第1花 - エワールの少女
フィオリア・ロットリー それが私の名前。
北の小さな国〝エワール〟
その王家ロットリーの第三王女として生まれた私。
フィオリアの名のリアというのは国花である小さな白い花の名だと
物心付いたばかりの私にお父様が話してくれたのを覚えている。
お母様は優しく朗らかな女性だったらしい。
らしい…というのはお母様は私を生んだあと産後の肥立が悪く私が1歳の頃に亡くなってしまった。だけれどもお母様の優しい声や温もりは微か。
…それでも私は忘れることはないだろう、ずっと。
物心付く頃にはいなくとも
年の離れた姉様たちと兄様たちはとても優しくて寂しいとは思わなかった。
しかし私を産んだときの母は妊娠としては高齢で難産だったらしく、そして生まれた私はそのため生まれつき体が弱い。
北の大地のエワール国ではその寒さゆえ私の体調は落ち着くことがなく
見かねた父が私をこの西の大国〝エリシアーノ〟に療養として移すことに決めたのは私が8歳の頃。エリシアーノのエクライヤ王と父が古くからの友人だったため王は私を快くエクライヤ王家に迎えてくれることになった。
エリシアーノ国に向かう前の数日間は姉様たちと兄様たちが
部屋に来ては本を読んでくれた。
「にいさまはエリシアーノに行ったことありますか?」
ベッドから顔だけ出して尋ねる私に
「父上と何度か行ってるよ、このエワールも綺麗だがそれに劣らず綺麗な国だ」
「きれいなのですか」
「ああ、それにエクライヤ王も王妃もお優しい方だ。フィオが心配することはないさ」
微笑んで優しく頭を撫でてくれる温もりに私も小さく微笑んだ。
8歳の娘が療養するには
幼い私でもわかるほど立派な部屋をエリシアーノのエクライヤ国王が与えてくださった。
白の裏側の部屋だけれど日当たりもよく何より静かで落ち着ける部屋。
そして勿論、お父様たちが言うようにここの気候は心地よかった。
ただ初めこそ急な気候の変化で悪化したりはしたけれど
それからは以前よりかは穏やかだ。
何かと気にかけてくれる王妃様や優しい侍女たちの姿に
故郷であるエワールの姉様兄様たちを思い出すことも少なくはなかった。
そんな時は嬉しい反面・・・ほんの少し寂しかったけど。
私が一番好きなものが城裏手の庭園。
それは私の部屋の窓から見える場所にある。
城正面に位置する庭園ほど大きくも華美でもないけれど
自然的な木々や花が好きだった。
そして何よりも庭園の奥には
故郷・エワ-ルの国花であるリアの花が咲き誇っていて
それが私の心を穏やかにしてくれる。
小さな白い花と優しい葉の緑がとても愛らしい。
城から少し離れた裏手の庭園ということであまり手入もされてないけれど
生き生きと育つ様子の草花に心が躍る。
見た目ほど丈夫ではない体の私にはそれが何より羨ましく憧れた。
・・・エクライヤ王家の城に移り2週間
日々慣れてきた体調だが油断は禁物だと医者に言われ、
嫌いな苦い薬を涙目で流し込み、それを見て苦笑する侍女が柔らかな毛布をかけて
「さあフィオリア姫さまお休みくださいませ」
と、微笑んで部屋を出て行くのは毎日の週間のようになってしまってる。
大きな窓から見える空は青く澄み切って美しいのに
なのに薬を飲んで昼寝をしなければいけない自分が寂しい。
「・・・さみしい」
そう口に出してしまえばもう止まらない。
ゆっくりベッドから起き上がり静かに部屋の扉を開けて廊下を見渡した。
見つかれば怒られるであろうが
運良く昼時ということもあり侍女たちも休憩なのか廊下は静けさを保っていた。
王家専用の通路を使えたのも運が良かった。
室内用の履物は生地が薄く、しかも子供の足ではペタペタと音が響く。
それが通常の通路ではすぐにばれてしまうだろうけど王家のみ使える通路だとばれることは少ない。
これから向かう場所を考えるだけで心が躍る。
気が付けば鼻歌を口ずさんでいる自分に気づきなんだか面白くなってきた。
階段を下りて煉瓦造りの門を越えれば目的の場所はすぐそこだった。