第090話 蹂躙:南蛮の黒鬼、土俵に立つ。……横綱だろうが、物理演算の前では「飛ぶ物体」に過ぎません
大会当日。
オワリ城の広場に設けられた特設アリーナは、異様な熱気に包まれていた。
ノブナガが各地から集めた猛者たち、そして物見高い観客たちが、立錐の余地もないほど詰めかけている。
その中には、痩せ細った農民たちの姿も多かった。彼らは皆、飢えを忘れ、目の前の「祭り」に救いを求めているようだった。
「東~! ナゴヤの星、テッポウ山~!」
「西~! 南蛮の黒鬼、レヴィーネ~!」
呼び出しの声と共に、わたしが土俵に上がると、歓声とどよめきが入り混じった轟音が響いた。
わたしの衣装は、ミリア特製の「和風バトルドレス(スパッツ仕様)」。動きやすく、かつエレガント。背中にはV&C商会のロゴが入っている。
「なんだあの格好は!?」
「女が土俵に上がっていいのか?」
「でも、すげぇ美人だぞ……!」
観客たちの反応は様々だ。
だが、対戦相手のテッポウ山は、以前の「体験入門」で投げ飛ばされた屈辱を晴らそうと、殺気立っていた。
「へっ、また会ったな嬢ちゃん! 今度は油断しねえぞ! 土俵の外まで弾き飛ばしてやる!」
テッポウ山が四股を踏むと、ドスン! と土俵が揺れた。
さすがはプロ。気迫が違う。さすがに今回は油断もないようだ。
「……ふふ。いい面構えね」
わたしは悠然と仕切り線に立ち、手をついた。
(身体強化……出力二割)
「はっけよい、のこった!!」
行司の軍配が返る。
テッポウ山が弾丸のように突っ込んでくる。
「ぶちかましィッ!!」
150キロの巨体が、トップスピードで激突する。普通の人間なら、内臓破裂で即死だ。
だが。
パンッ!
わたしは一歩も引かず、正面からその巨体を「掌底」で受け止めた。
左手一本で。
「な、にィッ!?」
テッポウ山の突進が、完全に停止する。
衝撃波がわたしの背後へ抜け、土俵の砂を巻き上げる。
「あら、ごめんなさい。……少し強すぎたかしら?」
わたしはニッコリと笑い、半歩踏み込むと掌底を押し込んだ。
ドォォォンッ!!!
テッポウ山は悲鳴を上げる間もなく、わたしの腕力だけで吹き飛ばされた。
巨体が宙を舞い、観客席の最前列(空けておいた砂かぶり席)へと落下する。
ズザァッ……。
砂埃の中、テッポウ山は白目を剥いて気絶していた。
シーン……。
一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が上がった。
「す、すげぇぇぇぇッ!!」
「あんな巨体を片手で!?」
「黒鬼! 黒鬼!」
わたしは優雅に手を振り、土俵を降りた。
「予選? ……準備運動にもならないわね」
その後も、わたしの快進撃は止まらなかった。
二回戦、三回戦。相手が誰であろうと、結果は同じ。
張り手一発で回転させ、デコピンで弾き飛ばし、時には「ジャーマンスープレックス」で芸術的に沈めた。
わたしの物理の前に、既存の相撲テクニックなど無意味だった。
そして、ついに決勝戦。
わたしの前に立ちはだかったのは、異様な姿をした力士だった。
◆◆◆
「東~! 公儀隠密部隊が生み出した最終兵器~! 機械化力士、コンゴウ山~!!」
ズシン、ズシン、プシューッ!
現れたのは、全身を黒光りする鉄の装甲で覆い、背中から蒸気を噴き出している、巨人のような男だった。
いや、男ではない。人と機械を融合させた、サイボーグだ。
妖刀の力と、ラノリアから流出した古代技術を悪用して作られた、殺戮マシーン。
その体重は、優に500キロを超えているだろう。
「……なるほど。将軍家からの刺客、というわけね」
わたしは目を細めた。
観覧席の貴賓席には、ノブナガが身を乗り出してこちらを見ている。彼もまた、この刺客の存在を知りながら、あえてわたしにぶつけたのだ。「これくらい倒せなければ、手は組めん」とでも言うように。
「ターゲット確認。……排除スル」
コンゴウ山の目が赤く光り、機械的な音声を発した。
(ちょっとは楽しめそうね……身体強化は最小限で!)
