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小話置き場  作者: 煤竹
その他
10/16

退屈な死神の王様

言葉遣いの悪い死神・お転婆娘


 昔々の大昔。

 死神の王様は、退屈していた。

 口付け一つで死に誘う王様は、自分の仕事に退屈していた。



「つまんねえ」


 やること成すこと何もかも味気が無くて退屈で、王様の目に映る全てのものが色褪せて見えた。



 今日もまた、いつものように人々を死の世界へ連れて行くため地上へ出ていた王様は、一人の少女と出会ってしまう。

 少女の名前はレルールカ。皆にルカと呼ばれている彼女はとてもお転婆な性格で、狩りや乗馬、冒険などおよそ乙女らしからぬことが大好きな少女であった。

 その日のレルールカは木へと登り、遠い街へ出稼ぎに出ている父親が帰ってくる姿をいち早く見ようと高い枝に座り遠くに目を凝らしていた。

 ところが運悪くレルールカが座っていた枝が折れてしまい、彼女は地面へ真っ逆さま。憐れな少女は頭を強く打ち、ぴくりとも動かない。


 その様子を見ていたのは死神の王様。彼女はこの日この時死ぬ目に遭い、死の世界へ行くのが運命となっている。

 王様はそっと彼女へと歩み寄り、傍らへ跪いて額と額を合わせた―――。


 ―――暗闇の中、レルールカが目を覚ます。


 ここはどこだろう、真っ暗で何も見えないわ。

 自分は父を待って木の上に居たはずなのに、いつの間にか変な場所に来てしまったのか。


 きょろきょろと光の無い世界を覚束ない足取りで進む彼女は今が夜なのか昼なのかも分からない。

 月も星も無い世界。寒さも暑さも感じない無の世界。



「どうしよう」


 レルールカは呟いた。

 見たことも聞いたこともない世界に私は来てしまった。

 身体の内側から震えが走る。

 辺りに生き物の気配はしない。ひょっとしたら自分一人だけの世界なのかもしれない。

 長閑で平和なあの小さい村から一転して右も左も分からぬ未知の世界は広かった。

 身体の震えは止まらない。否、止められない。


「ワクワクしてきた!」


 レルールカの目は輝いていた。身体の震えは武者震いだった。

 未知の世界への憧れは、小さな村で育った少女の中にも息づいていた。

 いつか自分も村を出て、世界を歩いて回ってみたい。この目に様々な世界を焼き付けたい。


 少女は小躍りしながら暗い世界を歩いた。

 誰もいない、何もない、孤独な世界だというのにそれはそれは心の底から楽しんであてどもなく歩いていった。


 そんな少女を闇に溶け込んだ死神の王様は見ていた。


 なんて娘だ。

 うっかり声に出しそうになって慌てて口を噤んだ王様は、少女に気取られぬように闇を伝って更に近付いた。


 レルールカは鼻歌を歌っている。

 王様は脱力した。


 なんて娘だ。

 再びそう思った王様は、こんな人間見たことねえ、と溜息を吐き出した。


「誰?」


 やってしまった。

 闇に溶け込んで姿を消しているとはいえ、溜息はレルールカの耳に届いてしまったようだ。

 舌打ちをしたい気持ちを抑え込み、王様は少女から少し離れた闇の中からその姿を現した。


「お前、馬鹿なのか」


 闇から出でた王様は、開口一番にそう言った。


「初めまして、失礼な人。馬鹿と言う人が馬鹿だという話を知らないの?」


 突然現れた王様に目を丸くしていたレルールカも、負けじと言い返した。


「俺は馬鹿じゃねえ!」

「気にすることないわ、馬鹿な人はみんなそう言うの。エリックもそうだったから安心して。あ、エリックというのは村長さんの息子で、威張りんぼでいつも人のことを馬鹿にして自分は高貴な血筋だから敬い奉れって言うのよ。村長さんご夫婦はとても優しくて良い人なのに。あ、村長さんと言えばこないだ仔馬が産まれたって喜んで…」

