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小話置き場  作者: 煤竹
その他
7/16

私と馬、彼女と狼

キーワード:動物に変化する人(≠獣人?)・男装・女装

「カシラ」

 音を立てずに傍に控えた男がカシラと呼んだ頭目の男に傅いた。

「おう、首尾は?」

「男1女1馬1。二人とも身なりは上等。女は大柄ですが上玉、男の方は帯剣しちゃいますが見る限りガキです。馬も見事な白馬でさ」

 手下の報告を受ける頭目は、火をつけていない煙草を銜えた口から深く息を吐いた。

「どれも高く売れそうだな」

 暗闇に紛れ、獲物が熾した焚火に眇めた目を向ける。手下は頭目の号令が発せられるのを今か今かと待っている。

「ガキの方は痛めつけても構わんが殺すな。女には傷一つ付けるなよ」

「了解!」

 手下が是の声を発するや否や周囲の繁みから幾人も姿が現れる。皆一様に武器を持ち、気配を殺して獲物を包囲せんが為に動き出した。

 群れを統率するは隻眼の偉丈夫。暗闇の中でも爛々と光る漆黒の左目に少しばかりの愉悦を乗せている。


「さあ、狩りの時間だ」



 +++




「あ~あ、めんどくせえな」

「こら、大股拡げるんじゃないの」

 焚火にあたり、暖を取るのは一組の男女と白馬。女の方は倒木に腰掛け、男の方は木に背を預けて座っている。そして馬は草を食んでいる。

「こんなビラビラした服、よく着ていられるよ」

 不機嫌が声に出ているのかハスキーを通り越した低音で、女は自分の着ている服を摘まみ上げた。大股を拡げているので膝頭まで見えている。女性にしては少しばかり逞しすぎるのではないかという脚線だ。

「やめなさい、狼どもに襲われても知らないよ」

 男は枯れ枝を焚火の中に放り込みながら女を窘める。男と言うにはまだあどけなさが残る顔立ちで、というよりも少年の域を脱していないのだろう。変声期もまだ訪れていないような幼さだ。口調もどこか女々しい。

「私から言わせれば、何故二人がそのような格好をしているのか理解出来ん」

 第三者の声がする。この場にいるのは淑女らしからぬ態度の女と、女々しい喋り方をする少年の二人だけ。そして草を食んでいる白馬だけだ。

「俺から言わせれば、お前が喋ることの方がよっぽど理解出来ないぜ」

 俺、と言ったのは女。

「あたしは別に…、こういう恰好はよくするけど?」

 あたし、と言ったのは少年。

「やれやれ、これだから人間は面白い」

 さして面白くもなさそうな声音でそう言ったのは、なんと草を食んでいる白馬だった。

「“狼”をおびき寄せるためとはいえ、我が主と定めたお前がそのような仮装をするとは…けしからん」

「うるせえな。俺はお前を認めてねえよ!それに、俺だって我慢してるんだからお前も黙って従ってりゃ良いんだよ」

 女はがしがしと乱暴に髪を掻き上げ、白馬を横目で睨みつける。

「神の遣いにそう言えるのってあんただけだよね…。どうしてこいつを主になんて決めちゃったの?」

 少年はまた小枝を拾って火の中に放り込む。パチパチと爆ぜる音が大きくなった。

「私も我が事ながら不思議で仕方がない。これがこのような者だと知れていれば契りなど交わさずに蹴り飛ばしてやったものを……我ながら腹立たしい」

 地面から首を上げ、女の方を半目で見ながら前脚で地面をガツっと抉った喋る白馬。神の遣いと呼ばれた白馬の、通常の馬よりも大きいその身体から繰り出される一撃は想像するだけでも恐ろしい。

