第98話 上洛と献上:帝を救ったのは「黄金の味噌汁」。今日から我らが「官軍(グルメ・ポリス)」です
「対テロ・プロレス」による鎮圧劇から数日後。
物理的に正気に戻した『虚無宗』も『救済教』も、まとめて開拓地に後送した、わたしたちレヴィーネ・ノブナガ連合軍は、破竹の勢いで西へと進軍し、ついに京の都へと入城した。
沿道には、「タカニシキ」の噂を聞きつけた民衆が溢れかえっている。
「これが新しいお米……!」
「オワリの軍が通った後は、ペンペン草も生えないどころか、稲穂が実るって噂だぞ!」
わたしたちの行列は、軍隊というよりは、巨大な「移動市場」のようだった。
先頭を行くのは、米俵を満載した荷車。
続くのは、農具を担ぎ、街道の凸凹をその場で補修しながら進む黒鉄隊。
そして、中央には、馬に乗ったノブナガと、相変わらず「漆黒の玉座」を御輿のように担がせて座っているわたし。
「……目立ちすぎじゃあないか? 姐さん」
リョウマが苦笑しながら馬を寄せる。
「いいのよ。権力者に見せつけるには、これくらいの『圧』が必要だわ。それに、これは凱旋パレードの予行演習よ」
わたしたちが目指すのは、御所。
この国の象徴である「帝」に謁見し、将軍家討伐の正当性を認めてもらうためだ。
◆◆◆
御所の広間。
御簾の向こうに座る帝と、その周囲を固める公家たちが、戦々恐々とした様子でわたしたちを見下ろしていた。
彼らは痩せ細り、顔色は青白い。都の貴族といえど、飢えと妖刀の呪いからは逃れられていないようだ。
「……して、オダ・ノブナガよ。異国の女を引き連れ、何をしに参った? 兵を率いての上洛、謀反の疑いありと言われても仕方あるまいぞ」
公家の一人が、震える声で虚勢を張る。
ノブナガは平伏もせず、堂々と胸を張って答えた。
「謀反? 滅相もない。……我らはただ、帝に『本物の食事』を献上しに参っただけにございます」
「食事、だと?」
わたしの合図で、割烹着姿のミリアと、巫女服姿のアリスが進み出た。
彼女たちが運んできたのは、豪勢な会席料理ではない。
お盆に乗っているのは、土鍋で炊かれた艶やかな「タカニシキ」の白飯と、オワリの赤味噌と京の白味噌をブレンドした「合わせ味噌の味噌汁」、そして漬物だけ。
「なんという粗末な……! 帝になんてものを!」
公家たちが眉をひそめる。
「食べてから文句を言いなさいな」
わたしは鉄扇を開き、不敵に笑った。
「これは、この国の未来そのものですわ」
帝が、静かに箸を手に取った。
毒見役が止めようとするのを手で制し、白飯を一口。
「……!」
御簾の向こうで、空気が変わった。
咀嚼音が響く。一口、また一口。箸が止まらない。
そして、味噌汁を啜る音。
「……あたたかい」
帝の震える声が漏れた。
「なんと……力強い味か。……土の匂いがする。太陽の味がする。……民の、生きる力が……余の体に満ちていくようだ……」
妖刀の呪いにより、帝自身もまた心を蝕まれ、衰弱していたのだ。
だが今、その体に「生気」が戻っていくのが、誰の目にも明らかだった。米の持つ生命力が、呪いを内側から浄化していく。
「……美味い。……まことに、美味いぞ……」
帝が完食し、箸を置いた。
そして、御簾が上げられた。
そこにいたのは、顔色を取り戻し、目に強い意志を宿した若き君主の姿だった。
「ノブナガよ。そして異国の姫よ。……礼を言う」
帝は立ち上がり、宣言した。
「今の将軍は、民を飢えさせ、この国の魂を枯れさせた。……だが、そちたちは違う。土を耕し、民を満たし、こうして余の心まで救ってくれた」
帝から、一通の書状が渡される。
それは、将軍家討伐の勅命であり、わたしたちを「官軍」と認める証明書だった。
「オダ・ノブナガ。そちを新たな『征夷大将軍』……いや、それでは古いな」
帝は少し考え、ニッコリと笑った。
「そちを『天下食料管理長官』に任ずる。……この国の全ての胃袋を、そちの米で満たしてみせよ」
「ははッ! 謹んで!」
ノブナガが豪快に頭を下げる。
「そして、レヴィーネ。……そちは『救国の遊撃隊』だ。型にはまらぬその力で、この国にこびりついた汚れを、思う存分『洗濯』してくれ」
「ええ。お任せくださいませ」
わたしは優雅にカーテシーをした。
これで、大義名分は得た。
あとは、東のエド城に巣食う元凶を叩き潰すだけだ。
「行くわよ、みんな! ……ここからは、正義の『殴り込み』よ!」
わたしたちは京を後にし、東海道を東へ――最後の決戦の地へと向けて進軍を開始した。
その背後には、米俵を担ぎ、鍬を持った数万の民衆が続いていた。
◆◆◆
京を出て東へ進むわたしたちの前に、幕府軍の中規模な砦が立ちはだかった。
兵数はおよそ八千。彼らもまた妖刀の瘴気に侵され、死兵と化している。
「ここを通したくば、我らの屍を越えてゆけ!」
敵将が叫ぶ。
「……暑苦しいわね。少し、お静かになさって」
最前線に立ったわたしは、鉄扇を掲げ、静かに告げた。
「展開。――影魔法『ブーダカン《崇高なる武道館》』」
ズズズズ……ッ!
