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小話置き場  作者: 煤竹
その他
13/16

沈黙の門番

性別誤認

 唐突な話ではあるが、私には気になる人がいる。

 その人は沈黙の門番と呼ばれるほど寡黙な人物で、私の住む村の入口に立って警備をしている騎士だ。

 彼が都から派遣されて来たのは一か月前。騎士としてはかなり小柄な彼は私と同じくらいの背丈をしている。

 村役場に勤める身として、すれ違う人々と挨拶を交わす私は村の入口を通るたびに彼にも挨拶をする。けれど、彼から一度も返事を返されたことは無かった。



 最初は声が出せないのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。同僚の騎士と小声でやりとりをしているような様子は遠目から何度か見かけた。

 ならば彼を覆う無機質な金属と同じく彼自身も無感動な人間なのだろうかと思ったが、それとも違うようだ。無感動な人間ならば首肯さえ返してくれはしないだろう。



 そんなこんなでいつから気になり始めたのかは定かではないが、彼への興味は日増しに募る一方だった。





「お早うございます」

「……」



 今日もいつものように返事は無く、頭全体を覆う兜――格子状の隙間が開いたバイザーで顔を隠しているから表情も窺えない――をほんの少し動かして会釈されるのみ。


 顔も人となりも見えない彼だけれど、いつかその声が聞いてみたい。


 今日もそんなことを思いながら、私は職場への道を急ぐのだった。











 +++











「それは恋ね!」



 握りこぶしを振り上げて、同じ職場で働く幼馴染が鼻息荒く詰め寄ってくる。


「ツイリは沈黙の門番に恋してるのよ!」

「…はあ?」

「ああっ、本物のユラ君みたい!」


 少し変わった感性の持ち主である幼馴染は、都で流行っているという特殊な恋愛小説にはまっている。特殊な恋愛小説とは即ち、男同士の恋愛模様を記したものだ。その小説は、ユラという主人公の少年が憧れの騎士と涙あり笑いありすったもんだで恋仲になる、というものだと夜遅くに家に押しかけられて滔々と熱く語られたことがある。

 男の私にそんな話を振られても興味のかけらも湧かず、少年と騎士の濃厚な情事のくだりの途中で寝てしまったが。


 まさかそれを私に当てはめようというのか。目を輝かせる幼馴染にうすら寒いものを感じる。


「ヴェルが何に期待しているのか分かりたくもありませんが、私は男性に興味はありませんよ」

「何言ってるのよ!声が聴きたいなんて恋の第一歩じゃない!」

「それこそ何を言ってるんですか」


 夢見がちな幼馴染を一笑に付して、目を通していた村民からの要望書をそれぞれの部署宛てに仕分ける作業に戻った。









 陽が落ちた帰り道、村の入り口に立っていたのはまたもや彼だった。普段二人一組でいるのに、今は一人で立ち番をしているようだ。

 一日に二度、彼に出会えたことで気分が高揚する。……別に幼馴染に言われたからといって、彼に対するこの気持ちが恋心であるとか、そういうことではない…と思う。胸がドキドキして息苦しさを感じて頬が火照る気がしないでもないが、彼は男なのだから。決して恋心などでは無い。これは言うなれば、チャンス、だ。声を聞けるかもしれないという絶好の機会。そのための興奮なのだ、そうに違いない。

 普段は足早に通り過ぎる彼の横に私は立ち止まった。


「こんばんは」


 足音と気配から既に察していたであろう彼はこちらを向くと軽く頭を下げた。やはり声を出してはくれないらしい。

 そのことに残念な気持ちを抱きながら彼の近くに寄れば、男性としては比較的小柄な私に輪をかけて彼は小さく見えた。隙無く装備している厳つい全身鎧もよく見れば私でさえ身に付けられないのでは、と思わせるほど。

 小柄にも程があるのではないか、と自分のことを棚に上げて彼をじろじろと観察してしまう。

 そんな私の不躾な視線を感じただろう彼は首を傾げた。兜からカシャンと金属が擦り合わさる音が立つ。それが私には「何か?」と訊かれているようで、私は咄嗟に謝った。


「あ、ごめんなさい」


 カシャン、と、今度は逆側に首を傾げられた。それはそうだろう、私は何故謝ったのだ。

 自分でも驚いている自分の行動に次第に混乱を来し、ただ彼の声が聴きたいと思っているだけなのに私の口は勝手に関係の無い言葉を紡ぎだす。


「いえ、その、ええっと……、つ、月が」


 首を元の位置に戻した彼が左の人差し指で空を指す。鋼色の手甲が指さすその先には綺麗な円を描く満月。


「そう、その月が、」


 月がどうした。

 私はどうしたいんだ。

 私は彼の声が聴きたいだけだ。

 そうだ、彼の声が聴きたい、それだけだ。

 彼の言葉を引き出すような、気の利いた言葉を言うんだ、私!


