第065話 【新章・サンルーチャ編】南国の太陽と麻薬カルテル。……邪魔なマフィアは、鉄扇でサボテンの肥やしにします
南の大陸、サン・ルーチャ王国。
一年を通して灼熱の太陽が降り注ぎ、サボテンが荒野に花を咲かせ、人々は陽気な音楽と共に生きる「情熱の国」。
……というのは、あくまで観光パンフレットに載っている表向きの顔だ。
「……暑いわね」
港に降り立ったわたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンは、じりじりと肌を焼く日差しに眉をひそめ、鉄扇でパタパタと顔を扇いだ。
カジノで仕立てた、通気性の良い黒いレースのドレスを着ているとはいえ、この湿り気を含んだ熱気は、北国育ちの肌には少々こたえる。
何より、肌にまとわりつく空気は、海風の塩気だけでなく、どこか熟れすぎて腐り落ちた果実のような、甘ったるい腐臭を含んでいる気がした。
「うわぁ~! 見て見てレヴィちゃん! 本当にサボテンが生えてる! それにあの帽子、『ソンブレロ』だよね! ゲームで見たことある!」
隣では、アリスが目を輝かせてはしゃいでいる。
彼女は現地の民族衣装風にアレンジした、カラフルなポンチョを羽織っていた。その明るさは、この国の淀んだ空気を一瞬だけ払拭するようだ。
「レヴィーネ様、水分補給を。特製『冷やしミソ・スープ(塩分多め)』です」
背後から、巨大なリュックを背負ったミリアが、水筒を差し出してくる。
彼女のリュックからは、既に香ばしいスパイスと、どこか懐かしい出汁の匂いが漂っていた。入国審査の待ち時間に、現地の市場を視察してきたらしい。
「ありがとうミリア。……それにしても」
わたしは冷たいスープで喉を潤し、周囲を見渡した。
港町は活気に満ちている。マリアッチたちがギターをかき鳴らし、極彩色の屋台からはタコスや焼きトウモロコシの匂いが漂ってくる。
一見すれば、平和で陽気な南国だ。
だが。
(……目が、死んでいるわね)
笑い声を上げている観光客たちの足元で、物乞いをする子供たちの姿があまりにも多い。
そして、路地裏の影には、虚ろな目をして座り込む痩せこけた大人たちが溢れている。
彼らの肌は土気色で、時折、痙攣するように体を震わせていた。
アリスのはしゃぎ声が、ふと止まる。
彼女の視線が、路地裏でうずくまる痩せた老婆に向けられていた。その瞳が一瞬、暗く揺れるのをわたしは見逃さなかった。
「……レヴィちゃん。あそこの人たち、様子がおかしいよ」
アリスの声のトーンが落ちる。先ほどまでの明るさは、やはり無理をして作っていたものだったのか。
カジノでのドンチャン騒ぎも、きっとわたしを気遣ってのことだったのだろう。あの子を喪った悲しみを、賑やかさで塗りつぶそうとしてくれていたのだ。
「ええ。……ただの貧困じゃないわね。もっと根深い『毒』が回っている気配がするわ」
わたしは鉄扇を閉じ、二人の背中を軽く叩いてから、港の大通りを歩き出した。
その時だ。
「おい、待てよクソガキ! それは俺たちのモンだぞ!」
怒号と共に、人混みをかき分けて小さな影が飛び出してきた。
ボロボロの服を着た、十代前半くらいの少年だ。手には泥だらけの布袋を抱きしめている。
彼はわたしの足元に滑り込むように転がり、その背中を追って、柄の悪そうな男たちが数人現れた。
男たちの首元には、黒い太陽の刺青。腰にはマチェットを下げている。
「チッ、逃げ足の速いネズミだ。……おい、そこの姉ちゃんたち。そのガキをよこしな。そいつは俺たちの『商品』を盗んだドロボウ猫だ」
男の一人が、ニヤニヤしながらマチェットの腹で掌を叩く。
少年はわたしのドレスの裾を掴み、ガタガタと震えていた。その瞳は恐怖で見開かれているが、抱えた袋だけは絶対に離そうとしない。
「……助けて、姉ちゃん……。これ、盗んだんじゃない……父ちゃんの、形見なんだ……」
少年の掠れた声。
袋の口から覗いているのは、金貨でも宝石でもない。
古びて色褪せた、布製のマスクだった。
わたしは少年の頭を見下ろし、次に男たちを見据えた。
「……あら。随分と賑やかなお出迎えですこと」
わたしは優雅に微笑み、鉄扇を開いた。
「『商品』ですって? ……わたくしの目には、親の形見すら奪おうとするハイエナの集団にしか見えませんけれど?」
「あぁ? なんだその口の利き方は。……よそ者か? この国じゃあな、『黒い太陽』に逆らう奴は、サボテンの肥やしになるって決まってんだよ!」
男がマチェットを振り上げ、威嚇するように一歩踏み出した。
その切っ先が、わたしの鼻先数センチを掠める。
――カーン!