わたしの影が砦全体を飲み込み、巨大な八角形の構造物を形成した。
敵軍八千が、逃げる間もなくその「内部」へと隔離される。
「な、なんだここは!? 空が見えんぞ!?」
「壁だ! 黒い壁に囲まれた!」
狼狽する敵兵たち。
その足元から、無数の「黒い茨」が一斉に生え出した。
「なっ!? 剣が!?」
「槍が持っていかれるぅぅぅ!」
シュルシュルと伸びた影の茨は、兵士たちを傷つけることなく、彼らが手にしていた武器、身につけていた鎧兜だけを器用に絡め取り、次々と地面の影(暗闇の間)へと引きずり込んでいく。
「ああっ! 名刀『兼定』がぁぁ!」
「俺の自慢の南蛮鎧がぁぁ!」
悲鳴を上げる武者たち。
その横で、ミリアが魔導計算機《電卓》を片手にホクホク顔で計算していた。
「素晴らしい収穫ですレヴィーネ様! 刀の鋼は純度が高く、溶かせば最高級の鍬と鎌になります! 鎧の鉄板は魔導耕運機の装甲に再利用しましょう! これで農具不足が一気に解消です!」
「ええ、資源は大切にしなくちゃね」
わたしはリングの中央に立ち、丸腰になった八千の兵士たちを見回した。
「さて、皆さん。現在、あなたたちはわたしの結界の中にいます。ここから出るルールは一つ。……代表者による『一騎打ち』で、わたしを倒すこと」
「ふ、ふざけるな! 全員でかかれば……!」
一人の兵士が殴りかかろうとするが、見えない壁に阻まれて前に進めない。
それどころか、足元の影が変形し、強制的に彼を「観客席」へと座らせた。
「な、体が勝手に!?」
「立てない!? 座らされたままだ!」
「雑魚に用はないわ。あなたたちの役目は『観客』。……おとなしく座って、声援でも送っていなさい」
強制的な観戦モード。
結局、敵将との一騎打ちはわたしの一撃で終了し、砦は無血開城された。
武器を奪われ、戦意をへし折られ、代わりに極上のエンターテインメント(と、試合後に配られるおにぎり)を与えられた彼らは、もはや敵ではない。ただの「ファン」だ。
「……ふぅ。ブーダカン級までなら余裕だけど、数万規模となると、少し心許ないわね……」
わたしは汗を拭いながら、次なる決戦――関ヶ原を見据えた。
そこには、幕府軍の主力五万が集結しているという。
「姐さん。……わしはここでお別れじゃ」
リョウマが馬を寄せてきた。
「陸の戦いはおんしらに任せる。わしは海へ出て、『ヴィータヴェン号』の舵を取るぜよ」
「ええ、頼んだわリョウマ。……海からの援護、期待しているわよ」
「おう! 任せとき! 海岸線の敵はわしと黒船が吹き飛ばしちゃる!」
リョウマはニカッと笑い、海の方角へと馬を走らせた。
陸と海。二つのルートからの進撃が始まる。
いよいよ、天下分け目の関ヶ原だ。
帝への謁見。派手な料理ではなく、素朴な味噌汁が心を動かしました。これで大義名分は整いました。いよいよ東へ。
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