023:むかし話
023:むかし話
辰馬が敬次の誘いを断った理由は、小笠原組を心底嫌っているからだという。
小笠原組がどうしたのかと藤田と円は疑問を抱く。
そこは確かに敬次も納得している。
ビールをゴクゴクッと飲んでから店主に「ビールをおかわり……いや! 4杯!」と頼む。
「どうして小笠原組を嫌っているのか、それをビールを飲みながらでも詳しく聞かせてくれ」
「そら……分かりました」
何も話すつもり無かった辰馬は、全てを断って焼肉屋を後にしようとした。
しかしあまりにも真っ直ぐな敬次の目を見た。
どうしてだろうか。
別にいくらでも断る事はできるはずなのに、辰馬は敬次の話を聞かせて欲しいという頼みを断れなかった。
敬次の向かいの席に座り、周総長と長富会長の方に目配せをして頷いた。
2人も静かに席に着く。
「それでお前たちは、どうして小笠原組を恨んでるんだ? まぁヤクザが、どうして嫌いなんだとかっていう筋合いは無いって分かってるけどな」
「少し長ぉなる思いますけど、どないしますか?」
「あぁ別に構わない、話してくれ」
これから小笠原組を嫌悪するようになった理由を話す。
話す前から明るい話は無いんだろうと察するくらいに、この席には不穏な雰囲気が流れている。
当事者であろう3人の表情は、あまりにも暗すぎる。
どんな話が出るのかと敬次は、ビールをゴクンッと飲んでから身構えた。
そして辰馬の話が始まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話は8年前に遡る。
舞台は関西でも有数な港町である神戸市だ。
そこには1つの大きな半グレ集団が存在していた。
暴走族や喧嘩屋が多く集まった組織。
組織と言うには、あまりにも雑な集団であり、1人の男が居なければまとまらなかっただろう。
「ライアンさん、西区の不良と揉めたって報告が入ったけど……どうしますか?」
「おぉ喧嘩か! さっさとメンバー集めや!」
この集団の名は〈初代須磨ライアン〉。
そしてリーダーは神戸市の若者たちから絶大な支持を受けている《東 ライアン》という男だ。
アメリカと日本のハーフ。
生まれながらにして陽気な性格をしているので、いろんなところで友人ができた。
友達100人を実行できなそうなくらい。
ライアンはハーフという体格を活かし、喧嘩では相当な実力を発揮していた。
それは顔を見たら不良が逃げるくらいの強さ。
「なんか最近、避けられとらんか?」
「そらあリーダーが、この前ボコボコにしたからとちゃいますか? アレだけやられたら逃げ出しますよ」
「なっ!? そらアイツらが、一般市民から金を奪うとったからとちゃうか!」
「リーダーは、そのままでええんですよ。そんな事を気にせんと、今のまま生きていってくだぁさい」
この男は、まさしく義理人情の男だ。
弱い人間には優しく、道理に外れる人間たちには鉄拳制裁をして正す。
こんな人間だから周りには自然と人が集まる。
自然に人が集まった結果できたのが須磨ライアンだ。
その中でライアンの信頼を最も得た3人がいる。
1人目が当時から金銭管理が天才的に上手い14歳になったばかりの《周 鶴洋》。
「なぁなぁ5万くらい貸してくれんかなぁ? ちょっとええもの見つけてさぁ」
「ライアンさん、またですか? 今月で20万目でっせ?」
「そこをなんとか! こら鶴洋にしか頼まんねや!」
「分かりましわ、5万でんなぁ……今月は、これっきりにして下さいや」
「おぉさすがは鶴洋や! そう言うてくれる思たで!」
2人目は初代須磨ライアンで、特攻隊長を務めていた16歳の《長富 忠雄》だ。
「おぉ忠雄っ! 今日も大いに殺気を放っとーな!」
「それに心血を注いどるんですわ!」
「そらあええ事や! だけどな、潜入とかっちゅう時は殺気を消せるようにしような」
「分かりました! その時の為に抑える練習もしておきますわ!」
最後の1人である3人目は、実質的な副総長として組織の舵取りを行なっていた当時20歳の《三好 辰馬》。
「なぁ辰馬、なんでこんなに人が集まっとるんや?」
「いや、今日は会合ですから……わっせとったんですか?」
「そ そんなわけあらへんやろ! ちょっもボケただけや!」
女やお金にだらし無い男だったが、それが可愛く見えるくらいに義理人情が溢れていた。
だからこそ男の周りには有能と言えるべき人材が、各所から集まって来る。
そして子分になった人間たちは、今まで味わった事の無い絆を感じ、毎日楽しく暮らす。
そんなある日の事だ。
これが全ての始まりで、須磨ライアンの最高の日常が音を立てて崩れていく。
「総長っ! 大変な事になりました!」
「大変な事? 何があった?」
須磨ライアンのメンバーである1人の男が、全身から汗を吹き出し目が血走っている状態でやって来る。
その様子から普通じゃない事が見て取れた。
疲れ果てた男は、地面に四つん這いになって息切れしながら大変な事が起きたと報告した。
何が大変なのかとライアンはタバコに火を付けて聞く。
「お 俺の妹が……」
「われの妹が、どうかしたのか? 落ち着いて話してくれ、じゃないと一向に分からんど」
「は はい、すんまへん……妹が小笠原組の奴らに襲われたんです!」
「なんやと!? 小笠原組って言うたら、本職のヤクザちゃうんか!?」
メンバーの妹が、小笠原組の組員に襲われたという。
それはそれは酷い姿で発見され、顔は原型を留めておらず、女性器も弄ばれた様子があった。
やられた少女の兄は、大粒の涙をボロボロと流す。
警察に話を持っていっても、裏で繋がっているからなのか、キチンと相手にしてくれなかった。
だから頼れる男のところに足が勝手に動く。
「われは、このまま泣き寝入りするんけ?」
「そら嫌や! 妹の……妹の仇を取りたい!」
「よう言うた、わしらにも協力さしてや」
何をどうしたいのかを男は聞き出す。
警察が動いてくれないのならば、自分たちの手で小笠原組の人間と戦うしかない。
自分の口でどうしたいかを聞き出したライアンは、自分たちも仲間なんだから協力させて欲しい。
そうメンバーの男に言うのである。
絶望の淵に立たされていた男からしたら、そのライアンの言葉は神からの啓示に等しいはず。
ライアンは須磨ライアンのメンバーを集めるように、副総長である辰馬に指示する。
その日から須磨ライアンによる小笠原組の組員狩りが、昼夜関係なく行なわれた。
もちろん小笠原組がタダでやられているわけが無い。
須磨ライアンのメンバーへの激しい報復が行われ、それはそれは悲惨な抗争に発展した。
警察も黙ってはいられないレベル。
そこまでの抗争は、泥沼化し始めていた。
その時、突如として2つの組織の抗争に幕が降りる。
ライアンの死を持って。
抗争が始まって2年が経った時、ライアンの遺体が神戸港に浮かんでいるのが見つかった。
遺体は目が欠損していたり、男性器が切り取られていたり、指も落とされていた。
そんな激しく辱められていたライアンの遺体を、辰馬たちは警察署の遺体安置所で目にする。
辰馬は言葉を忘れたかのように喋れず。
周は遺体の酷さに見ていられず、部屋を出て行った。
長富は壁を殴り、自分の不甲斐なさを悔やむ。




