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【完結】転生した春の音  作者: りのぺろ


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最終話 春の音、永遠に

春音が人間になってから五十年という歳月が流れた。洋介も春音も、すっかり腰の曲がった老人になっていた。洋介の髪は、真っ白になり、その手は長年の仕事で節くれ立っていた。春音の顔には深いシワが刻まれ、その足取りも、おぼつかなくなっていた。しかし、二人の間に流れる空気は、若い頃と少しも変わらなかった。縁側で日向ぼっこをしながらの昔話に花を咲かせる。それが二人の日課だった。


「ねえ、洋介さん。覚えてる? 私たちが初めて会った、ギャラリーのこと」


「ああ、覚えてるよ。君は目を輝かせて、俺の設計を褒めてくれたな」


「あの時から、私はあなたのことが好きだったのよ」


「俺もだよ、春音。君の笑顔に、一目で心を奪われた」


そんな穏やかな日々が、永遠に続くかのように思われた。

しかし、ある冬の日、春音は病に倒れた。ただの風邪だと思っていたが、咳は一向に収まらなかった。医者はもう手の施しようがないと、首を横に振った。

春音は、自分の死期が近いことを悟った。彼女は不思議と、穏やかな気持ちでその時を受け入れていた。


「洋介さん、悲しまないで。私は幸せだったわ。あなたと同じ人間として、同じ時間を生きることができて。本当に幸せだった」


ベッドの上で、弱々しく微笑む春音の手を、洋介は強く握りしめた。


「俺の方こそ幸せだったよ、春音。君が俺の人生にいてくれて、本当によかった」


涙が止まらなかった。彼女のいない世界で、これからどうやって生きていけばいいのか。

春音の容態は日増しに悪化していった。意識が朦朧とすることが多くなった。そんなある夜、春音はうわ言のように呟いた。


「⋯⋯森が⋯⋯森が⋯⋯私を、呼んでいる⋯⋯」


その言葉を聞いた洋介は、決心した。春音をあの森へ連れて行こう。彼女がエルフとして生まれた、あの場所へ。

洋介は村人たちの助けを借りて、春音を担架に乗せ、森へと向かった。リリアも成長した息子と共に、その後を、ついてきた。

森は五十年前と、変わらず、美しく、神秘的な空気に満ちていた。エルドランは森の入り口で、静かに一行を出迎えた。その姿もまた、以前と少しも変わっていなかった。

洋介はエルドランに、深く頭を下げた。


「エルドラン様、どうか春音を、この森で眠らせてはいただけないでしょうか」


エルドランは何も言わず、一行を森の奥深く、あの神聖な泉のほとりへと導いた。

春音は泉のほとりに、そっと横たえられた。彼女は薄っすらと目を開け、懐かしそうに周りを見渡した。


「⋯⋯ああ、懐かしい⋯⋯。ここで私はエリアーナとして生まれたのね⋯⋯」


春音は、洋介の手を弱々しく握った。


「洋介さん、ありがとう。最後に、ここに連れてきてくれて」


「春音⋯⋯」


「もう思い残すことはないわ。あなたとこの世界でも出会えて、本当によかった⋯⋯」


そう言うと、春音は、満足そうな笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。彼女の手から、力が抜けていく。


「春音! 春音!」


洋介は何度も彼女の名前を叫んだが、もう返事はなかった。小田春音、享年八十二歳。彼女の人間としての長い旅が終わった瞬間だった。

洋介の悲痛な叫びが森に響き渡った。


その時、再び奇跡が起こった。春音の亡骸が柔らかな金色の光に包まれ始めたのだ。そして、その体はゆっくりと光の粒子となって空へと昇っていった。粒子は森の木々に降り注ぎ、森全体が一層輝きを増していくようだった。


「⋯⋯彼女は森に還ったのだ。森の一部となったのだ。」


エルドランが静かに呟いた。

春音は死んでいなくなったのではなかった。彼女の魂はこの森と一体となり、永遠に生き続けるのだ。

その事実に洋介は慰めを見出した。彼は天を仰ぎ森に語りかけた。


「春音、聞こえるか。俺も、もうすぐそっちへ行く。そしたら、また一緒になろうな」


そして洋介はそれから数年後、春音の後を追うように静かに息を引き取ったのであった。彼の亡骸もまた、村人たちの手によってあの森へと運ばれ、春音が眠る泉のほとりに埋葬された。



今でもその森には二本の木が寄り添うように立っているという。

一本は力強く天を突くように、もう一本はその幹に優しく、寄り添うように。

そして、春になるとその木々には美しい花が咲き、風が吹くと、まるで春の音が聞こえてくるかのような優しい音色を奏でるのだという。


それは時を超え、種族を超えて愛を貫いた一組の男女の永遠の愛の物語。

「転生した春の音」をお読みいただきありがとうございました。

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