「いや、お前、仮にも主に向かってなんつう……」

 ガサリ。突如音を立てた繁みに言葉を切った。風の音ではない、明らかに生き物が立てた音だ。

「…囲まれたか」

「10…、15…?ぐるっといるみたい」

 二人は立ち上がり、互いに背を付け警戒する。少年は腰に差した剣を抜き、構える。

「おい駄馬、気配が分からなかったのかよ」

「駄馬と呼ぶのを許すのはこれ一度きりだ、人間。黙って従えと言われたので黙っていただけだ」

 知っていたが言わなかった。白馬のその事実に忌々しげに舌打ちをした女は、背後の少年に小声で囁いた。

「…計画の通りに」

「分かってる」

 少年の是の応えにニヤリと口元を歪めたのは一瞬で、女は急にしおらしく高さのあるその背を丸め、小刻みに震えだした。よくよく見れば薄らと目に涙も溜まっている。

「お嬢様!お下がりください!」

 唐突に声を張り上げた少年。小柄なその身で女を背に隠す態勢になる。その間もがさがさと周囲の繁みが鳴り、範囲が徐々に狭まってきている。

「何者だ!お嬢様には指一本触れさせないぞっ!」

 精いっぱいの虚勢を張った声音に、周囲の張り詰めていた空気が緩んだ気配がした。

「……これはこれは、勇ましい騎士様だ」

 暗がりから黒い外套に身を隠し、下卑た顔を晒した一人の男が現れた。

「うちのカシラがお前さん方を欲しがってるんだ。怪我したくなかったら大人しくしとけ坊主」

 外套の男が片手を上げると同時に繁みから次々と男たちが姿を現した。各々その手に持っている武器の切っ先を二人に向けている。

 それでもなお少年は剣を下げようとせず、背後の女を守ろうと自分たちを取り囲んでいる男たちを睨みつけている。

「おいおい、この人数を坊主一人で何とかするつもりか?」

「…やってみなくちゃ分からないだろっ」

「賢くねえな。お前ら、女と馬に傷つけんなよ。この坊主は俺が遊んでやる」

 言うや否や少年と女の間に男たちが割って入り、引き離されてしまった。

「……っ!」

「お嬢さんは俺達と遊ぼうぜ!」

 弾かれたように森の奥へ駆けていく女と白馬、それを追う男たち。

「!! っお嬢様!」

「お前の相手は俺だ」

 外套の男は腰の剣を抜き様、少年に斬りかかった。硬質な金属音が響く。少年が不意打ちを刃で受け止めたのだ。

「ほう、受けたか」

 にやにやと浮かぶ笑みが明らかに馬鹿にしているようだ。

 交わされた刃同士がチリチリと音を立て、ゆっくりと少年の方へ剣が傾いでくる。

「く…っ」

「ガキのお前じゃ俺に勝てんよ」

 苦しげに歪む少年の顔が、外套の男の加虐心に火を点ける。その醜悪な笑みを濃くしたところで、少年の表情が一変した。

「…なんだ、この程度なの」

「なに?」

 表情の一切を無くし、抑揚のない声で呟かれた言葉には何の感情も篭められていなかった。

「“狼”の群れと聞いて楽しみにしていたのに、残念だわ」

「お前!?」

 様子が変わった少年から弾かれるように離れた外套の男を追って、少年は剣を一閃する。その小柄な体のどこに秘められていたのだろうという鋭く重い一撃に、男は受けきれず武器を弾き飛ばされてしまった。

「油断大敵だよ、おじさん」

 一瞬のことに呆然としている男の喉元に切っ先を突き付け、少年は婀娜っぽい笑みを浮かべた。



 一方その頃、女と白馬は―――、

『どうやら向こうは決着が着いたようだぞ主よ』

「頭ん中に喋りかけんな……っ!」

 暗い森の中を全力疾走していた。

「お嬢さんどこ行くのー?」

「俺達と遊ぼうぜぇ!」

「ぎゃははは!」

 ああ、走りにくい。鬘が重い。あいつらの声にくそ腹が立つ!!

