虎と狼の出会い
キーワード:獣人・虎・犬耳・体格差・溺愛属性
降りしきる夜の雨の中。
小さなソレは蹲っていた。
濡れそぼる髪の間から覗くぺたりと垂れた耳から犬科の獣人だとは分かったが、一向にその場から動く気配が無いことに、行き倒れか、と思う。それと同時に、馬鹿な、とも。
逞しい血を持つ犬科の獣人が、雨如きで身を震わせているなどフェイは見たことも聞いたことも無かった。
どこか怪我をしているのか、それとも具合が悪いのか。スンスンと匂いを嗅ごうとするも残念ながら雨の中の虎の嗅覚ではそれを探ることは出来なかった。
「おい」
大丈夫か、と声を掛けるのと手を伸ばすのはほぼ同時。
そしてパシンと手を弾かれたのもほぼ同時だった。
濡れ乱れた髪が顔に張り付いて表情を隠していたが、こちらを見据える瞳の何と力強いことか。フェイはその瞳から目が離せなくなった。
拒絶。
その一言に尽きる感情を、縮こめた全身から迸らせている。
叩かれた手がジンと熱を帯び始め、何故か心まで熱くなる。
なんだ、コレは―――。
己の身を廻る虎の血がザワリ、と騒いだ。
弱っているくせに、生意気な。
震えているくせに、強がって。
弱者は弱者らしく強者に守られていればいい。
大人しく俺に、―――。
拒絶された手が傘からはみ出て冷たい雨に濡れる。
ぱたぱたと滴が触れる度に冷えていくが、触れられた部分だけは異様に熱い、とフェイは思った。
ソレが黙ったまま俯き始めたことに気付いたフェイがハッとする。
俺の気配に怯えているのか? それとも泣いているのか?
もっとよく顔が見たくて、傘を差し向けながらフェイがしゃがみ込むと、
「っおい!」
脱兎のごとく駆けだした小さな背中。
ぐっしょりと水分を含んだ衣服を翻しながらの健脚ぶりは、さすがだと言わざるを得ない。
駆けだす元気はあったというわけか。そのことに、フェイは少しばかり安堵する。
―――だが、惜しい。
その足も雨に濡れなければさらに速かっただろうに、雨に奪われた体力と張り付く衣服が邪魔をしている。
更にこのままみすみす逃がすのも何故だろうか、許してはならない、と強くそう思ったのだ。
すうっと目を細めて遠ざかっていく背を見つめる虎。湧き立つのは狩猟本能。
「欲しいな」
そう口に出した時には既にフェイは駆けだしていた。
傘を投げ捨て街灯の光さえ朧になる雨の中。虎の視界には獲物の背しか入っていない。
震える身体で虎を睨みつけた小さな子犬。その濡れた身体を拭き、温め、思うさま撫でぐり回したい。存分に甘やかせたい。とことん可愛がりたい。俺が、守ってやりたい。
心に芽生えた様々な気持ちを頭が理解する前に、フェイは駆けた。
とにもかくにも逃げるのなら捕まえるまでだ。
伸ばした黒のまだらが走る太い腕が、先を行く細い首を絡め取るまで、あと少し―――。
***
「ほら、飲めよ」
コトンと差し出したのは温かな湯気を昇らせる黒いマグカップ。中身は蜂蜜を垂らしたホットミルクだと説明をしながらフェイはガシガシと大判のタオルで己の体を拭いた。
ありがとう、と頭からすっぽりタオルを被った人物が消え入るような小声でお礼を言うと、恐る恐るマグカップに手を伸ばす。それを見たフェイは笑みを浮かべて、「飯作るから、それ飲みながら着替えて待ってろ」と台所へ向かった。
あの後、逃走した子犬の首根っこを掴まえて、フェイは自分の家へと連れ帰った。
初めは暴れていた子犬も腹の虫の鳴き声を虎に聞かれた途端、急にしょぼくれてしまった。
大人しくなったのを良いことにひょいと脇に担いで追ってきた道を戻り、傘を拾って帰宅の途に着いたのだった。
ジャッジャッと鍋を振るい白米と玉子と有り合わせの材料を炒め、塩と胡椒で味を調える。仕上げに鍋肌に沿って醤油を垂らせばフェイの十八番である焼き飯の完成だ。
簡単に手早く腹を満たすには持って来いの焼き飯を虎の胃袋で二人前分、それをこんもりと二つの皿に盛りつけてふと思う。野菜が足りねえな、と。
がさがさと野菜室を漁るが男の一人住まいにそんなに多くの物が入っているわけもなく、結局焼き飯で使った葱の青い部分を使って簡単なスープを作ることにした。
「飯だぞ」
食卓と呼ぶには些か小さすぎるテーブルに、フェイは出来たての焼き飯と青葱のスープを置いた。その様子を声を掛けられた子犬がもじもじと遠くから見ている。
渡しておいた洗いざらしのシャツにちゃんと着替えているのを満足に思うが、同時に心の中で盛大な舌打ちをした。
どう考えてもサイズが合わないとは思っていたが、よもやシャツしか身に着けていないとは!