「…………きれい、ですね」


 ……私は何を言っているんだ。


 見たままを言葉にしただけで、しかも男の私に月が綺麗だなんて言われて彼はどう反応すれば良いというのか。幼馴染の言うユラ君と騎士的な属性でない限り、確実に引いてしまうだろう。


 明らかに言葉選びを失敗した。しくじった。がくりと肩を落とした私の横で、彼が空を仰いだのが分かる。

 間を置かず、兜のバイザーを上げる音がした。


「…本当だ、今夜は月が綺麗ですね」

「―――っ!?」


 不意に耳を打ったのは凛とした涼やかな声。余りに唐突なその音は、私の胸の奥にまでするりと入り込んだ。

 俯いていた顔を上げて、目の前に立つ門番の彼を見る。いや、今はっきりと聞いた声が、聞き違えなどでなければ、彼は……彼女、は……?



「職務上、空を見上げることは余りしないもので貴方に言われるまで気づきませんでした」


 あれほど聞きたいと願っていた声が、意外なほどの気軽さで、穏やかな柔らかさでもって鼓膜を揺らす。予想していた低い声は想像と違い、かなり高い。この衝撃たるや、海水だと思って舐めたら砂糖水だった、くらいの驚きだ。自分の表現力の無さにも驚きだ…。



 混乱していた頭は恐慌し、さらに麻痺してしまった身体は棒立ちのまま。私は目の前で起きている出来事についていけず只管目の前を凝視する。

 バイザーを上げた兜から見える彼女の横顔は、暗がりではっきりとした表情は分からないが、月を見上げた瞳を細め、口元はきゅっと口角が上がっているような気がする。笑っている、のだろうか。私が、月が綺麗だ、と言って、彼女も月を見て、笑って、同じく綺麗だ、と……。そんな彼女の方が、よほど……。


 私が声も出さずに見惚れていることを彼女がはっとした様子で気づき、慌てた様子でバイザーを下ろしてしまった。


「お見苦しい物をお見せしました。……どうか忘れて下さい」


 無機質な金属に反響してくぐもって聞こえる彼女の声は、もう一言も喋るまいと固い響きだった。

 見苦しいとは何か?忘れて下さいとはどういう意味か?それらを考えてる間に訪れるであろう沈黙に耐えられそうになくて私は無理やり言葉を繋ぐ。


「あの、貴方、……女性、だったんですね」

「……」

「ずっと、男性だとばかり思ってて、その、」

「……」


 いつもの佇まいに戻ってしまった彼女から返答は無かった。

 兜に隠されている彼女の表情はもう窺い知ることが出来ない。声も聞けない。もっと、彼女のことが知りたいのに―――。


「あのっ」

「おーい、交代の時間だぞ」


 更に言い募ろうとした私の声を後ろから遮ったのは彼女と同じく村を守る騎士の一人。

 見回りから戻ったらしく、村の方から歩いてきたところだった。


「おや、お取込み中だったか?」


 戻ってきた騎士が先程の彼女の様にバイザーを上げて私と彼女を交互に見遣る。騎士らしい体格に相応しく厳つい顔から発せられる野太い声が私たち二人をからかうように掛けられた。

 この騎士には見覚えがある。彼女といつもペアで門番をしている騎士で、必然的に覚えてしまったのだ。

 大柄な騎士と小柄な騎士というちぐはぐな組み合わせが村の入口に立っているのは、なかなか目立つものだった。


「……取込んでなどないです」

「何だよ照れるな照れるな。愛の告白の場面を邪魔して悪いな」


 あ、彼女が喋った。なんて浮かれつつ大柄な騎士の言葉にぎょっとする。

 告白なんて、いつ、誰が、したと言うのかっ。


「だがなぁ、相手が悪かったぜ」


 笑いを含むような、憐むような、そんな視線と声でもってこちらを向いた騎士は、私の頭に手を乗せ、よしよし、と髪を撫でてきた。

 ……なんだ?頭に何か付いていたか?

 見上げるように上目遣いで騎士を見れば、でれっと騎士の顔がだらしなくなった。なんなんだ……。


「こいつはこんなナリだが中身は女なんだよ。残念だったな、お嬢さん」


 ええ、それは先程から十分に理解して…… お 嬢 さ ん …………?



「止めてくださいファルガン。彼女は別に私に告白なんてしに来たわけじゃないですから」

「あれ、そうなのか?こんな時間に若い二人が逢引きしてるから、おっさん年甲斐もなくどきどきしちまったのに」

「ぶん殴りますよ。ただ少し、世間話をちょっとしていただけです」


 あれあれ?今彼女の口からもものすごく泣きたくなるような言葉が出なかっただろうか。

 ひょっとしなくても、私、性別を誤解されているのではなかろうか……?