 女は白馬と並走して迫りくる追手から逃げていた。

「なんでっ…、俺を…、乗せねえんだ…よっ!」

 息も切れ切れに隣を涼しい顔で走る白馬に問えば、

『鞍を焚火の場所に下ろしたのはお前だろう』

 しれっと答える馬を後で絶対馬刺しにしてやると誓う女だった。

『それで、主よ』

「…んだよっ」

『お前のことだ、ただ闇雲に走り回ってるだけではあるまい?』

「へっ…」

 だからこの駄馬は好きになれねえっつーんだ。

『……また言ったな人間』

「心の中を読むな!!」

 憤慨する白馬の怒涛のお小言が頭に木霊する中、女は目標地点まで駆け抜ける。

「いつまで鬼ごっこするつもりだ!」

「止まれくそ女!!」

「ドレスがボロボロじゃねえか、馬も乗せてやれよ!」

 背後から聞こえる揶揄う声が、次第に怒気を孕んだものに変わっていった。

『む、何故私まで言われねばならぬのだ』

「優しい…、盗賊さんだ…ことっ!」

 ザッと一人と一頭が飛び出したのは、少年と外套を着た男がいる場所。つまり最初の焚火の場所だった。

「あれ?自力で走ってたの?」

 外套を着た男を縛り上げていた少年が不思議そうに女に問うた。

「このっ…、駄馬が…っ、鞍がねえからっ…、乗せ、ねえって…っ」

「本気で怒らせたいようだな人間よ」

「わー!もう二人とも喧嘩は後々!…来るよ!」

 今しがた走ってきた方向に焚火を挟んで向かい合い、女はぜいぜいと乱れた呼吸を整える。

「女ァ!!舐めた真似しやがって!!」

「…なっ!兄貴!?」

「てめえらただで済むと思うなよ!!」

 出るわ出るわ、女と白馬が森の中を駆けずり回って引き連れた盗賊団体御一行様。周辺をぐるりと走り回り他に仲間がいないことを確認した女は少年のいる焚火の場所まで戻ってきたのだ。

 女は左手の親指を唇に当て、目の前にずらりと並んだ罵声を浴びせてくる男どもを見据える。

「あー…しくじったな。ここ森ん中じゃねえか…。ま、いっか…」

 そんな独り言を呟いた後、徐に親指の腹を噛み切り足元の焚火に手を翳す。一滴、二滴。ぽたぽたと焚火に女の血が滴り落ちる。

「よう、ちょいと困ったことになってるんだ。お前の手を貸してくれないか」

 ゆらゆらと揺れる炎に向かい、女は語りかけた。

「何ぶつぶつ言ってんだこらぁ!」

「そっちの坊主ともども焚火にくべてやろうか!!」

「馬も丸焼きだぁ!!」

 ぎゃあぎゃあと喚き立て今にも飛び掛からんばかりの様子に、女は少々間の抜けた声を出す。

「あのさ~、手加減出来ねえから。お前ら、死ぬんじゃねえぞ?」

 にぃっと目を細め、べろりと己の血が出ている指を舐め上げた。

「やれ、イルリヒト」

 呼び声と同時に女の足元の焚火が膨れ上がり、火柱と化して男たちに襲い掛かる。

「ぎゃああああああ!」

「火が!火がぁああ!!」

「あちいよぉおおお!!!」

 あっという間に地獄絵図の完成だった。

 轟轟と燃え盛る火炎が男たちを包み、周囲は黒焦げになり、人肉が焼けた鼻が曲がる程の悪臭が―――。

「……お前らぁ、獲物に良いようにやられてんじゃねえよ」

 どこからか聞こえてきた声と同時に男たちを襲っていた火柱が抑え込まれ、掻き消された。女は舌打ちをして声がした方向に顔を向けると、月を背にした黒づくめの男が立っていた。

