Re. Earth >の方でも同じ名前だから、気が向いたらっ、佐々木さん電話切るから、ちょっと待って!それは、洒落にならん!!それじゃな、また<新しい大地>で!」
最後、イカヅチさんが資料の束だろうか…鈍器のようなモノで殴られる寸前に空間射出されていた仮想ディスプレイはフェードアウト。
「イゾルデ?」
「はいなんでしょうか、ご主人?」
イゾルデの小さな頭を撫でつつ、気恥ずかしいが。
「ありがとう。」
イゾルデがとびきりの可愛らしい笑顔で返す。
この笑顔は、我が研究室の男性諸君曰く「天使の笑顔」だそうな。俺から、も反論の余地はないほどの可愛いらしさだ。
「いえいえ、ここ最近。様々な事で、ご主人が頑張ったので、偶然ですがご褒美になりましたね。」
うんうん、と頷きつつ。イゾルデのデレを満喫していると。なにやら、不穏な空気が。
「あの~、そろそろですねぇ~。」
おや、隣の席の京橋さんが、目が本気だ。なにか怖いぞ。
イゾルデも殺気を感じたのか、ピタリと止まる。自動人形に発汗機能があるならば、水たまりが出来る程の怯え方だ。
「研究室で、ラブコメするのは止めてください…独り身の、特に私が居るんですよ…するなら。」
ガチャン、と何かを前後に動かし装填される音が響く。
離れた席にいる、空気だった他の研究員や学生は、及び腰でこちらを見ているが。救援は皆無だろう。
音もなく立ち上がる、京橋さん。その手には、小型化されたおよそ1メートル前後のゴム杭を主とした銃の構造を持つ射出装置が握られている。
「ちょっと、それは洒落になりませんよ!京橋さん!!」
「ご主人が、悶えている時ならば、ソレの実験対象ですが!流石に今は、まずいです、京橋女史!」
俺も、イゾルデも大慌てで京橋さんを止めようとするが、時既に遅し。
自然な動きで、研究中の<杭打ち機>を天井に向けて、
「リア充、死すべしっ!喪女の敵に鉄槌を!!」
魂の叫びを上げ、安全装置を解除、引き金に軽く力を入れ、射出されたソレは天井の構造材を見事にぶち抜いた。
その日の事を、同僚は「京橋さんはのスイッチはラブコメ」事件として記録、その後一部で神格化される事になったと言う。
* * *
一週間後。
特に問題も無く<月刊VR.net>から、懸賞で当たった<ヴァーチャルゲートver.X>のプレミアムオプション付きパッケージ<Ultima.Edition2>は到着した。頑健な肉体を持つ「山賊猫」運送便ドライバーが3人がかりで自室に運び込んで貰った。重量級の機器は…梱包材の方が多いと言う、精密機器にありがちな状態だったが、イゾルデの計算通りに無事設置出来た。
ケーブル類の目隠し等も行い、情報コンセントの容量増設や停電など不意の電源喪失に備えて<UPS:無停電源電源措置>を完備。
「ふっふっふ我ながら、惚れ惚れする部屋だ。ケーブル類が最低限しか見えていないのは研究室では考えられないしな。」
F/Oプレイ中は、環境にも気を配らず<汚部屋>寸前だったが、更生した俺に隙はない。
イゾルデは、現在<掲示板>で情報集め中の様子。仮想ディスプレイを<小>で幾枚も表示しており、ときおり頷いている。同じAIの友人とでも、情報交換中なのだろうか?
さて、開始までにゲーム内で使用する<投影体:アバター>の作成に入るか。
「すまないイゾルデ、手を止めさせて悪いが<投影体>を制作するから手を貸してくれ。」
「後、3分お待ちください、ご主人。Oβプレイ中のAIと友人登録をいたしましたので。あと、VRギアの初期設定は自動処理されますので、手持ちぶさたであればお願いします。」
「了解、イゾルデ。」
さて、イゾルデを待つ間。
8年ぶりに作成する<投影体>はどうしようかなと、考えを巡らせる。以前は少し弄る程度だったか。
高鳴る胸を…この、高揚感を押さえつつVRギアを頭部に装着しベットの横たわる。
<Ultima.Edition2>…面倒だから、もう<U.E2>で良いかと思いつつ。万全に機能を発揮している<U.E2>は、個人登録と精神や脳波帯のバイタルをチェックしていく。
進行ゲージの伸び率が早い。流石、最新型だ。
以前所持していた旧式RVは、初期設定で3時間ほど、横たわると言う作業は苦痛を感じたが。
VRギアに映し出される、バイタルデータは<心拍数>以外は平常値を示しており。
ピロンッと、電子音が小さく響いた。
<バイタルチェック完了、正常値にて進行中。>
と、表示される。
早いな、約3分で初期登録終了か。
「ご主人、お待たせしました。不都合はございませんでしたか?」
イゾルデが声をかけてきた。
「問題は無いな、むしろ初期設定が早すぎて怖い。」
「<U.E2>の処理機能の賜物ですね、ご主人。では<Fantasma/Online<Re. Earth >を起動します。よろしいですか?」
「よろしく頼む。」
「では、<Fantasma/Online<Re. Earth >オフライン<投影体>制作モードを起動します。」
イゾルデの言葉を聞いた瞬間、身体がふわりと浮く感覚を得たかと思うや否や、俺は、仮想現実の一つ前の世界へ降り立っていた。