「あ…ああの、お二人とも……」

「ああ、悪いなお嬢さん。こんな暗くなるまで引き止めちまって」

「いえあのそれは全然…、というか私はお嬢さんでは」

「今からこいつと見回り交代だからついでに家まで送ってもらえ、な?」

「はい?い、いえ!?はいっ??」


 びっくりし過ぎて「はい」と「いえ」しか出て来なくなってしまった。

 慌てふためく私の顔は暗がりでも焦りで真っ赤になっていることだろう……私を見る二人の視線が微笑ましげだ……!


「遠慮してんのか?可愛いなぁもう。俺に惚れてくれれば良かったのに」

「妻帯者が何言ってるんですか、キーリャさんに全部報告しますよ」

「お前ってほんと冗談が分からん奴だな。人の家庭にヒビ入れるの止めてくれる?前にお前があることないことあいつに言ってくれた時のこと忘れてねえだろうな」

「私はあることしか言ってません人聞きの悪い。確か実家に帰られたんでしたか。そんなの私に文句を言う前にその浮気癖なんとかしてくださいよ」


 なんやかんやと言い合う二人のことを半ば呆然と見つめながら、沈黙の門番は蓋を開けて見ればかなり饒舌だったとか、もっと仲良くなりたいとか、いやそれより先に誤解を解かないことには何も始まらないだろうなとか、私は色々なことを思っていた。


 ……待て、誤解を解いたとして、私は何を始める気なのだ。

 声が聴きたかったという願いは達成した。ついでに素顔まで見れてしまった幸運。

 だというのに、私は彼女相手に何を始めようと言うのだ。


「…さあ、行きましょうか」


 自分の中の答えが出ずに黙ったままでいれば、彼女が私を送ることは確定事項となっていた。

 促すように背中へ添えられた彼女の手に押され、覚束ない足取りで私は歩き出す。


「送り狼になるなよ~」

「同性相手にどうしろと!」

「はははっ!」


 村の入口に残る騎士へ別れの挨拶が出来たかどうか、今となってはうろ覚えだ。性別を完全に間違えられていることに打ちのめされたからというのは否定しない。だが私の意識も何もかも、少し後ろを歩く彼女だけに全神経が向けられている。コツコツという私の革靴と歩調を合わせて金属質な足音が夜の道に鳴る。彼女と二人、つい何分か前までは男だと思っていた彼女と二人きりのこの状況、緊張しないわけがないだろう。


 どのくらい歩いただろうか、もう村の入口からは大分遠ざかっている。

 どうしよう、このまま真っすぐ家に向かっても良いのだろうか、それともわざと回り道をして彼女と夜道の散歩と洒落込めばいいのだろうか、ってなにそれどんなでーとっていうかわたしなんでこんなにかのじょのこときになってるのさっきまでおとこだとおもってたのにいきなりじょせいってわかったとたんいしきするとかばかじゃないのでもわたしだってせいじょうなおとこのこだしいしきしたっておかしくないしていうかわたしひょっとしてかのじょのことすきなのすきなの好きなの彼女が!?



 ぐわあっと顔に血が集まってきた気がした。


 え、わたし、彼女のこと好き……なの?


 今まであやふやだった沈黙の門番に対しての思いが、今まさに形になろうとしている。

 心に溢れるこの感情が、彼女に対する好意と呼ばずしていったい何と言うのだろう……?



 絶対真っ赤だ、さっきより真っ赤だ、前を歩いていて良かった、それでなくても同性として見られてる果てしなく高いハードルを越えなくちゃいけないのにこんな情けない顔見られでもしたらたまらないっ!


 彼女に悟られぬよう必死に冷静を保つ。冷静に、どうやってこの気持ちを伝えるか、それを考えるんだ。…自覚してから告白までの過程が極端に短い気もするが気にしないこととする。



 ああそうだ気持ちを伝えるより前にどうしてもこれだけは今ここでやっておかねばなるまい。話はそれからなんだから。



 二、三歩早足で前に出て足を止め、彼女を振り返る。

 月明かりに照らされた甲冑が、幻想的に浮かび上がって見える。

 とても、とても美しい光景だと思った。



 同じく立ち止まった彼女に向け、意を決して私は口を開いた。


「先に謝ります、すみません!遠回りします!」


 彼女が何か行動を起こす前に彼女の手を取り横道に逸れる。

 突然のことに途惑っているのか私に手を引かれるまま付いてきてくれる彼女は、私が同性だと思っているからこそ抵抗しないのだろう。

 まずその認識を正す。そして、それから、……その後のことは後で考えればいいや。



 私は彼女と、物語のユラ君と騎士さながらのすったもんだを繰り広げるのも吝かではないと、この時ばかりは本気でそう思っていた。





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