「随分俺の手下どもを可愛がってくれたようだ」

「か、カシラぁ…っ」

「情けねえ声上げてんじゃねえぞお前ら」

 枯れ落ちた枝葉を踏みしめながら現れた男は女たちに近づいていく。

「…お前が頭目か?」

「いかにも」

 倒れ伏した男たちの前に立った頭目の男。差し込んだ月明かりに照らされ、その姿が浮き彫りになる。

「…漆黒の髪に隻眼…。こいつが“狼”か!」

 少年が気色ばみながら腰の剣に手を掛ける。そこへ、白い巨体が割り込んだ。

「おい、邪魔だぞ」

 女が白馬を睨みつける。

『古い知り合いだ。私に任せておけ』

 束の間、女に鼻先を擦り付けた白馬は頭目の男に向き直る。

『久しいな黒いの。今は“狼”と名乗っているのか』

「貴様は…」

 懐かしむように目を細めた白馬とは逆に頭目の男は目を見開いた。

『里から離れたお前がまさかこのような群れを率いているとはな』

「……」

『そう睨むな。こいつらはお前たちに危害は加えんよ』

「……」

『先ほどの炎はまやかしだ。人間が触れたとて火傷の一つも出来はしない』

 傍から見れば男と馬が無言で佇んでいるだけに見えるのだが、何やら一人と一頭の間で会話がなされ、頭目の男が一つ大きな息を吐いた。

「こいつらは俺の客人のようだ。お前たちは先に戻ってろ」



 +++



 所変わってここは森の外れにある打ち捨てられた小屋の中。見た目はぼろぼろだがしっかりした作りの小屋で、隙間風などは入ってこない。

「ふう!やっとビラビラから解放されたぜ」

「えー、似合ってたのに」

 女と少年は着替えを済ませ、本来の姿に戻っていた。

「……お前、その恰好…」

「あんだよ。なんか文句あるか?」

 頭目の男こと“狼”の不躾な視線にぞんざいな目で見返す。だが驚くのも無理はない。淑女らしからぬ仕草言動ではあったが見た目は完全な女性だった女が、今はどこからどう見ても男だったのだから。

「改めて自己紹介した方が良いかもね」

 そう言ったのは先ほどまで少年だった人物。だが彼もまた、少年から小柄な妙齢の女性へと変貌を遂げていた。

「あたしはソール。冒険者よ」

 中性的な顔立ちをふわりと微笑ませ、肌の露出が多い装いに身を包んだ少年ことソールは手を“狼”に差し出した。訝しみながらもその手を握り返した“狼”は、その肌の柔らかさと女性特有の甘い香り、そして出るところが出ている彼女の身体に女性だと思わざるを得なかった。

「俺はダグ。一般人だ」

 ソールよりも数段美しい顔立ちを不愉快に歪ませながらふんぞり返った女ことダグ。ドレスを脱ぎ去った今、その引き締まった体つきも相まって立派な男性であることを示している。

「おい、ちょっと待て。一般人ってなんだ」

 “狼”の群れをまやかしとはいえ戦意喪失させた人物が一般人だなどと誰が信じるというのか。

「そいつは一般人で間違いないぞ。特殊な一般人だがな」

 外に通じる扉が開き、輝く長い白髪を靡かせながら一人の男性が入ってきた。

「久しいな、スコルよ」

「グラズ…」

 “狼”をスコルと呼び、また自身もグラズと呼ばれたこの世のものとは思えない美貌を携えた人物は、悠然とした足取りでスコルに近づき、自分よりも大きな身体にがばっと抱きついた。

「なっ、なっ…!?」

「元気そうで何よりだ」

 回された腕でぽんぽんと背を叩かれたスコルは隻眼をこれでもかと見開き、その褐色の肌を驚愕に染めた。

「や、やめろ!はなせ!!」

 じたばたともがくスコルを体格差を感じさせず難なく抑え込み、グラズはぎゅうっと腕に力を篭める。

「私がどれほど心配したか…」

 耳元で囁かれる声音は溜息混じり。だが、その腕の力は弱まるどころか徐々に圧力を上げていく。

「いっ…!」

「…お前は思い知らねばなるまい?」

 見る者を慄かせる程の真っ黒い笑みで、抱き込んだスコルの背骨を折らんが如く締め上げた。

「…死んだな、あいつ」

「…かわいそうに」

 遠巻きに様子を見ていたダグとソールは、声なき悲鳴を上げる“狼”に同情の視線を送るしか出来なかった。



 +++



「…それで、一体俺に何の用だ」

 グラズの攻撃から復活したスコルは、机に突っ伏しながら忌々しげに呟いた。今小屋にはスコルとグラズしかいない。ダグとソールは近くの小川に水を汲みに行っている。

「なに、同胞の噂を聞きつけて会いに来たのだ」

「……嘘くせぇ」

「本当だとも。里から飛び出した黒いのが人間の世界でお尋ね者になっているなどとこれ以上愉快な話はあるまい?」

「……俺を黒いのと呼ぶんじゃねえ」

 ぎろりと睨みつけるスコルの黒い左目。視線で人が殺せるならばグラズを3回は殺しているだろう苛烈な瞳だ。

「…お前、右目をどうしたのだ」

 スコルの右目を覆う眼帯に触れようとグラズが手を伸ばそうとしたところ、それは鋭く叩き落されてしまった。

「触るな」

 吐き捨てるように言う。

「一族の異端の末路を見届けて用はもう済んだだろう。俺に構うな」

 話すことはもう無いと、スコルは立ち上がり小屋から出て行こうとする。

「スコル」

 グラズの落ち着いた低音がスコルを呼び止める。

「聞け、お前の“太陽”を見つけたよ」

 その言葉にスコルはぴたりと動きを止めた。

 ―――俺の、“太陽”。

 眼帯の下が燃えるように疼いた気がした。


 


