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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: 月館望男
【第8部】情熱の国サン・ルーチャ・ルチャリブレ編 ~魔薬カルテル? 悪役令嬢が「教育的指導」してやります~
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第067話 貧民街の飢え。……脂っこいスープはまだ早い。命を繋ぐ「おじや」と、復讐の準備

 ミリアの特製ちゃんこ鍋が煮立つ頃には、教会の前は異様な雰囲気に包まれていた。


 教会の子供たちが嬉しそうに食器を持って並ぶその後ろに、ゆらり、ゆらりと、路地裏の闇から無数の小さな影が集まってきたのだ。

 スラムのさらに奥、光の当たらない場所から這い出てきた子供たちだ。



「おい! 割り込むなよ! ここは俺たちの教会だぞ!」


 教会の子供の一人が、入ってこようとした余所者の少年を突き飛ばした。

 突き飛ばされた少年は、抵抗もせずに地面に転がり、それでも虚ろな目で鍋の方を見つめている。


「やめなさい!」

 アリスが慌てて割って入る。


「みんなで食べればいいじゃない。ご飯はいっぱいあるよ?」


 アリスとミリアが、集まってきたスラムの子供たちにも椀を配ろうとする。

 ミリアが、脂の乗った肉と野菜がたっぷり入った、栄養満点のちゃんこをお玉ですくい上げた。


「さあ、たくさん食べてくださいね! 元気が出ますよ!」


 ミリアが椀を差し出す。

 しかし。

 その湯気が少年の顔にかかった瞬間、少年はビクリと震え、口元を押さえてその場にうずくまってしまった。


「う、ぷ……っ……」


「え?」


 ミリアの手が止まる。

 少年の顔色は土気色で、頬はこけ、腕は枯れ木のように細い。

 食べ物を前にしても、目が輝くどころか、苦しげに顔を背けている。


 その姿を見た瞬間、ミリアの顔から血の気が引いた。

 脳裏にフラッシュバックする、苦い記憶。

 ――あの子(ノア)が、特製ちゃんこを口にして、吐き戻してしまったあの日の記憶。


「……ミリア?」

 わたしが声をかけようとしたが、ミリアは鋭く首を横に振った。


「……だめです。このちゃんこは、配れません」


 ミリアの声が震えていた。けれど、その瞳には強い決意が宿っていた。


「レヴィーネ様、アリスさん。見てください。……この子たちは、食べる力さえ残っていないんです。今のこの子たちの胃に、こんな脂っこいものは毒です。……あの時と同じになってしまいます!」


 ミリアは唇を噛み締め、お玉を鍋に戻した。

 カジノで見せていた陽気な笑顔はもうない。そこにあるのは、料理人としての、そして友を看取った者としての真剣な眼差しだ。


「メニューを変更します。……脂と香辛料は抜いて、お米をクタクタになるまで煮込んで、卵と少量の味噌で……『おじや』にします」


 ミリアはリュックから精米された白米を取り出し、手早く準備を始めた。


「まずは、命を繋ぐことから始めないと……。もう二度と、私の料理が食べられないなんて、言わせませんから!」


 その言葉に、わたしは胸が熱くなるのを感じた。

 彼女は、ただ悲しんでいたわけじゃなかった。あの日の無力感を、確かな知識と判断力に変えて、今ここに立っているのだ。


「……ええ、任せるわ。最高の賄いを頼むわね」


 しばらくして、優しい湯気の立つおじやが配られた。

 子供たちは最初はおっかなびっくりだったが、一口すすると、その瞳から涙をこぼし、夢中で器を舐めるように食べ始めた。


「おいしい……あったかい……」


 その姿を見て、アリスがほっと息をつく。

 しかし、一人の少女がおじやの椀を抱えたまま、口をつけずに震えていた。


「あなた、食べないの? ……ひょっとして、誰かのために持って帰ろうとしているのですか?」


 ミリアが優しく尋ねると、少女は消え入りそうな声で答えた。


「……妹が、動けないの。……お母さんも、薬で……」


 その言葉に、わたしは眉をひそめた。

 ここは「マシな方」だったのだ。この教会の外側には、もっと深く、救いのない地獄が広がっている。


「……案内してくれる?」


 わたしは少女に告げた。


◆◆◆


 少女に連れられて足を踏み入れたのは、スラムの最深部。

 腐敗臭と、甘ったるい薬品の臭いが充満するエリアだった。


 崩れかけたバラック小屋の中を覗くと、そこには――。


「……ッ」


 アリスが絶句し、口元を押さえる。

 床に敷かれたボロ布の上に、骨と皮だけになった人々が横たわっていた。

 大人たちは魔薬の禁断症状で震え、子供たちは飢餓で腹だけが膨らみ、動く力も残っていない。


「これが……この国の現実……」


 アリスが少女の妹に駆け寄り、治癒魔法をかける。

 光が溢れるが、少女の顔色はあまり良くならない。


「なんで……? 私の魔法、また届かないの……? 聖女なんて呼ばれてるのに……!」


 アリスの手が震える。

 彼女の脳裏にもまた、救えなかったあの子(ノア)の冷たさが蘇っているのだろう。

 魔法は万能じゃない。生命力が尽きかけた器には、どれだけ注いでも溢れてしまう。


「アリス、焦らないで。……今は寄り添うだけでいいわ」


 わたしはアリスの肩に手を置き、そして視線を上げた。

 この地獄を作り出している元凶――工場の煙突が見える方角を睨みつける。


(……許せないわね)


 ここまで徹底的に、未来を食い物にしているとは。

 カルテル。魔薬。そしてそれを黙認する社会。

 すべてが、わたしの癇に障る。


「レオ。マテオ神父」


 ついてきていた二人に、わたしは声をかけた。


「手伝ってちょうだい。……ここにある『絶望』を、一つ残らずへし折る準備を始めるわよ」

想像以上の地獄がそこにありました。かつてのトラウマを乗り越え、冷静に「おじや」を選択したミリアの成長に涙です。次回、聖女アリスが本気でキレます。


ミリアの優しさとレヴィの決意に共感してくださった方は、ぜひ応援の評価をお願いいたします!

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