第094話 霊峰フガク山頂ライブ! 全国規模の浄化魔法「豊穣フェス」!
「ううぅ……寒いよぉ、高いよぉ……」
霊峰フガクの五合目。
わたし、アリスは杖を杖代わりに(ややこしい)つきながら、急な山道を登っていた。
息が切れる。空気が薄い。
でも、弱音を吐いている場合じゃない。レヴィちゃんが最前線で戦っているんだもの。相棒の私が、ここで踏ん張らなきゃ女が廃る!
「アリス様、もう少しです! ……頂上の祭壇が見えてきました!」
先導するカエデちゃんが、忍びの健脚で軽々と岩場を飛び越えていく。
「アリスさん! 栄養補給です! 特製ドリンクをどうぞ!」
ミリアちゃんが、自分の体より大きなリュックを背負っているのに、平然とした顔で水筒を差し出してくる。
「ありがとう……! 生き返るぅ……」
甘い蜜の味。疲れが吹き飛ぶ。
私たちはついに、雲海を見下ろす頂上へとたどり着いた。
そこには、古びた石の祭壇があった。かつてはこの国を守護する神々が祀られていた場所。
けれど今は、どす黒いヘドロのような瘴気に覆われ、石像はひび割れている。
「……ひどい」
私は胸が痛んだ。
耳を澄ますと、聞こえてくるのは風の音だけじゃない。
『腹減った……』『力が出ない……』『もう無理……』
そんな、弱々しい神様たちの嘆きの声が、大地から響いてくる。
将軍家の持つ妖刀『魂喰』は、人だけでなく、土地神様たちのエネルギーまで吸い上げていたんだ。
神様たちが弱っているから、大地は枯れ、作物が育たない。負の連鎖だ。
「……許せない」
私は『星光の聖杖』を強く握りしめた。
レヴィちゃんが怒るのも無理はない。みんながお腹いっぱい食べられないなんて、そんな悲しい世界、私も大っ嫌いだ!
「ミリアちゃん! 準備をお願い!」
「はいッ! 『タカニシキ』の米粉と、オワリの赤味噌で作った特製饅頭、展開します!」
ミリアちゃんがリュックを開けると、そこから湯気を立てるセイロが現れた。
蓋を開けると、ふっくらとした茶色いお饅頭がぎっしり。
甘じょっぱい味噌の香りが、頂上の冷たい空気に広がる。
「神様たちー! ご飯の時間だよー!!」
私は杖をマイクのように構え、空に向かって叫んだ。
詠唱? 祝詞? アイドルライブ?
今はそんなのはナシ! レヴィちゃん流に行くよ!
「元気がないなら、美味しいものを食べよう! 悲しいなら、甘いものを食べよう! 私たちが作った、最高のお供え物だよ!」
『星光の聖杖』で霊峰フガクのマナを、そして瘴気すらも吸収してエネルギーに変換していく。
杖から腕へ、腕から身体へ、そしてわたしの「根源」にある「光」へと繋ぎ、また杖へと回し、杖の先端から、光の魔力を放出させる。
それは攻撃魔法じゃない。
お饅頭の匂いと、私たちの「食べて元気になってほしい」という祈りを乗せた、暖かな波動。
『……いい匂いじゃ』
『これは……味噌か?』
『懐かしい……人の祈りの味がする……』
瘴気の奥から、小さな光の玉がいくつも現れた。
土地神様たちだ。彼らはフラフラと引き寄せられ、祭壇に置かれた饅頭に吸い付いていく。
「おかわりもたくさんありますよ! 沢山食べてくださいね!」
ミリアちゃんが神様(光の玉)にお饅頭を食べさせてあげている。
パクパク、モグモグ。
神様たちが食べるたびに、その光が強くなっていく。
くすんでいた色が、鮮やかな金色や緑色に戻っていく。
『うまい……!』
『力が……湧いてくるぞ!』
『なんという生命力じゃ! この米、タダモノではない!』
神様たちが復活していく。
タカニシキに込められた、レヴィちゃんの不屈の魂と、ミリアちゃんの執念が、神様たちの胃袋(?)を満たしたんだ!
「さあ、お腹がいっぱいになったら、お仕事の時間だよ!」
私は杖を高々と掲げた。
今こそ、あの大技を使う時。
「トヨノクニ西の地の神様、全員集合! ……みんなの元気を、私に貸して!
――超広域・浄化儀式!! 『国土豊穣大結界』ッッ!!」
カッッッ!!!!
フガクの頂上から、太陽よりも眩しい光の柱が天を貫いた。
その光は成層圏で弾け、巨大なドームとなってトヨノクニの西側半分を覆い尽くす。
光の雨が降り注ぐ。
龍脈に力が戻り、枯れた大地に緑が蘇り、濁った水が清流に変わり、人々の心にかかっていた「諦め」という名の靄が晴れていく。
そして。
行き場を失った黒い瘴気は、東へと押しやられ――すべて、エド城の一点へと集束していく。
「やった……! これで、将軍は丸裸だよ!」
私はへなへなと座り込んだ。魔力切れだ。
でも、心地よい疲れ。
「あとは頼んだよ、レヴィちゃん。……黒幕の横っ面に、特大の一発をお見舞いしてやって!」
東の空、黒い雲が渦巻く彼方へ、私は祈りを込めてエールを送った。
◆◆◆ 幕間:脚本家の絶望 ~管理者権限が応答しない~
関ヶ原を突破され、レヴィーネ・ノブナガ連合軍が東海道を爆走してくる。
その勢いは止まらない。
海からは謎の黒船が艦砲射撃を行い、陸からは黒鉄隊が道を切り開き、空には花火が上がっている。
「ええい、認めん! こんな『喜劇』は認めんぞ!」
脚本家は玉座から立ち上がり、妖刀を振りかざした。
彼はこの世界における「演出家」だ。災害を起こし、進軍を阻むことなど造作もないはずだった。
「強制イベント発動! 『東海道・大地震』ッ!!」
……シーン。
何も起きない。鳥が鳴く声だけが聞こえる。
「……あ、あれ? おかしいな」
彼は冷や汗を流しながら、再度叫んだ。
「ど、土砂崩れだ!! 箱根の山よ、崩れ落ちて彼らを埋め尽くせ!!」
……シーン。
山は微動だにしない。むしろ、アリスによって浄化された土地神たちが「ようこそおいでなさいました」と道を整えている気配さえある。
「や、山火事!! 洪水!! 隕石!! ……な、なぜだ!? なぜ発動しない!?」
彼は妖刀を見つめた。刀身の輝きが消えかかっている。
モニターの隅に、警告文が表示されているのが見えた。
『ERROR:アクセス権限がありません。現在の管理者=【光と闇のタッグチーム】』
「りゅ、龍脈を……あいつらに抑えられているだとぉぉぉッ!?」
脚本家は膝から崩れ落ちた。
「私の……私の世界が……! 物理と筋肉と食欲に乗っ取られていくぅぅぅッ!!」
そして、遠くからドゴォォォン!! と城門が物理的に粉砕される音が響いた。
主役(悪役)の到着である。




