第072話 継承:悪役(ヒール)が散る時、新たな英雄(ベビーフェイス)が生まれる。……聞きなさい、これが奇跡の3カウントです
わたしはマイクを取り、静まり返る観客をさらに煽った。
「情けないわねぇ! 英雄は地に落ちた! この国にはもう、わたしを倒せる『正義の味方』はいないのかしら!?」
「かかってきなさいよ! この国の男は腑抜けばかりなの!?」
わたしの罵倒が響く。ブーイングすら起きない。皆、打ちひしがれている。
その時だ。
「――待て!!」
凛とした少年の声が響いた。
花道にスポットライトが落ちる。
そこに立っていたのは、ボロボロだが丁寧に補修された、かつての英雄「エル・アギラ」のマスクを被った小さな影。
レオだ。彼は前座試合でのダメージを引きずりながらも、しっかりとリングを見据えていた。
「おい、そこの前座の小僧!」
わたしはわざとらしく驚いてみせた。
「さっきの試合、まぐれじゃなかったのなら……上がってきなさい! この私が直々に揉んであげるわ!」
「望むところだ! ……父ちゃんから受け継いだ技と、みんなの想いで、あんたを倒す!」
レオが叫ぶと、アリスが杖を掲げた。
「行くよ、レオ君! 私の全魔力をあげる! 聖なる光よ、勇気ある少年に翼を授けたまえ! ――『英雄作成』ッ!!」
カッ!!
レオの体が、まばゆい黄金のオーラに包まれた。
身体能力を底上げし、反射神経を極限まで高める、聖女アリスの最上級支援魔法。
光を纏ったレオは、まるで弾丸のように花道を駆け抜け、トップロープを飛び越えてリングインした。
観客がざわめく。「あの子はさっきの……!」「まさか、エル・アギラの息子か!?」
「ほう? ……聖女の加護付きとはね。少しは楽しませてくれるのかしら?」
わたしはマスクの下で、ニヤリと笑った。
最高の演出だ。これでこそ、倒される甲斐があるというもの。
わたしは「漆黒の玉座」を放り投げ、素手で構えた。
「いい度胸ね小僧! その減らず口、へし折って差し上げるわ!」
ゴングなどいらない。戦いは始まった。
「死ねぇぇッ!!」
わたしはレオに向かって、真っ直ぐなラリアットを放った。
速度は、一般人には見えないが、強化されたレオならギリギリ反応できる絶妙なライン。
ブンッ!!
レオが光の残像を残してサイドにステップし、回避する。
さらに、わたしの腕を蹴って空中に舞い上がる。ルチャ・リブレの基本、空中殺法だ。
「ちょこまかと! 逃げ回るだけ!?」
「逃げてるんじゃない! 飛んでるんだ!」
レオがロープの反動を利用して、弾丸のように突っ込んでくる。
ドロップキック。わたしの胸板を捉える。
軽い。でも、芯がある。
ドカッ!
わたしはあえて踏ん張らず、派手に後ろへよろめいた。
「ぐっ……! やるじゃない!」
観客が沸く。「押してるぞ!」「いけーっ!」「ちびっこ、負けるな!」
声援がレオに集まっていく。この空気だ。これを作らなくてはならない。
「調子に乗るなぁッ!」
わたしは「玉座」を拾い上げ、大上段に振りかぶった。
決定的な一撃。これを避けさせ、カウンターを決めさせる。それがこのボーナストラックのシナリオだ。
「消えなさいッ!!」
ブォォンッ!!
わたしは玉座を全力で振り下ろした。
だが、レオはそれを読んでいた。光の残像を残してサイドステップで回避する。
スカッ!
わたしのフルスイングは空を切り――そのまま勢い余って、トップロープに直撃した。
バイィィィン!!
強烈な張力で跳ね返ったロープが、椅子の背もたれを弾き返す。
その反動で、数百キロの鉄塊が、わたしの顔面めがけて戻ってくる。
「――あ?」
ガゴォォォンッ!!!