 +++




「戻ったぞー」

 桶に水を汲んできたダグとソールは手持ちの鍋で湯を沸かし始めた。小屋にあった食器も使えるように洗い、沸かした湯で茶を淹れる。

「はい、熱いから気を付けてね」

 温かな湯気を立ち上らせるカップをグラズとスコルの前に置く。非常食として持ち歩いている焼き菓子をつまみに深夜のお茶会が始まった。

「お前は草じゃなくて良いのか?」

 ニヤニヤと意地悪い笑みでグラズを見るダグ。そんなダグを一瞥もせずグラズはカップを傾けた。

「ここでの休憩が済んだらヤヌアールへ移動する予定だが、お前は我が背には絶対に乗せん」

「んな?!」

 ヤヌアールへはここから馬でひと月はかかる場所だ。神の遣いであるグラズに乗って行けば半月で済むのだが、仕置きの為にグラズはダグを乗せないという。

 そもそもダグ達一行はヤヌアールを越えた先にあるデツェンバーという地に赴く旅の途中なのだ。だが道すがら“狼”率いる盗賊団の噂を聞いたグラズが、ここメアツに寄りたいと言い出し寄り道をした形となった。

 横暴だ!軽い冗談だろ!と喚くダグとそんな様子をせせら笑うグラズの横で、ソールは目の前の“狼”をじっと観察していた。

「……なんだ?」

 視線を感じ、スコルはソールを見る。

「えっと、その、」

 視線を彷徨わせ何と言葉を紡げば良いのか思案する。

「これが珍しいか?」

 とん、と右目の眼帯に指を置いたスコル。だがソールは首を横に振る。

「聞いてもいいことか分からないから…」

「答えたくなければ黙るだけだから言うだけ言ってみろ」

 スコルの鋭い左の視線。だが促すような雰囲気に押され、ソールは口を開いた。

「“狼”…、スコルさんはグラズと同じ一族なんだよね?」

「スコルで良い。ああ、そうだ」

「あたし、ダグと一緒にグラズの一族が住む里に行ったことがあるの。綺麗な場所だよね」

 そう、とても綺麗な場所だった。一点の曇りも許さないような潔癖さで、グラズに選ばれたダグに付き添って行ったソールを拒絶するかのような、そんな場所だった。

「それで、あの…、」

 目は口ほどに物を言うとはよくいったもので。ソールが言わんとしていることがちらちらと窺う視線で分かってしまった。

「色のことか」

 雄弁に語るソールの瞳と顔に、何故分かったのだと書かれている。その素直な反応にスコルは苦く笑う。

「光しか生まれぬ場所で闇が生まれた。それの意味するところは俺には分からんが、俺が異端であることだけは確かさ」

 自嘲気味に話すスコルに、やはり聞かねば良かったとソールは思った。

 グラズとスコルの一族は、女神オースタンに祝福された神秘的な一族である。その身を動物に変化させることが出来、また超人的な異能も備えたまさに神の遣いと呼べる一族なのだ。

 女神に祝福された証としてその一族が身に宿すのは光を現す白。それも純白に近ければ近いほど祝福されているという。中でもグラズは見事な純白の髪を持ち、次代の一族の長になる人物だという。だがダグを主に定めたことにより「なるはずだった」というのが正しいのだが。

 そんなグラズと同じ一族だというスコル。彼は漆黒の髪に漆黒の瞳、そして褐色の肌という正に闇を体現したと言っても過言ではない容貌をしているのだ。それは女神の祝福を一切その身に受けていない証。彼が自分のことを「異端」と言うように彼らの一族から考えれば異常なことだった。

「…ごめんなさい」

「何故謝る」

「気を悪くさせたわ」

「構わないさ」

 いつしか俯いていた顔を上げると、存外気にした様子もないスコルの視線とぶつかった。片方しか無い瞳に、ソールは何故か心がざわめくのを感じた。

 スコルは盗賊団の頭目で、本来ならば恐怖や嫌悪を抱く相手のはずが、どうもそういう気持ちをソールは抱かなかった。自分でも分からない不思議な思いでスコルを見る。

 まだ隣の馬鹿な騒ぎ、主にダグが管を巻いているだけだが、は続いているが交差する視線に徐々に周囲の音が聞こえなくなってきた。スコルの深い闇色をした瞳を見つめていると、すっと目を細められた。