「聞いてねえよそんなこと!」

「聞きたそうにしてたでしょ?」

「お前が勝手に喋り出しただけだろうが!」

「あら、そうだったかしら」


 唇に人差し指を付けたレルールカは、小首を傾げて王様を見上げる。

 突然目の前に現れた己に動じることのないレルールカに、王様は再度「何なんだこいつは」と思った。


 ここは生と死の狭間の世界。死に瀕している魂が一時的に存在する場所であり、死神の王様の仕事場でもある。

 普通の人間ならば、暗闇の中に一人放り出されれば老若男女問わずに泣き喚き、或いは狂気に陥る。

 人間たちは負の感情を爆発させて一頻り疲労した後に、沈黙する。

 王様はそんな憐れな死者へ餞として口付けを贈り、最期の息を吸い取るのだ。


 そうやって人々を死の世界へ送り出して幾年月。

 単調なその仕事に退屈していた王様に、今こうして目の前にいる少女は特異過ぎた。


 未知を楽しむ余裕。

 孤独を恐れぬ心。

 物怖じしない口ぶり。


 誰が見てもこの少女が死ぬとは思えない。それほどまでに、少女の魂は輝きを放っていた。


 ……輝き。

 王様は目の前でまだ何かを喋っているレルールカに釘付けとなった。


 少女の一つに纏めてある金色の髪は緩く癖が掛かり、二つの翡翠色の瞳は真っすぐ己を見つめ、興奮を表す頬には薄桃色の赤みが差す。


 色を失くした王様の目に、これらの色が今まさに、映っていたのだ。


「こんなことが……」


 よろめき、手で口元を覆った王様は首を横に振る。

 灰一色の世界にぽつりと落とされた色彩の雫。

 気の遠くなる時間を味気ない世界で過ごしていた王様にとって生命に溢れる少女の色、それは驚くほどに眩しく、そして驚くほど心奮わせるものだった。


「…決めた」

「ん、何か言った?」

「お前を帰そう」

「はい?」


 悩める様相を呈していた王様が、急に何かを決意してレルールカを帰すと言う。

 ということはつまり、とレルールカは言った。


「貴方が私をここに連れて来たの?」

「まあ、似たようなもんだ」

「帰そうってことは、私帰れるの?」

「俺が望めばな」

「えー、困る」


 はあ?と王様は聞き返した。

 こんな得体の知れない場所から元の世界へ帰ることが出来るのに、それを困ると言うのだから。


「私、まだここに居たいんだけど」

「それは駄目だ」

「どうしてよ!」

「それはこっちの台詞だ。こんな暗くて誰もいない、寂しい空間。色の無いこんな世界に居たいだなんてどういうことだ?帰すと言うのにどうしてここに居たいなんて言葉が出る!おかしいだろ!」

「だってまだ全部見てないもの!」


 少女は言い切り、王様はぽかんとした。


「誰もいない?嘘よ。貴方が居たわ。ここは誰もいなくて寂しい空間じゃない。他を探せばもっと人が居るかもしれない」

「馬鹿なことを言うな」

「それに色が無いですって?それも嘘。暗闇でも目が慣れれば見えてくるわ。ほら」


 レルールカはずいっと一歩前に出て王様の肩から流れる髪を一房取り、「ね?」と言った。


「私、こんな綺麗な藤色を見たことない。それに瞳の色も紅茶みたいに赤いのね」


 髪はどうやって染めてるの? やらこんな色に染めてる人初めて見たわなどと言い、少女は王様の髪を染髪したものだと思っているようだが、王様の耳はそこまで聞き取れなかった。


 …そうか、俺の髪は藤色だったか。俺の瞳は赤かったか。


 王様自身、忘れていた己を形作る色を少女はこの色の無い世界で見出した。

 そう理解した瞬間、王様の視界にまた色彩の雫が落ちた。


 王様を驚かせる事ばかり紡ぎ出す薄紅色の唇、己の髪を掴む手の白さ、少女が着ている新緑色のワンピース。


 少女ばかりか、少女の纏う空気、色が無いと思っていたこの空間にさえ、色が見えるような気がすると王様は思った。


「私、もっとこの世界が見てみたいの。今まで狭い村の中でしか生活してなかったからこんな経験初めてでとても楽しいし。それに不思議と疲れないからもうちょっと歩き回りたいの。いつでも帰れるならそれからでも良いでしょう?」


