006:親と子
006:親と子
秀利は天馬の出した交渉才良を聞いて動揺する。
それもそのはずだ。
上部団体である尾田組では、薬物の売買は御法度としているからである。
それが天馬にめくれたのだ。
こうなってしまったら、既に秀利には選択肢が1つしかないのだ。
秀利は顔をクシャッとして苦悶の表情を浮かべながら、手に持っていたチャカをテーブルの上に置いた。
「分かりました、坊ちゃん。このガキたちは、坊ちゃんに引き渡す……その代わり薬物売買に関しては、オヤジには秘密にして下さい」
「おぉさすがは秀利や、物分かりが良うて助かる! わしも約束を守って、われらの薬物売買に関しては見て見んふりをしよう」
「おおきに。それじゃあガキたちを連れて行って下さい、子分たちを治療せなあかんので」
全てを諦めた秀利は、敬次と円を返す代わりに薬物売買に関しては黙っていて欲しいと頼んだ。
ここでごねないのは素晴らしいと天馬は誉めた。
自分の交換条件を飲んでくれたので、天馬も薬物売買に関しては黙っておくと約束する。
そのまま天馬は敬次と円を事務所の外に出す。
外には天馬の舎弟2人が待機していた。
円は顔面をボコボコにされており、気を失っていたので天馬は舎弟の1人に病院へと連れて行くように指示した。
もちろん普通の病院に行くわけにもいかないので、尾田組と繋がりのある闇医者のところに連れて行く。
病院へと向かう車を敬次は見送る。
そして見えなくなってから視線を、車から天馬の方に向けて深々と頭を下げた。
「今回は助けて頂きありがとうございます。親友を巻き込んでしまったのは、不徳の致すところですが……生きて帰ってこれたのは、天馬さんのおかげです!」
「おぉちゃんと頭を下げるか。それにしても本職のヤクザを、8人も相手して、ほぼ無傷なんておとろしいな」
「いえ我を忘れていたので、自分でも驚いてます……」
「それでこのタイミングで聞くんは、ズルい言われるかもわからんけど……君はわしの舎弟になるか?」
天馬が来なければ命は無かったと、心の底から敬次は感謝するのである。
普通に8人のヤクザを、1人で伸すなんて凄いと天馬は敬次を誉めた。
しかし敬次としては我を忘れていただけだという。
そんな敬次に天馬は、このタイミングで舎弟になるかと質問するのである。
もちろん天馬も、このタイミングで聴くのはズルいと分かっていながら聞いたのだ。
「天馬さん……俺は天馬さんの舎弟になるつもりはありません」
「おい! どんだけ兄貴が、われに期待して声をかけとんのかを理解しとんのけ! いちびるんとちゃう!」
敬次は天馬に、自分は舎弟になるつもりは無いと言う。
これに天馬の後ろで立っていた舎弟の1人が、敬次に詰め寄って調子に乗るなと断った事を非難した。
「止めんかい! こら彼の決断や、それをわしらが強制さす事はできん」
「し しかし……」
「これ以上、掘り返したら許さんど。敬次くん、今回は残念やったが気にせんでくれ」
「ちょっと待って下さい! そういうじゃないです!」
敬次がヤクザにならないと決めたのならば、その考えを尊重するとして天馬は手を引く事にした。
舎弟の男は納得いっていないが仕方ない。
敬次が決めた事なんだからと掘り返さずに、その場を離れようとするのである。
しかし敬次は帰ろうとする天馬を呼び止めた。
そしてその場に両膝を地面につけて、頭も地面に擦り付けるくらいの感じで深々と下げる。
「舎弟にはなれませんが……自分を子分にして下さい!」
「お おぉ……そういう事か、さすがは敬次くんだ。ここは舎弟がええとこや思いよったが、あんたは子分になりたいか」
「自分のような未熟者が舎弟なんて務まりません! キチンと子分になって、親分から極道とは何か……本物の漢とは何かを学びたいです!」
「素晴らしい心意気や! 今から敬次は、わしの子分や。盃に関しては、また後日に降ろす……そいでも今から親子である事をわっせるなよ?」
「はい! よろしくお願いします!」
敬次は舎弟ではなく子分にして欲しいと頼んだ。
いきなり子分という単語を出て来たので、天馬は真顔から少しづつ笑顔を溢すように表情が移り変わった。
自分のような未熟者が射程を名乗るのは、絶対にダメだから子分として1から学びたいと敬次は語る。
その心意気を気に入った天馬は子分になるのを認めた。
ここで親子盃をやるのは無理なので、また日を改めて親子盃を交わすと約束する。
「2日後の朝9時に、うちの事務所に来なはれ。もう敬次は、うちの組員や。優しゅうして貰える思うなよ、キッチリと作法っちゅうのを叩き込んじゃるからな」
「はい! よろしくお願いします!」
2日後に天馬の事務所に行く事が決まった。
さっきまでは優しい口調だったが、自分の子分になるというのが決まった瞬間、激しい口調に切り替わる。
これは自分の事を身内だと認めてくれて、厳しく躾をしてくれようとしているのだろう。
それを思うと敬次は嬉しく思った。
ある程度の話をしたところで、天馬は帰って行く。
姿が見えなくなるまで敬次は深々と頭を下げ、見えなくなってから「ぷはぁ!」と顔を上げる。
「いやぁ今回は、さすがに死ぬかと思ったな……結果としてヤクザになる事にはなったけど、あの人の下でなら本物の漢になれるかもな」
敬次は気が抜けて、その場にヘタレこむ。
さすがに今回は死んでしまうと思ったからであり、結果的にヤクザになってしまったのは驚く事だ。
しかし天馬の下ならば本気で、本物の漢になれそうだと自信持って敬次は思うのである。
とりあえず今日は家に帰る事にした。
そして林一家と、一悶着あった翌日の昼。
敬次の家に包帯でグルグル巻きになっている円がやって来るのである。
その姿は、あまりに痛々しい。
本当に申し訳なくなって、敬次は玄関で土下座をして巻き込んだ事を謝罪する。
「い いやいや! 謝罪して欲しいから来たんじゃ無いんだよ」
「え? じゃあ何しに来たんだ?」
「敬次がヤクザになるって聞いたんだよ。だから……だから僕もヤクザになりたいんだ!」
「なに? 円がヤクザに?」
敬次が土下座した事に、円は痛いはずの手を動かしてアタフタするのである。
謝って欲しいから来たのじゃないなら、どうしたのかと敬次は顔を上げて聴く。
どうやらヤクザになるのを聞いたらしい。
だから家までやって来たのだというので、さらにどういう事かと敬次は頭を傾げる。
すると遠回しに言っても仕方ないと円は感じた。
素直にヤクザになりたいんだと敬次に宣言した。
まさか円の用件というのが、ヤクザになりたいという事だったとは思わず、敬次は動揺するのである。
「どうしてヤクザになりたいんだ? お前の頭なら普通に暮らす事だってできるだろ?」
「確かに頭が良いのは自信があるよ……でも! これまでの僕の人生は、普通じゃないだろ? このままの生き方なら中途半端な人生になる………そんな人生を送るくらいなら人間の道っていうのを極めてみたいんだよ!」
「そうかもしれないけどよ……」
「頼む! 一生のお願いだよ!」
敬次は円の頼みの本気度を、その言葉から聞いてヒシヒシと感じている。
しかしどこか巻き込みたくない気持ちで一杯だ。




