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小話置き場  作者: 煤竹
その他
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catch me if you can

キーワード:ぐだぐだ・いちゃいちゃ・ちょっと下品

 

 

「ねえねえ、あーんして」

 

 言われるがままに口を開いてみれば、ぽんと口に何かを入れられた。

 

「……あまい」

「飴だからね」

 

 これを飴と言うのなら、結構な大きさだと思う。

 ぽこんと頬が膨れる程の大きさはお子様には到底食べさせられまい。

 

「噛まないで最後まで舐めてね」

 

 だが断るという反骨精神が出かけるが、己の歯のためを思えば大人しく舐め転がすだけにしておこう。

 右から左の頬へ飴を移動させると、ころ、と音が鳴る。こんな大きい飴は久しく舐めてないなと思いつつ「あんがと」ともごもご口を動かして礼を言った。

 

「……それだけ?」

 

 束の間の沈黙の果てに言われたその言葉に首を傾げる。

 礼を言うだけじゃ足りないと言うのか?礼だけじゃ足りないって、これはそんなに高価なものだったりするのか?

 だったらそんなもの、勝手に人の口に放り込むなよ。幸いにしてまだ舐め始めて間もない。大半が残っている。

 べろっと舌の上に大きな飴を器用に乗せて「返そうか」と見せながら言った。

 

「そうじゃないよ!」

「飴返して欲しいんじゃないの」

「違うって!」

「じゃあなに」

「今日が何の日か分からないの?」

 

 はて、何かの日だっただろうか。

 返そうとしていた飴をまた口の中に戻して飴の甘さを頼りに記憶の引き出しを開けていく。

 甘味は人類が生み出した最高の叡智だ。異論は認める。

 今日今日今日……と考えて、はっとした。

 

「今日!」

「やっと分かった?」

「何日だっけ?」

 

 ずこーと見事なずっこけを見せる君は優秀な喜劇団員になれると思うよ。ならないだろうけど。

 足元に這いつくばる姿にうんうんと頷いていれば、もういい、とか細い声が聞こえた。

 

「お前に期待した俺が馬鹿だった」

「失礼な。ところで何日?」

「14日だよ馬ー鹿!!」

 

 うわーんと子供のような泣き声を上げて部屋の奥にあるクローゼットの中に隠れる28歳男性会社員って、どうよ。

 世間一般に見ればいい大人が何やってると半目で見てくること間違いないが、残念なことに私は可愛いと思ってしまう残念な思考の持ち主だったりする。短パンも未だに似合うしな、リアルにぼ○のなつやすみが出来そうなくらい純朴な外見してるしな。このまま三十路迎えてもそのままの彼で居てもらいたいものだ。

 

 それにしても14日か。3月の14日とくれば、あれか。白い日か。

 

 ……へえ。

 

 無意識に舌で転がす飴玉を、いつもの癖でついつい噛み砕きそうになる。

 おっと危ない危ない。あいつは全部舐めろと言った。折角だから最後まで我慢してみるか。

 

 読んでいた本を放り投げて、天岩戸と化したクローゼット前で体育座りを決め込む。

 

「おーい」

 

 返事は無い。どうやら相手は無視を決め込むつもりらしい。

 ま、扉の前で宴会を開かずともこの扉を開ける魔法の言葉を私は知ってるから天岩戸ではないか。むしろ開けゴマの方。

 魔法の言葉で開けても良いが、それじゃあ簡単すぎて面白くないよね。

 私が飴を舐め切るのが先か、痺れを切らしたボク君が出てくるのが先か。

 

「君と私でコンクラーベだ!」

「それ違うから!根競べだから!覚えたての言葉使いたいだけだろ!」

「なんだ、聞いてんじゃん」

「聞こえたんだよ馬鹿!」

「馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ知らなかったのボク君?あ、ボク君って言っちゃった」

 

 うっかり口にした魔法の言葉に天岩戸がすぱーんと勢いよく開かれる。

 私の前に仁王立ち見下ろす姿は夏休みのボク君などという可愛い存在ではなく、もうなんというか魔王だった。

 

「そのあだ名で呼ぶなって言ってるよね」

「うん、ごめーん」

「ごめんを伸ばすなってのも言ってるよね」

「ごめん」

 