 お願いします、と頭を下げた少女に、死神の王様はやはり良い顔はしない。

 この空間は生と死の狭間。ここに長く残れば魂は肉体を離れ、戻ることは叶わないのだ。

 王様はここで死者との口付けによって魂と肉体を分かれさせ、そのまま魂を死の世界へと誘う。つまりここは死の世界の入口というわけだった。


 この少女が輝きを放っていられるのは肉体と魂が未だ繋がっているからだ。

 もしこの二つが分かれれば、少女とて輝いてはいられないだろう。

 自分が断つか、それとも自然と戻れなくなることで色を失う彼女を想像する。


 王様は、それがとても嫌だ、と思った。


「…なら、またここへ連れて来てやる。そう約束をしてやるから、今は帰るんだ」


 気付けば王様はそんなことを言っていた。


「ほんとに?」

「ああ、俺は嘘は嫌いだからな」

「ほんとにほんと?」

「なんだよ、しつこいなお前」

「じゃあ約束の印に交換しましょう!」

「交換だ?」


 レルールカは自身の髪を留めていたリボンを解き、王様の左手首にそれを巻き付けた。


「私の村では人が約束を交わす時に忘れないようにって互いに物を交換するの。私からはそのリボンをあげる。だから貴方も何か私に頂戴?」

「何かって……」

「何でもいいの。貴方も髪が長いけどリボンは持ってないの?なければハンカチでも良いんだけど」

「俺がそんなもん持ってるように見えるかよ」

「見えないわね。他に何か無いの?」


 少し考えた死神の王様は自身の髪を一本抜き、それを同じようにレルールカの手首へと巻き付けた。


「これで良いだろ」

「うんっ!約束ね」

「ああ。それじゃ戻るぞ。目を閉じてろ」

「分かったわ」


 素直に応じて少女は目を閉じる。

 ここまで逸らされることの無かった瞳が閉じて、王様は急に寂しさを感じた。


 王様は身を屈め、こつんと少女の額と自分の額を合わせる。

 このまま少しずらせば最期の口付けとなってしまう位置にあっても少女は気にする風も無く、王様にされるがままになっている。

 それもそのはずで、少女は目の前の王様を人々に死を齎す死神だと知らないのだ。

 そんな動じることの無い少女を王様が面白くないと思っていることも、少女は知らない。


 ったく、俺の気が変わってその息を吸い取ったらどうするんだよ。

 王様がそんなことを思っていると、「そうだ!」と少女が大声を上げた。


「っ、びっくりさせんな!」

「名前!」

「ああ?」

「名前聞いてなかった!貴方の名前聞いてないし、私も言ってない!」

「……くっ」


 どこまでも脱力させてくれる、と。

 王様は小さく噴き出した。


「私、何か変なこと言った?」

「変だ。変過ぎる」

「なによ!人として大事なことでしょ?」

「人として、か」


 俺はお前のこと知ってるけど、などと言ったら少女はどうするだろうか。

 …どうもしないのだろうな、ここまで謎と言う謎を悉く無視しているようなおかしな娘だからな。と王様は妙に納得した。


 うんうん、と額を合わせながら肯いていたレルールカは、閉じていた翡翠色の瞳を開いた。

 それは紅茶色の王様の瞳を見つめている。


「私はレルールカ。村の皆はルカって呼んでるわ」

「俺はシェザード。シェズとでも言え」

「シェズね。分かった!」

「さあ目を閉じろルカ。お前を帰そう」

「約束、忘れないでね!」


 微笑みを浮かべるレルールカの頬を一撫でして、王様も目を閉じた。

 少女の魂と肉体を繋ぐ細い糸が伸びているのを感じる。大丈夫、まだ途切れていない。

 王様は少女の魂から死を取り除き、生だけを残す。己にとって馴染み深い死の気配が少女から遠のいていくのを感じ、安堵した。


 けれどまだ完全ではない。

 この世界に居すぎたせいなのか、少女の魂が肉体に戻るだけの活力が足りていない。

 このままでは戻る力が足りず、途中で力尽きてしまうだろう。

 王様は合わせていた額を離し、替わりに唇を近付けた。触れはせず、唇で軽く息を吹きかけ、そして軽く息を吸い込んだ。

 少女は自身の身体がぽかぽかと温まるのを感じると同時に心にぽっかりと穴が開いたような、不思議な感覚に捕らわれていた。


 何だろう、と思う間もなく少女の意識は真っ白に染まり、


「さあ、戻れ。お前の身体(世界)へ」


 王様の言葉と共に光に包まれたレルールカの魂は、肉体と繋ぐ糸を頼りに帰って行った―――。





 ―――少女を死へと誘うために近付いた王様は、少女の命を取ることは無く。反対に少女の命を助けてしまった。


 死の淵にいたレルールカが目を覚ますと、そこは自室のベッドの上。頭に包帯を巻いた姿で寝そべっていた。

 周囲にいた家族が「良かった良かった」と口々に言い、その中にはあの日、帰りを待っていた父親の姿もあった。


「神様がお前のことを助けてくれたんだよ」


 一週間寝たきりだった娘が目覚めたことを泣きながら喜ぶ母親がそんなことを言うのを、少女はどこか遠くの方で聞いていた。


 ……大事な何かが、無くなってしまった。


 少女は目覚めたばかりの頭の中で、その何かを必死に考えていた。巻かれた包帯をぼんやりと撫でる。その手首に一本の藤色の糸を巻き付けたまま。








 死神の王様は退屈だった。

 でもその退屈ももう終わり。


 レルールカの記憶を消した王様は、仕事のついでにお転婆な少女の姿を見るのが日課になっていた。

 約束を忘れた少女は王様のことも王様と出会ったあの場所のことも忘れていた。


 これで良い、と王様は頷く。

 死への憧れなど少女にはまだ早い。然るべき日が再び訪れたら迎えに行くのだから。

 俺は嘘をついてないぞと影に紛れて王様は思う。


 約束の印は互いの左手首にある。少女の忘れないでという願い通り王様は忘れない。


 今日も今日とて元気に危ない遊びに興じる少女を「あいつほんとに馬鹿だ」と王様は退屈を感じる暇がない。というより気が気でない。



 誰かあの馬鹿を止めてやれよ。

 村長の息子も一緒になって馬鹿やるんじゃねえ。

 断崖に咲く薬草を取りに行くって、あれはただの雑草だ馬鹿!



 ついに王様は痺れを切らし、折角分け与えた命を少女が無駄に摘み取らぬよう見張るため、なんと村に引っ越した。しかも少女の家の隣に引っ越した。



 自分が死の国の王だし。

 俺が法だし。

 誰にも文句は言わせねえし。



 掟破りも程があるなどと五月蠅い側近どもの声を蹴散らして、王様は少女のことを直接見守ることにした。





 おしまい

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