フェイが渡しておいたのは黒い長袖シャツと腰部分を紐で引き絞る形の綿パンツ。どちらもフェイの部屋着だが、濡れた服のままでは風邪を引く、とタオルと一緒に渡したものだった。
きっちりボタンを留めているけれど、襟ぐりから覗く白い肌に走る鎖骨の線、肩幅が合わずにだらりと華奢な身体を覆う生地はその線の細さを際立たせ、裾から伸びる膝から下の健康的な脚に、虎は思わず生唾を飲み込んだ。
子犬相手に何を考えてるんだ俺は。
相手は子供だ。だから雄の前で無防備な姿を晒せるんだ。ここのところご無沙汰だったからとはいえ、子犬相手に欲情する虎があるか!
不埒な己を叱咤して、子犬に釘付けになっていた視線を無理やり剥した。
ふとテーブルの上のマグカップを見てみれば半分も飲んでいないようだった。
「どうした、腹が減ってたんじゃないのか」
フェイの問いに答えたのは子犬自身ではなく、腹の虫。ぐきゅ~~~という間の抜けた音が腹ペコだと言っていた。
またしても俯く子犬に笑みを深くしたフェイはくくっと喉を鳴らす。
そうだ、まだ子供なんだから食べ盛りに決まってる。
先程子犬に抱いた邪まな考えは霧散していた。
「ほら、遠慮なんか良いからこっちに来いよ。先に食ってるぞ」
がたがたと音を鳴らして椅子に座り、普段は全く使わない「いただきます」の言葉を大きい声で言い、フェイはほかほか出来たての焼き飯を頬張った。
我ながら美味い。
味付けに満足しながらがふがふと頬張っていると、ひたりと足音が近づいた。
フェイはあえて視線を上げずに匙を動かす。控え目な音を立てて椅子が引かれ、ちょこんと子犬が席に着いた。
「…いただきます」
律儀に手を合わせ、子犬の手には少々大きすぎる匙を持ち上げてフェイ自慢の焼き飯をその小さな口に含んだ。
「っ美味しい」
その言葉を皮切りに、夢中で匙を動かす子犬の何と必死なことか。
余程腹が減っていたのかと思いながら、気持ちよく食べてくれる姿にフェイの気分も良くなるというものだった。
「んぐっ」
余りにも掻き込み過ぎたのか子犬が黒いマグカップに手を伸ばそうとした先に、フェイが水の入ったコップを置いた。
手を伸ばしたままの形で固まった子犬の視線がそろそろと上がる。
「焦らないで良いからゆっくり食べろよ」
穏やかな表情で笑うフェイと目が合った子犬の顔が途端に林檎のように真っ赤に熟れていく。
こくこくこくと何度も肯きを返してコップを受け取ると勢いよく飲み干し、ダンッとテーブルに叩きつけるように置くと、意を決したように口を開いた。
「わ、私をここに置いて下さい!!」
お願いします!!と頭を下げた子犬を前に、フェイはぽかんとした顔で「…おう?」と応えていた。
まさか疑問の声がそのまま肯定の言葉として受け取られるとは思いもしなかったけれど。
まあ良いか、とそれをすんなり承諾したのは、フェイ自身がリールア=ロウファと名乗った少女、いや年齢から言えば成人女性を帰すつもりが毛頭無かったのだと後に気付いたからだった。
自分から傍にいると言ったのだからあえて逃す手は無い、と。
弱者に優しくすることは虎の本能でもある。
リルと呼ぶことにした少女の種族や年齢を聞いた後、それでも『彼女を守らなければ』という思いは消えること無く、むしろより一層増した気さえした。
そんな庇護欲を掻き立てられるのは見た目が子供だからだろうと結論付けたフェイは、まずはリルの為の服や食器を買ってこようと決めたのだった。
以下、簡単な脳内設定
フェイ=フー(28)
獣虎人
雄
大柄で筋肉質
短髪黒髪に黄色の肌
獣虎人である証として顔を除く全身に黒の縞模様が刺青のように入っている
ざらざらの猫舌だが熱には強い
かつおぶしが大好物
ある日リールアを拾った
リールア=ロウファ(21)
獣狼人
雌
小柄で華奢
蜂蜜色の髪に象牙色の肌
獣狼人には珍しい灰色の垂れ耳を持つ
イヌ科なのに熱に弱い猫舌
フェイに首根っこと胃袋を鷲掴みにされそのまま居候になる
ある日フェイに拾われた
***
虎の獣人に萌えが訪れた時に浮かんだ妄想。
獣人とか体格差とか禿げあがる程好物です。