『お前が……』

 突如頭に響くスコルの声。彼らの異能の一つであるそれは、周囲に聞かれたくない場合に使われることが多い。

『お前が、俺の……』

 トン、と肩を叩かれスコルに向けていた意識が途切れる。同時に頭に響いていた彼の声も聞こえなくなり、何事かと隣を見ようと振り向けば頬にダグの指が突き刺さった。

「な~に見つめ合ってんの?」

 ダグのにやにやした笑顔でぷにぷにと頬を突かれる。いつの間にかダグとグラズの話は決着がついていたようだった。

「な、なにすんのよ!」

 頬に宛てられた指を払いのけるが、今度は肩に腕を回してぐっと引き寄せられた。

「俺の可愛いソールにちょっかい出すなよ“狼”」

 向かいの席に座っているスコルに見せつけるようなダグの仕草に、ソールは訳が分からないという表情だ。

「お前たちは恋人同士なのか」

「はぁ?!」

 見当違いも甚だしいスコルの誤解を解くべく口を開こうとしたが、ダグに口を覆われてしまった。

「そ~いうこと。俺達愛し合っちゃってるから。お前の入る余地ねえよ?」

 な?という風に引き寄せたソールのこめかみに口付けを落とす。その瞬間、ビシリと空気が凍った。

「…やばっ」

「………」

 それまで羞恥に顔を歪ませていたソールの顔が無表情になり、迷いなく腰に差した短剣を抜き出した。慌てて彼女の隣から離れたダグに向けて刃先を閃かせ、ダグの喉元を狙う。

「ちょ、おま、軽い冗談だろうが!」

「……死ね」

 感情の起伏を一切感じさせない声音で呟かれた呪詛。確実に急所を狙ってくるソールの動きを紙一重で避けながらダグはたまらず小屋の外へ逃げ出した。

「……なんだ、ありゃ」

「いつものことだ。気にするな」

 気にするなと言われても困るのだ。一方的ではあるが仲睦まじさを見せつけていた二人が突然一方的にではあるが殺し合いを始めたのだから。

「あの二人は幼馴染というやつでな。ああいうやり取りはいつものことさ」

 外から聞こえてくる激しい攻防戦の音を聞きながら、グラズは温くなった茶を優雅に啜る。

「ダグは懲りるということを、ソールは慣れるということをそろそろ覚えた方が良いと私は思っているのだがなかなかうまく行かなくてな」

「…そうだな」

 早急に慣れてもらわねば命に関わる。声にならない呟きを、スコルは茶と共に飲み込んだ。

「喧嘩するほど何とやら、か。激しいな」

「まあ、あの二人は少々特殊な生い立ちをしているからな。…手を出す時は慎重にな」

「その時は手伝えよ」

 不遜に笑うスコルに、グラズは含み笑いで返した。



 +++



「は?」

「え、スコルも一緒に来るの?」

 夜が明けて、朝靄が漂う森の中。ヤヌアールへ向けていざ出発と言う段になってから同行者が一人増えることを知る。白馬に変化したグラズに荷物を括り付けていた手が止まった。

