表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: 月館望男
【第8部】情熱の国サン・ルーチャ・ルチャリブレ編 ~魔薬カルテル? 悪役令嬢が「教育的指導」してやります~
70/178

第070話 決戦前夜:月下で学ぶルチャの極意。関節技(ジャベ)の痛みが、少年を戦士に変える

 翌朝には、スラムの壁という壁に、毒々しいポスターが貼られていた。


 『緊急決定! 建国記念興行メインイベント!』

 『我らが太陽エル・ソル VS 異国の魔女レヴィーネ!』


 そこには、やたらと邪悪なデザインのマスクをつけた、わたしらしき絵姿と「聖地を汚す悪魔を公開処刑! その仮面を剥ぎ取り、正義の鉄槌を下す!」という煽り文句が踊っている。


「……随分好き勝手に描いてくれたものね」

「あはは! でもレヴィちゃん、これなら客入りは満員間違いなしだよ!」


 教会の広場で、アリスが笑いながら手元の作業を進めている。彼女が作っているのは、わたしのための「悪魔のマスク」だ。


 その傍らで、レオがじっと亡き父のマスクを見つめていた。その横には、マテオ神父が立っている。

 明日の対戦相手「猛牛(エル・トロ)」はジュニア世代ながら、体格でレオを大きく上回るパワーファイターだという。


 わたしは、その二人に歩み寄った。


「さて、神父様。……少し、体を動かしませんこと?」


 わたしの申し出に、神父は隻腕の袖を揺らしてニカッと笑った。


「ははッ、血気盛んなお嬢さんだ。……いいだろう。この老骨でよければ、付き合おう」


◆◆◆


 夕暮れの教会の裏庭で、わたしとマテオ神父は対峙していた。

 木の杭を打ち込んで荒縄でロープをかけただけの急ごしらえのリング。


 わたしは身体強化を切っている。神父もまた、魔力を使っていない。

 純粋な技術だけのスパーリングだ。


 神父は、傍らで見守るレオに、静かに声をかけた。


「レオ、よく見ておきなさい。……これから見せる技の数々は、お前の父さん……『エル・アギラ』が、伝統を受け継ぎ、アレンジを加えた、黄金よりも尊い『エスペシアリダ(得意技)』だ」


「父ちゃんの……技……」

 レオが息を呑む。


「行くわよ、神父様!」


 わたしは踏み込み、神父の襟首を掴もうと手を伸ばした。

 だが、神父の体が一瞬で視界から消える。

 ――いいや、消えたのではない。わたしの懐に、回転しながら潜り込んだのだ。


「甘いな、お嬢さん」


 神父の左腕が、わたしの腕に蛇のように巻き付く。

 同時に、彼の足がわたしの足を払い、回転の遠心力を使って、わたしの身体を宙に浮かせた。


「――っ!?」


 天地が逆転する。

 気づいた時には、わたしは背中から地面に叩きつけられ、神父の体で完璧に抑え込まれていた。

 「巻き投げ固め(ラ・マヒストラル)」の変形。隻腕であることを利用し、自分の体重全てを一点に乗せてロックしている。動けない。


「ほら、肩がついたぞお嬢さん。――(ウノ)(ドス)(トレス)!」


 パン、パン、パン!

 神父が地面を素早く三回叩く。



「……ッ! いつの間に!」


 わたしは目を丸くして跳ね起きた。

 パワーなら負けない。けれど、今のわたしは「流れ」の中で完全に支配されていた。


「ははッ、ルチャは力比べじゃない。『回る』ことさ。相手の力も、重さも、すべて利用して丸め込む」


 神父は楽しげに笑い、手招きした。


「次はこれだ。……こんな固め方もある、抜け出せるかい?」


 再開の合図と共に、今度は神父が絡みついてくる。

 足が、腕が、複雑怪奇なパズルのようにわたしの関節を極めていく。

 「複合関節技ジャベ」。

 骨が折れるような痛みはない。だが、一度ハマると、もがけばもがくほど結び目が固くなる蜘蛛の巣のようだ。


「くっ……! 構造が読めない……! 関節の可動域を、3箇所同時にロックされてる!?」


「ほう? 初見にしてはいい反応だ。だが、ここをこうすれば……」


 神父がクイッと体をひねると、わたしはまたしてもコロンと転がされ、両肩をマット(草地)につけられた。


「それっ、(ウノ)(ドス)(トレス)!」


 わたしは仰向けのまま、夜空を見上げてため息をついた。

 そして、心からの感嘆と、敬意を抱かずにはいられなかった。


(……美しいわ。これが、ルチャ・リブレの深奥……)


