かくしごと
見せない・言えない
「これ、邪魔じゃないの?」
豊か過ぎる苔緑色の髪を自分で適当に散髪しているそうで、彼はいつも前が見えているのか分からないほどに前髪が長い。鼻の頭までかかりそうな彼の前髪を持ち上げようとした指先は、やんわりと拘束された。
「邪魔? まさか」
瞳が見えない彼の感情を察するには口元と声色で判断するしかない。口角が上にあがり、少し戯けるような声。彼は笑っている。
捕まった指先に仕掛けられる誘惑を退けつつ、今度は反対側の手で暴こうと試みた。
「気になる?」
遂に両手が囚われて、するりと搦められる彼の手。私の両手十指の間を埋める骨太な指がきゅっと握りしめてきた。
「鬱陶しそう……」
私が思う率直な感想がそれだった。分厚い前髪が隠してしまう視界は不便ではないのだろうか。
「そうでもないよ。ほら……口付けるのに支障ない」
的確に、私の唇を捉える。軽い音を立てて少し離れた彼は、私にとても近い場所で「……ね?」と満足そうに笑った。
「……そういうことじゃないんだけど」
「そう? ……誘惑されたのかと思ったのに」
彼の薄い唇の端からちろりと赤い舌先が覗いた。
物欲しげに見えたと思われるのは甚だ心外だった。誘惑をされたのは私の方なのだから。
「じゃあ、どういうこと?」
手を引かれて促されて、自然と彼の体に腕を回してしまう。私が彼に抱き着き、甘えるような仕草で見上げる様は、不本意ながら確かに物欲しげに映るかもしれない。
いつも、いつの間にかにそのようにさせられているのが悔しくて。
「……別に、深い意味とかない」
可愛いげのない言葉で私は嘘をつく。
「本当に?」
両手で私の頬を包み込む彼が上から私を見下ろす。苔緑色の壁の奥から、真実を探るような視線を感じた。
胸の奥の、どこか柔らかな場所が暴かれるような。そんな、不透明な疼きを感じ取ったような気がして。
「…………知らない」
彼の両手から逃れた顔を、彼の見えない視線から隠れるように彼の胸へと押し付けた。
「拗ねた?」
「拗ねてない」
「怒った?」
「怒ってない」
「嫌った?」
「……嫌ってない」
「好き?」
「…………別に」
「憎まれ口だなあ」
「……何とでも」
「何だよ。今日はどうしたんだよ? ツンツンしてるけどそれ、可愛いだけなんだけど」
言葉の応酬は小気味良く。可愛いと言われれば心だって踊ってしまう。―――けれども。
くくっ、と可笑しそうに笑う彼が、頑なに目を隠す彼が、本当は笑っていないかもしれないという不安に苛まれているなんて、とても言えない。