脳内で、開戦のゴングが鳴り響いた。
「……サボテンの肥やし? それは斬新な再利用法ね」
わたしは一歩も動かず、鉄扇で口元を隠したまま、冷酷に告げた。
「でも、残念ね。……私、食事の前に不快な害虫を見ると、食欲が失せるタチなのです」
「なっ……!?」
男が反応するより速く、わたしは踏み込んだ。
身体強化。出力、三十パーセント。
バチンッ!!
鉄扇による、横薙ぎの一閃。
扇子とはいえ、素材は鋼鉄だ。わたしの腕力と速度が乗れば、それは頑丈な鉄パイプと同義になる。
「ぐべェッ!?」
男は顔面をひしゃげさせ、回転しながら吹き飛んだ。
そのまま背後の屋台に突っ込み、色とりどりの果物と共に崩れ落ちる。
「兄貴ッ!? ……てめぇ、やりやがったな!」
残りの男たちが一斉に襲いかかってくる。
だが、遅い。あまりにも遅すぎる。
「ミリア、アリス。少年の確保を」
「御意に!」
「りょーかい!」
二人が素早く少年を保護するのを確認し、わたしは手を伸ばす。
「さあ、ダンスの時間よ。……ステップが踏めなくなるまで、踊らせてあげるわ」
わたしは「贋作のパイプ椅子」を魔力で生成し、無造作に振り回した。
ガゴンッ! バキッ! ドカァッ!
鈍い打撃音と、骨の折れる音がリズミカルに響く。
一分後。
そこには、地面に埋まり、あるいは壁に張り付き、あるいはゴミ箱に突っ込んだ男たちのオブジェが完成していた。
「……ふぅ。準備運動にもならないわね」
わたしは贋作のパイプ椅子を霧散させ、髪をかき上げた。
周囲の観光客たちは悲鳴を上げて逃げ出し、地元民たちは恐怖に顔を引きつらせて遠巻きに見ている。
その中で、助けられた少年だけが、ポカンと口を開けてわたしを見上げていた。
「す、すげぇ……。悪魔みたいに強い……」
「……失礼ね。これでも貴族の令嬢よ」
わたしは苦笑し、少年の前にしゃがみ込んだ。
「名前は?」
「……レオ。レオ・マスカラーノ」
「そう、レオ。……いい名前ね」
わたしは彼の泥だらけの頬を指先で拭ってやった。
「レオ、案内してくれないかしら? ……この国で一番、美味しいタコスが食べられる場所へ」
レオは一瞬キョトンとしたが、すぐにニカッと笑った。
「うん! 任せとけ! うちの神父様のタコスは世界一だぜ!」
「神父様が、タコスを?」
「ああ! スラムの教会前で屋台を出しててさ、その売り上げで俺たちを食わせてくれてるんだ。すっげぇ美味いんだぞ!」
なるほど。聖職者の兼業料理人。
面白そうだわ。
「いいわね。行きましょう」
こうして、わたしたちの「サン・ルーチャ観光」は、マフィアとの乱闘と、スラムへの招待という、最悪で最高なスタートを切ったのだった。
情熱の国サン・ルーチャに上陸です! しかし、そこは太陽の輝きよりも深い闇が広がる街でした。マフィアに絡まれれば即座に物理で返り討ちにするのがレヴィ流です。
マフィアをゴミのように一掃する姿にスカッとした方は、ぜひ評価をお願いいたします!