 前世で映像として見ていたものとは違う。肌で感じる、洗練された技術の重み。

 隻腕というハンデすら、相手の意表を突く武器に変え、力を使わずに相手を制する。

 それは、相手を傷つけるための「暴力」ではない。観客を魅了し、相手の技量すら引き出す、高潔な技術体系。


(神父様の隻腕というハンデがあってなお、この完成度……! レオのお父様は、本当に素晴らしい『達人(マエストロ)』だったのね……)


 わたしのような「悪役(ヒール)」が輝くのは、こうした光のような技術を持つ「善玉(テクニコ)」がいてこそだ。

 喪われた名ルチャドールへの敬意が、胸の奥から湧き上がる。


「勉強になりますわ、神父様。……このリズム、『3カウント』の重み、魂に刻んだわ」


 わたしが起き上がると、それまで食い入るように見ていたレオが、神父の前に駆け寄った。


「神父様……! お願いします! 俺に、今の技を教えてください!」


 レオは必死な目で訴えた。


「俺、強くなりたい! あんな偽物の太陽じゃなくて……父ちゃんみたいな、神父様みたいな、本物の強さが欲しいんだ!」


 神父は、レオを静かに見下ろした。その表情は、厳しかった。


「レオ。……この道は、決して楽なものではないぞ」


 神父は、自分の失われた右腕の袖を握った。


「今のこの国のリングは、カルテルと魔薬に汚染され、支配されている。そこには、かつてのような希望も、誇りも見出せないかもしれない。……私のように、何かを失うことになるかもしれないのだぞ」


「それでも……!」


 レオは引かなかった。

 泥だらけの拳を握りしめ、真っ直ぐに神父を見つめ返した。


「それでも俺は、父ちゃんのマスクを被って戦いたい! 逃げたくないんだ!」


 その瞳に宿る、小さな、けれど決して消えない炎。

 神父はしばらくその目を見つめ――やがて、ふっと表情を緩めた。


「……そうか。お前も、やはり『(アギラ)』の子か」


 神父はレオの頭に、残った左手を置いた。


「いいだろう。その覚悟、私が受け取った」


 神父はわたしの方を見て、ニヤリと笑った。


「どうやら、今夜は長い夜になりそうだ。……お嬢さん、すまないがパートナーを頼めるかね?」


「ええ、もちろんですわ」


 神父はレオの背中をバンと叩き、草地の真ん中へ促した。


「さぁ、リングに入りなさい。……まずは受け身からだ。夜明けまで、たっぷりと叩き込んでやる!」


「はいッ!!」


 既に日は沈み、月明かりの下、手作りのリングで老人と少年の特訓が始まった。

 何度も投げられ、転がり、それでも立ち上がる小さな影。

 その姿を見ながら、わたしはアリスとミリアに囁いた。


「……ねえ、二人とも。明日の『演出(プラン)』、少し変更よ」


「え? どうするの、レヴィちゃん?」


 わたしは、必死に食らいつくレオを見つめながら、ニヤリと笑った。


「もし……万が一、レオが明日の前座試合で勝利したなら。……メインイベントの後に、『ボーナス・ステージ』を用意してあげるわ」


「ボーナス・ステージ?」


「ええ。前座の勝者と、メインの勝者。……真の最強を決める『頂上決戦』よ」


 ミリアが息を呑む。

 アリスが「なるほどね!」と悪戯っぽく笑う。


「あの子が自分の力で前座を勝ち抜いたら、わたしが最後に『壁』になってあげる。……最高の花道を作ってあげるわ」


 そのためには、わたしも絶対に負けられない。

 そして、レオも絶対に勝たなければならない。


「さあ、わたしたちも仕上げにかかるわよ。アリス、ミリア。明日は会場全体を巻き込んだ大舞台よ!」


「了解! 聖女パワー全開で行くよ!」

「お任せください! 観客全員の胃袋を掴む準備は万端です!」


 チームの士気は十分だ。

 明日は、この国が変わる日だ。

 わたしの「漆黒の玉座(オリジン)」が、偽りの太陽を叩き落とし、小さな鷲を羽ばたかせる。

月明かりの下での特訓。マテオ神父の技術は本物でした。レヴィが描く「最高のシナリオ」に向けて、準備は万端です。次回、国立闘技場で運命のゴングが鳴り響きます!


少年レオの成長と師弟の絆にグッときた方は、評価ポイントにて応援をお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