「はっけよい、のこった!!」
ドォォォォォンッ!!!
正面衝突。
わたしとコンゴウ山が、土俵の中央で激突した。
衝撃波が広がり、最前列の観客の髪が逆立つ。
「ぐっ……! さすがに、重いわね……!」
わたしは歯を食いしばった。
重い。単純な体重差だけではない。蒸気機関による推力が加わり、まるで走る列車を受け止めているようだ。
足元の土俵がミシミシと悲鳴を上げ、わたしの足が土にめり込んでいく。
「圧力上昇。……粉砕スル」
プシュァァァッ!!
コンゴウ山の背中のパイプから蒸気が噴出され、さらに圧力が強まる。
わたしはじりじりと後退させられる。土俵際、徳俵に足がかかる。
「キャーッ! レヴィちゃん!」
「負けないでください! 今夜のお米がかかっています!」
アリスとミリアの悲痛な声援。
お米。
そう、お米だ。
わたしは、あの「極上の米」を手に入れるためにここにいる。
こんな鉄屑風情に、わたしの食卓を邪魔されてたまるか!
「……調子に乗るんじゃないわよ、ブリキ人形がッ!」
わたしは踏ん張った。
大腿四頭筋、ハムストリングス、広背筋、そして脊柱起立筋。
全身の筋肉を連動させ、爆発的なパワーを生み出す。
「わたしの筋肉は……蒸気機関なんかより、熱くて強いのよッ!!」
ドクンッ!!
心臓が早鐘を打ち、気力が血管を駆け巡る。
「ぬんッ!!!」
わたしはコンゴウ山の突進を正面から受け止め、逆に押し返した。
鉄の装甲がミシミシと音を立てて歪む。
「警告。出力限界……警告……」
「限界? ……こちとら、限界なんてとっくに超えてんのよ!」
わたしはコンゴウ山のまわし(鉄製ベルト)をガシッと掴んだ。
そして、一気に体勢を低くし、相手の懐に潜り込む。
「見せてあげるわ。……物理と重力のマリアージュを!」
わたしは500キロの鉄塊を、櫓を担ぐように垂直に引っこ抜いた。
「うおおおおおおおおっ!!」
リフトアップ。
観客が総立ちになる。ノブナガが杯を握り潰す。
わたしはコンゴウ山を頭上に掲げたまま、一瞬静止してみせた。
「――『大陸粉砕・パワーボム』ッッ!!!」
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
わたしは全身全霊を込めて、鉄塊を土俵に叩きつけた。
凄まじい轟音と共に、土俵が爆発したかのように弾け飛び、地面が陥没する。
衝撃でコンゴウ山の装甲が弾け飛び、蒸気が暴走して白い煙が立ち込めた。
シーン……。
煙が晴れると、そこにはバラバラになったコンゴウ山の残骸と、その中心で拳を突き上げるわたしの姿があった。
「勝負ありィッ!!」
行司の声が響くと同時に、アリーナが揺れるほどの大歓声が爆発した。
「すげぇぇぇぇッ!」
「本当に勝っちまった!」
「クロオニ! クロオニ!」
わたしは息を整え、貴賓席のノブナガを見上げた。
彼は立ち上がり、ニカッと笑って拍手を送っていた。その目は、「合格だ」と語っている。
「……ふぅ。いい運動になったわ」
わたしは鉄扇を取り出し、優雅に仰いだ。
勝った。
これで、米一俵はわたしのものだ。
一方的な蹂躙、そして決勝戦へ。サイボーグ力士相手に、プロレス技が炸裂します。パワーボムは万国共通の言語です。
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