第068話 聖女アリス、覚醒。子供を泣かす外道工場は、物理と光魔法で「更地」に変えます(浄化)
スラムの最深部で見た地獄。
そこから得た情報を元に、わたしたちは街外れの工業地帯にある、古びたレンガ造りの工場へと向かった。
煙突からは異様な色の煙が立ち上り、周囲には甘ったるい、それでいて胸が悪くなるような化学薬品の臭いが充満している。
「……ここね。魔薬『赤きサボテン』の精製工場」
わたしは鼻をハンカチで覆いながら、鉄の扉の前に立った。
見張りはいない。いや、必要ないのだろう。この国でカルテルの施設に手を出そうとする命知らずなど、存在しないと思われているからだ。
「開けるわよ」
わたしはドレスの裾を翻し、右足を高く振り上げた。
身体強化、出力三〇パーセント。
ドガァンッ!!
蝶番が悲鳴を上げ、鉄扉が内側へと弾け飛んだ。
土煙を上げて踏み込むと、そこには外の世界とは隔絶された、悪夢のような光景が広がっていた。
薄暗い工場内には、魔導プレス機や煮沸釜が並び、白い粉塵が舞っている。
そして、そこで働いているのは――。
「……嘘、でしょ」
アリスが絶句する。
作業台に向かっているのは、五歳から十歳程度の子供たちだった。
彼らはボロボロの服を着て、防護マスクもつけずに、素手で危険な薬品や植物を扱っている。その肌は薬物の影響で変色し、目は虚ろで、手足は枯れ木のように細い。
足首には鎖が繋がれ、逃げることさえ許されていない。
咳き込みながら、ふらつく足取りで、それでも必死に作業を続けている。
なぜなら、壁際の監視役が、手にした鞭で床を叩き続けているからだ。
「ほら、手が止まってるぞクソガキども! 今日中にノルマが終わらなきゃ、晩飯の『薬』は抜きだぞ!」
鞭がしなり、作業の遅れた子供の背中を打つ。
打たれた子供は悲鳴を上げる気力もなく、ただうずくまって震えていた。
「……ッ」
ミリアが怒りに震え、フライパンの柄をギリギリと握りしめる。マテオ神父も、残った左手の拳を固く握っている。
その時、工場の中央にある高台から、一人の男が降りてきた。
工場の責任者だ。彼は葉巻をくわえ、薄汚れた白衣を着ている。
「ああん? なんだぁ? ネズミが入り込んだか。……チッ、警備の連中は何をしてやがる」
彼はわたしたちを見ても動じることなく、足元にうずくまっていた子供を――まるでゴミか何かのように、無造作に蹴り飛ばした。
ドガッ。
子供が人形のように転がる。
「おいおい、起きろよ。代わりの『駒』なんていくらでもいるんだぞ? 壊れたら捨てればいい。所詮こいつらは、俺たちが利益を得るための『使い捨ての道具』に過ぎねえんだ」
男は笑いながら、転がった子供の頭を踏みつけた。
「親がいねえ、戸籍もねえ、死んだって誰も気にしねえ。……最高の資源だろ? 壊れるまで使い潰してナンボなんだよ」
その言葉が、引き金だった。
わたしの隣で、張り詰めていた糸が切れる音がした。
バチッバチチッ……!
空気が震える。
膨大な、制御しきれないほどの魔力が、渦を巻いて収束していく。
「……道具?」
アリスが俯いたまま、小刻みに震えていた。
彼女の握りしめた杖から、目も眩むような光が漏れ出している。
「……違う。この子たちは……『道具』なんかじゃない……ッ!」
男が再び子供を蹴ろうと足を上げた、その瞬間。
カァッ!!
突如として出現した「光の障壁」が、男の足を弾き飛ばした。
「な、なんだ!?」
男がたたらを踏む。
アリスが顔を上げた。
その瞳からは、大粒の涙がボロボロと溢れ出していた。
悲しみではない。それは、魂の底から湧き上がる、激しい義憤の涙。
「だって……だってレヴィちゃん! 子どもだよ!?」
アリスが叫ぶ。その声は涙で震えている。
「まだこんなに小さな子どもが、大人の都合で利用されるだけ利用されて……」
彼女の脳裏に、かつての自分の姿がよぎる。
世界をゲームだと思い込み、人々を「キャラクター」としてしか見ていなかった自分。
目の前の男の言葉は、かつての自分の心の写し鏡だ。
だからこそ、許せない。許してはいけない。
「人の命を……子供の未来を、『使い捨ての玩具』みたいに扱うなんて……私が、許さない!!」
アリスの慟哭が、工場に響き渡る。
監視役の男たちが「なんだこの女は」「やっちまえ」と武器を構えるが、アリスの体から吹き出す光の奔流に押されて近づけない。
「ゲームなんかじゃない……! ここにあるのは命なんだよ!?」
アリスは子供を強く抱きしめた。
痩せこけた体。薬の匂い。震える小さな肩。
その「重み」と「温度」が、アリスの胸に突き刺さる。ノアを抱きしめた時と同じ、消え入りそうな、けれど確かな命の重み。
「痛いのも、苦しいのも、全部本物なんだよ!? 私だって……私だって昔はそうだったかもしれないけど……でも!!」
ゴォォォォ……!!