 禍々しいオーラに私は体育座りから胡坐に切り替える。長期戦の構えというやつだ。

 

「こういう時普通は正座だと思うけど」

「私の普通は胡坐です。あ、です、とか言っちゃったてへぺろ」

「てへぺろは口に出すものじゃないんだよ!」

 

 「なんなのもー!」と憤る彼に「まあ座りなさいよ」と促せばどうして「そんなに冷静なんだよ!」とまた怒鳴られた。

 

「まあまあ、彼氏がホワイトデーに飴をくれたと先程理解してね」

「遅いんだよ!」

「うん、ありがとう颯太」

 

 にこっと笑い掛ければ途端に大人しくなる私の彼氏は耳まで真っ赤で。

 こんな十把一絡げのような女のどこが良いんだかと常々不思議だ。

 

「うん……」

 

 それまでの怒りなどどこへやら、満足げにしつつもぶっきらぼうに頷く私の彼氏さんは本当に可愛い。

 可愛いだとか子ども扱いするようなことを言うと火が付いたかのように怒るから私の胸に秘めておくけども。

 でもまだ今一つな顔をしているので、ご機嫌取りにちょいちょいと引き寄せた。猫を引き寄せるの得意よ私。それはまあどうでもいいけど。

 

「ちゅーしていい?」

 

 自分でもあざといと思いつつ可愛く見えるよう精いっぱい、いっぱいいっぱいの上目遣いで彼を見る。

 耳まで赤かったのが今度は首まで広がっている。やだもうほんとどこまで可愛いんだろこの人。

 なんて冗談を交えつつ近寄ってきた彼の首に腕を回した。

 

「……怒ってるんだからな」

「うんうん」

「……こんなことされたってすぐ機嫌直してやらないから」

「そうだね」

 

 口では可愛くないことを言いつつも、触れあう唇をはむはむと積極的に動かしているんだから説得力無いっての。

 するっと入ってきた舌を歓迎すれば、身体に回された腕に力が篭る。

 表面をなぞり合い、付け根を舐め上げたり舐め上げられたり二人でお互いの口内を探検し合った。

 

 離れる際に音を立てるのが少し気恥ずかしい。なんだかんだ言いつつ自分も慣れないよなーなんて考える私も彼の様に赤い顔をしていることだろう。

 

「ありがとー」

 

 彼の首に顔を埋めて、ぎゅうと抱き着く。

 彼も「うん」と返してくれて背を撫でてくれた。

 安心する温もりに、ついつい溜息が出てしまう。

 

「幸せだなあ」

「そうだね」

 

 二人でふふふと笑い合って、めでたしめでたし。

 




 

 

 

 ……なんてそうは問屋が卸さないけどな!

 

 

 

 

 

「……ねえ香織、飴はどうしたの?口の中に入ってなかったみたいだけど」

「さっき飲んじゃったけど」

 

 この日最大級の彼氏の絶叫が安普請のアパートに響き渡った。

 

「ばかああああああ!!!!」

「なによ!」

「最後まで舐めろって言ったじゃんか!!!」

「だから噛まずに飲んだのよ」

「読まずに食べたみたいな言い方するんじゃないよ黒ヤギさんかもう知らん!!!」

 

 この日は本当にいじけてしまって話なんて出来なかったが、後日聞いた話によればどうやら飴の中には指輪が仕込まれていたらしい。

 なんとまあロマンチックなことを、とこの時は感心したけれど、いや待てよ、とばっとお腹を凝視する。

 

「え、ここに入ってんの?」

「……既に出てるかもね」

「いやー、最近ちょっと便秘してるからどうかなあ」

「そう言う事情は言わなくてもよろしい」

「大事なことでしょ!ちょっと下剤飲んで出してくる」

「良いって!自然に任せれば良いって!」

「やだよ!颯太のくれた指輪だもん、早く出してあげたいじゃん!」

 

 やいのやいのとトイレの前で繰り広げるお馬鹿な攻防戦に、ツッコミを入れるものは誰もいなかったとさ。

  

 

 




catch me if you can=捕まえてごらん by指輪



勢いだけでありがちなホワイトデーネタ。

お粗末さまでした!


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