漫画のような自爆。
わたしは自分の椅子で顔面を強打し、よろめいた。
わたしが描いていたシナリオ通りの展開のはずが、身体強化をしていても予想以上のダメージだ。
「ぐ、うぅ……!? め、目が回るぅ……!」
わたしは千鳥足になり、顔面に椅子をくっつけたまま、リング中央で無防備な姿を晒す。
そこへ、コーナーポストに駆け上がったレオが、弾丸のように飛んできた。
「いっけぇぇぇぇッ!!」
レオの両足が、わたしの顔面――に張り付いたままのパイプ椅子を、さらに押し込むように蹴り抜いた。
ズガシャアァァンッ!!!
ミサイルキック・ウィズ・チェアー。
自爆のダメージに、レオの体重と加速が乗った追撃。
わたしはたまらず後方へと吹き飛び、マットに大の字に倒れた。
「……う、嘘でしょ……?」
わたしがピヨピヨと星が飛ぶ視界で起き上がろうとした瞬間、レオが背後に回り込んでいた。
「これで終わりだァッ!!」
レオがわたしの背後から飛びつき、足と腕で両腕をフックする。
そして、自分の体重と回転力を利用して、わたしの身体を巻き込みながら、後方へと回転する。
クルリ。
世界が回る。
わたしは抵抗せず、その流れに身を任せた。
「――『回転十字架固め』ッッ!!!」
ドォォンッ!!
わたしは背中からマットに叩きつけられ、完璧に両腕を封じられた。
テコの原理とアリスの魔法で強化されたパワーで固定され、身動きが取れない。
それでも身体強化をフルパワーにすれば弾き返すこともできるだろう。
だが、最高のタイミング、最高のシチュエーション。ここで強引に返すのは悪役の美学に反する。
(……合格よ! 素晴らしい!!)
わたしは心の中で喝采を送る。
レフェリーが滑り込んでくる。
観客が、息を呑んで立ち上がる。
そして、何万もの声が、一つになった。
バン!
「1ッ!!」
バン!
「2ッ!!」
バン!
「3ッッ!!!」
カンカンカンカン!!!
終了のゴングが鳴り響く。
一瞬の静寂の後、アリーナが爆発した。
「うおおおおおおおおっ!!」
「勝った! 子供が勝ったぞ!」
「ビバ! エルイホデルアギラ!!」
地割れのような歓声。
わたしは(マットの弾力を利用して)キョトンとした顔で跳ね起き、信じられないという顔でレオを見た。
「こ、このわたくしが……あんな子供に……!?」
わたしは顔を真っ赤にし、悔しそうに地団駄を踏んだ。
「きょ、今日は朝ごはんのミソスープが熱すぎたから調子が出なかっただけよ! 次はギタギタにしてあげるわ!」
「……去れ悪魔よ! 次にリングで相対すれば、この鷲の爪がお前の顔面を切り裂くぞ!」
わたしの大袈裟な負け惜しみに、レオが呼応する。
――そうだ、それでいい。
「負けた悪魔はさっさと帰りなさーい! かーえーれ! それ! かーえーれ!」
レオのセコンドについていたアリスがはしゃぐようにダメ押しをしてくる。煽られた観客から一斉に大「かえれ」コールが起きる。
「キィイイイ!! お、覚えてらっしゃい!」
わたしは「玉座」を引きずり、逃げるようにリングを降りた。
観客からは「帰れ!」「二度と来るな!」と野次が飛ぶが、その声はどこか明るく、楽しげだ。
彼らは見たのだ。悪が滅び、小さくとも正統な血を受け継ぐ、新しい希望が誕生する瞬間を。
(……天国まで聞こえるかしら、レオのお父様。偉大なる達人。貴方の教えは、ちゃんとこの子に届いていてよ)
わたしは花道の奥で一度だけ振り返り、リング上で高々と手を挙げられる小さな勇者に、こっそりと親指を立てた。
……いい仕事だったわ。
完全なる敗北。けれど、これほど清々しい負けは、人生で初めてかもしれない。
その時、アリーナの裏口から、カルテルのボス・エスコルピオンがこっそりと逃げ出そうとしているのが見えた。
「……あら。あちらの『お掃除』も忘れてはいけないわね」
わたしは鉄扇を開き、冷酷な笑みを浮かべてその後を追った。
表のリングは終わった。
ここからは、誰にも見せない舞台裏での「残業」の時間だ。
これぞヒールの真骨頂! あえて汚名を被り、少年に倒されることで「本物の英雄」を誕生させる。「帰れコール」すら賛辞に変える彼女の生き様、最高です。
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