アリスを中心にして、光の魔力が爆発的に膨れ上がった。
それはただの照明ではない。
工場内の淀んだ空気を焼き払い、染み付いた毒を分解し、邪悪なものを一切許さない、「浄化」と「断罪」の輝き。
「こんなの……絶対に間違ってる!! 許せない……許せない!! 許さないよッッ!!!」
アリスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、男を睨みつけた。
そこにはもう、甘えたがりの少女の面影はない。
弱きを守り、悪を挫く、本物の「聖女」の顔があった。
「聖女の名において命じる! 邪悪な毒よ、消え去れ! ――『聖域展開』ッ!!」
パァァァァァァァァァッ!!!
工場全体が、ホワイトアウトするほどの閃光に包まれた。
最高位神聖魔法――それは与えられたチート能力ではない。アリス自身の魂が呼んだ「奇跡」だ。
魔薬の成分が一瞬で無害化され、男たちにかかっていた身体強化のバフが強制解除される。
同時に、子供たちの体を蝕んでいた毒素も浄化され、彼らの瞳にわずかだが光が戻る。
「ぐ、あぁぁぁ!? 体が、重い……力が抜けるぅぅ!?」
男たちが床に這いつくばる。
光が収まった後。
アリスは肩で息をしながら、それでも子供を守るように立ちはだかっていた。
わたしは、静かに彼女の横に歩み寄った。
そして、アリスの肩にポンと手を置いた。
「……ええ。よく言ったわ、アリス」
「れ、レヴィちゃん……ぐすっ……」
「泣かないの。……その怒りこそが、貴女が『本物の聖女』になった証よ」
わたしはハンカチで彼女の涙を拭い、そして前に向き直った。
手には、影から取り出した相棒『漆黒の玉座』。
顔には、地獄の底よりも冷たく、そして激しい「悪役」の笑み。
「ミリア! 子供たちの保護と給食を! 温かいおじやで、心と体を満たしてあげなさい!」
「はいッ! 直ちに!! さあみんな、こっちへ! 安全な場所へ行きますよ!」
ミリアが素早く子供たちを誘導する。マテオ神父も慣れた手付きで子供たちを助け出す。
わたしは、腰を抜かしている責任者の男を見下ろした。
「聞いたでしょう? うちの聖女様が『許さない』って」
わたしは玉座を片手で軽々と振り回し、風を切る音をさせた。
「……ここからは慈悲なき『聖戦』の時間よ。子供を食い物にする大人はね……地獄の底で反省しなさい!!」
「ひ、ひぃッ!?」
男が逃げ出そうとするが、足がもつれて動かない。アリスのデバフが効いているのだ。
「アリス! 捕まえなさい!」
「うん! 光よ! 悪を縛り上げろ! 『聖鎖縛縄』!」
アリスの魔法で光の鎖が出現し、男をグルグル巻きにして空中に固定する。
絶好の的だ。
「さようなら、ゴミクズ! ――『断罪ホームラン』ッ!!」
ズドォォォォォォンッ!!!
フルスイングされた玉座が、男を真横に打ち抜く。
男は工場の壁を突き破り、遥か彼方の空へと星になって消えていった。
残りの構成員たちも、アリスの結界に閉じ込められ、わたしの椅子攻撃とミリアのフライパンで次々と無力化されていく。
数分後。
工場は静寂を取り戻した。
子供たちはミリアの配る温かいおじやを啜り、アリスは一人一人に治癒魔法をかけながら、優しく声をかけている。
「大丈夫だよ。もう痛くないよ。……ごめんね、遅くなって」
泣きながら子供を抱きしめるアリスの背中を見ながら、わたしは確信した。
彼女はもう、ただの転生者ではない。かつぎ上げられた聖女でもない。
その身に宿した才能を自覚を持ってふるう、最強の相棒だ。
「……さて。工場一つ潰したくらいじゃ、終わらないわよね」
わたしは工場の外、王宮の方角にある巨大なアリーナを見据えた。
そこには、この国の魔薬汚染の元凶――カルテルのボスと、偽りの英雄が待っている。
「行くわよ、みんな。……この国の膿を、全部出し切ってやるわ」
「聖女」アリス、覚醒! ゲーム感覚を捨て、本物の命の重みを知った彼女の怒りは凄まじかったですね。そしてトドメはレヴィの断罪ホームラン。次は闘技場、ボスとの直接対決です!
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