「ああ、俺もお前たちと共に行く」

 事も無げに言うスコルだが、ダグは苦虫を噛み潰したような表情になり、ソールは頭の上に疑問符を浮かべた表情になった。

「待ってよ、貴方、頭目でしょ?部下の人たちどうするの?」

「そろそろ潮時だと思っていたんだ。…群れを率いるのは得意じゃなくてな」

 一瞬翳りを見せたスコルの左目。だが瞬きと同時にそれは払拭され、突如犬歯を剥き出し獰猛な笑みを湛えた“狼”の表情になった。

「ソール、俺はお前が気に入った」

 突然の告白。

「…はい?」

「お前が気に入ったんだ。だからついていくことにした」

 にやりと笑う“狼”。それに異議を唱えたのはダグであった。

「却下だ却下」

「何故だ?」

「俺の可愛いソールに肉食獣を近づけてたまるかってことだよ」

 ソールの腕を引き、スコルから守るように背に隠す。畜生を追い払うように手をしっしっと動かした。

「肉食獣、ね…。あながち間違っていないぞ」

 ざわり。

 風も吹いていないのにスコルの髪が逆立つ。

「俺が“狼”と呼ばれている所以、だな」

 メキメキとスコルの身体から不気味な軋む音が聞こえる。身体の大きさと構造を根本から変えようとしているその様子に、ダグとソールは息を呑んだ。

「これが、俺のもう一つの“姿”さ」

 一声大きく咆哮を上げたスコル。

 黒く切れ長の左目、大きく裂けた口、ピンと尖った耳、太く逞しい4本の脚。黒々とした被毛が頭の先から二本ある尾の先まで全身を覆い尽くした巨大な黒狼。それがスコルの変化した姿だった。

「む、どうした?二人とも顎が外れそうだぞ」

 きょとん、ぽかん、という音が似合う表情で固まるダグとソールにお座りの状態で小首を傾げる黒狼。

「か…、かか…」

「か?」

「「可愛いーーー!!!」」

「ぐえっ!」

 突然飛びついてきたダグとソールに首を抱き絞められ息を詰める。

「うそうそ!なんで犬なの!神の遣いってみんな草食動物だって思ってた!!」

「それよりもっふもふだぞ!もっふもふ!首回りやべえ!!」

「うぐ、ちょ、待て、お前ら…っ」

 きゃっきゃっとその手触りを愉しむ二人にもみくちゃにされる黒狼。それを呆れた様子で見ている白馬がそっと溜め息を吐いた。

「いい加減にしろ。いつまで経っても出発出来ん」

 そう言い、いつの間にか押し倒され腹を出させられている黒狼の元に歩み寄り、興奮しながら腹の毛を撫でているダグの首根っこを銜えて立たせる。

「お前はもう駄目だ。いつまでそいつに触る気だ」

「おい!良いじゃねえかもっと触りたい触らせろ!」

「お前な…。私の前で他の男を撫で繰り回すのは止めろ。仮にも女なのだから恥じらいを持てといつも言っているだろう」

 ―――女?

 ピクリと黒狼の耳が動き、とんでもないことを聞いたと身体を起こす。

「女?誰が?」

 この場に女性と呼べる人物はソール一人しかいない、はずだ。いやまさか。そんな馬鹿な。

「こいつだ」

 白馬は鼻先でダグを押し、黒狼の前に立たせる。

「性別で言えば、ダグは女性だ」

 正に鈍器で殴られたような衝撃が走る。目から鱗とはこの事か。余りに衝撃的な事実に黒狼の思考が追いつかない。

 確かに顔立ちは美形、美人と呼べるだろう。短いが美しい金髪に金の瞳を持っている。だが女としてはかすれ気味の低い声に無駄に高い身長、余計な脂肪など無い引き締まった身体。女性らしいまろみなど一切無い。自分のことを俺と呼び、ガサツを通り越した乱暴な仕草、言葉遣い。

 森の中で獲物として見ていた時はドレスと鬘を着けていたため女だと思っていたが、それを脱いだ後はどう見ても男だった。確かに男だったのだ。

「馬鹿な…、いや…そうか…、グラズが契りを交わしたんだ…男であるはずが無いな…」

 神の遣いはその生涯でただ一人を己が主と定め、契りを交わす。それは人間で言う婚姻と同義であり、命果てるその時まで契りを交わした相手と共に居るという一種の契約のようなものだ。そして契りを交わせるのは異性とだけ。それは神の遣いの一族では常識であるが、あまりのダグの破天荒さにそんな常識など吹き飛んでいたのは事実だった。

「…じろじろ見てんじゃねえよ犬っころ!もふられてえか!」

「……何故、こいつなんかと契りを交わしたんだお前。ていうか犬じゃねえ!」

「…言うな」

「やーん尻尾ももっさもさ~!」

 結局心行くまでその毛皮を堪能され、出発したのはお昼近くになってのことだった。






 


男女4人組で旅する妄想話。

男装女子や隻眼とか後ろ暗い過去とか喋る動物とかいろいろ好きな設定ぶっこんだものの、大事な旅の目的が浮かばなくて旅に出る前に終了。


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